第31話
意図していた訳じゃないが、萩原の頼みもあって図書委員の仕事をすることになった。
普段は厳しいこの学校も、大事な大会前は大目に見てくれる。
美化委員の活動とも日にちは被らないし、大丈夫だろう。
どうせ他にやることないんだし。
そうして今回で手伝うのは3回目。
前回は田宮も萩原も外せない用事があるということで、原田に頼んだ。
「すまないな、私達のために」
「うん、部活は?」
なぜ葵が居るんだ。
部活じゃなかったのかこの子。
「余裕がある時は顔を出すとは聞いていたが....今余裕あるのか?」
「少し遅れても大丈夫だ」
「でも大会前なんだろ?少しの遅れで後悔することになるかもしれないんだぞ」
「そうならないように普段から自主練はやっている」
いやまぁ個人的な感情としては、一緒にやれるのはたしかに嬉しい。
普段なら心の中で大きくガッツポーズをしている。
だが、この大事な時期はしっかり練習して欲しい。
そう思っているから学校も部活優先を許可しているし、萩原たちも俺に頼み込んできたんだ。
「それに....だだでさえ浅田くんも部活に行っているんだ、田宮さんたちばかりに、そして悟にも世話になりっぱなしにはなりたくない....」
真面目なのは良い事だし、それが葵の美点だ。
だが今回に関してだけ言えば、浅田のような行動をとってほしい。
葵もそれが分かっているはず、彼女は俺たちに申し訳ないと思いながらも、その期待に応えようと練習に励むと思っていた。
だから世話になるとか気にし過ぎなくていい。
そこまで考え過ぎなくていい。
委員会活動を開始して15分が経過した。
葵は動きっぱなしだ。
そこまでするのなら俺たちに任せて欲しい。
俺たちに迷惑をかけたくない、その上練習にも早めに向かいたい。
だから全部自分でやろうとする。
今は大丈夫かもしれないが、今の葵は余計な事にも手を出そうとしかねない。
「葵、ここに座れ」
「でも」
「座れ」
こういう時の葵は追い詰められている、そして彼女は弱音は決して吐かないから、このままでは埒が明かない。
少々手荒でも、彼女を止めなければ。
「少しくらい休め....そんなにハードな活動じゃないが、塵も積もれば何とやらだ」
少し無理矢理だが、葵を隣の椅子に座らせた。
葵はまだ落ち着かない様子。
「大丈夫だ、葵。少し深呼吸してみろ」
落ち着いていない自覚があったのか、深く息を吸って長く吐いた。
「....すまない....最近少し追い詰められていて....期待に応えたいんだ....でも何故か怖い、こんな事普段は無いのに、皆のことを考えると震えが止まらなくなる」
プレッシャーを感じている。
深見も、気合が凄いと言っていた。
恐らく葵だけじゃない、先輩たちもそうなのだろう。
ここ数年は全国に行けていない古豪になりつつある、うちの女子バスケ部。
今年こそはという気持ちは強いのだろうというのは、容易に想像できる。
「俺はチームスポーツをやったことがないから、大した言葉はかけられない」
「...うん」
「だが、葵のバスケをやる姿はずっと見てきた、だから何となく分かることがある」
バスケをやり出した頃から葵は人より上手かったが、最初からなんでも出来たわけじゃない。
ここまで来たのは、葵の努力があってこそだ。
その努力で、今まで期待に応え続けてきた。
だから今回も応えようとしている。
応えないといけないと思ってる。
周りからだけじゃない、葵は自分でもプレッシャーをかけているんだ。
自分の期待にも応えようとしている。
自分が作ったハードルなんて簡単には越えられない。
特に彼女のような努力を重ねた天才のハードルなんて、他人には想像も出来ないほどに高い。
そこにチームメイトの気合いと期待も加わり、さらに高くなっている。
「全部をやろうとしなくていいんだぞ、葵」
何かをやっているわけじゃない俺が何を言ってんだと思うが、自分でハードルを低くできないのなら俺が強制的にでも低くする。
意思の固い彼女には効果は無いだろうが、それでも肩の荷をほんのミリグラムでも下ろしたい。
「こうやって追い詰められた時ほど、周りを見ろ。葵の味方は大勢居る。味方に肩を貸してもらえ」
「....悟」
「こういう時こそ力になりたいから、萩原や田宮も俺に頼み込んできたんだ」
そして俺もそれを承諾した。
「追い詰められた時ほど一人でやろうとするのは葵の悪い癖だ。期待に応えたいのなら、あの二人の力も、先輩たちの力も借りてやれ。一人でなんて心細いだろ?」
「うん.....ありがとう......悟は....」
まだ続ける。
まだ不安なことがあるのかもしれない。
そう思っていたが。
「悟は...私が負けたら失望するか?」
そんなの決まっている
不安になる必要も無いことだ。
「しない、するわけないだろ。この前も言ったと思うが、俺は葵がバスケやってるとこを見るのが好きなんだ。負けてもいいとは思わないが、たとえ負けてもその気持ちは変わらないぞ」
「そっか.....ありがとう悟。かなり気持ちが楽になった」
もうさっきまでの重い表情は無い。
どうやら本当に楽になったようだ。
「それなら良かったよ」
それから葵は早速荷物をまとめて立ち上がる。
もう迷いなんてなかった。
「行ってくるよ、悟」
「あぁ、またな」
これからも葵にはプレッシャーも期待も大きくのしかかるだろう。
だが、彼女ならきっと大丈夫だ。
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