第28話

水族館に来るのは何年ぶりだろうか。

こういう時大体選ばれるのは遊園地だったが、私は水族館の方が好き。

優雅に泳ぐ魚の姿はとても綺麗で目を奪われる。

特に私はクラゲが好き。

薄暗い水槽の中で輝いて見える。

まさか、悟の方から誘われるなんて思ってなかった。

チケットを貰ったのはいいけど、私の他に誘える人が居なかったんだろう。

そういった理由でも私は構わない。

悟が私を誘ってくれたという事実が嬉しい。


「どうした?葵」


「ん?いや、なんでもないよ」


「午後からどこ見て回ろうかな〜」


「こことか良いんじゃないですか?」


萩原くんと田宮さんはご飯を食べながら、午後から見に行くところを決めている。

この二人には本当に感謝しないといけない。

こんなに幸せなことあっていいんだろうか。

部活も大会近くになるにつれて、ハードな練習が多くなってきた。

少し憂鬱だなと考えていたゴールデンウィーク前。

悟と水族館に行けるだけでも嬉しかったのに、見て回るのも二人きり。

萩原くん達も二人で回れて、まさにウィンウィン。


「午後からも別れて回るのか?」


「ん〜どうしようか、二人で回りたいところはあらかた回ったから」


「そうですね、午後からは四人で行きましょうか」


二人で回りたい気持ちはあったが、これ以上は私の心がもたないから、この提案はありがたい。

悟は二人で回った時楽しかっただろうか。

....悟の友達が増えるのは良いことだから、私は嬉しい。その気持ちに嘘は無い。

田宮さんも萩原くんも優しくて良い人だ。

でも、やはりどこか悔しい。

恵の言った通り、私は自分で思っている以上に独占欲が強いみたいだ。

悟のことを一番知っているのは私でありたいんだ....

悔しいなんて言って、悟を困らせてしまっただろうか....


━━━━━「一体何年一緒に居ると思ってんだ。そう簡単に覆ることは無い」━━━━━


悟がそう言ってくれたのが嬉しかった。

どんな気持ちで言っていたんだろう。

少し考え込んで沈んでいった気持ちが、この言葉だけで浮き上がる。

悟は私が不安になってるから言ったんじゃない、ただ純粋にそう思って言ってくれた。


「俺ちょっと御手洗行ってくるわ」


「あ!僕も!」


もうご飯も食べ終わり、これから四人で行動する。

そろそろここを出る準備をしなければ。


「どうでしたか?坂村さんと二人で見て回って」


「....幸せでどうにかなりそうだよ」


田宮さんは私の気持ちを知っている。

連絡先も交換して、たまに相談に乗ってくれる。


「でも....私は少し独占欲が強いみたいで....嫌われないか心配だ」


悟を困らせたくない。

彼女でもないのに、なんだか束縛してしまいそうで自分が怖くなる。


「佐倉さんの独占欲は可愛いですよ....それに坂村さんが嫌うなんて有り得ませんよ」


「え、どうしてだい?」


「嫌っていたら誘われていないでしょ?二人で見て回るなんて事もしないはずですよ。坂村さんはそういう所はハッキリしているんで」


「確かに....」


「この前相談してくれた、クラスが一緒になるまで距離を置かれていたのも、多分彼なりの理由があるんだと思います」


そうなのだろうか....嫌われてないなら良いんだけれど....


「二人がお互いのことを大切にしていて信頼しあってるのは、私たちでもすぐに分かります。あとは勇気の問題だと思います」


「勇気....か」


好きだと伝えたい気持ちはある。

彼女になりたいというのも。

そして結婚して妻に.....それは気が早いか。

でも、断られたら必死に繋ぎ止めようとしていたもの全部が崩れてしまいそうで怖い。


「私達は佐倉さん達の味方ですよ、応援しています」


全く田宮さんには頭が上がらない。

こんな風に同性の人に相談しようと思えたのは、恵以外に居ない。

私がここまで人の肩を借りることになるなんて。


「ただいま〜!」


「すまん、少し人が混んでてな」


「いえいえ、大丈夫ですよ」


「行こうか」


会計を済ませて、四人で行動を共にする。

午前中に見ることができなかった場所を見て回る。

萩原さん達は手を繋いで歩いて、私と悟はその後ろをついていく形で歩いていた。

勇気....出してみようか。

私は悟の手を掴む。

悟は目をギョッとして、驚いていた。


「な、ななな何を....」


「また昔のことを思い出したんだ....よく手を繋いでいただろ?」


「い、いや....そうだけど....なんで急に」


顔を真っ赤にして理由を問われる。


「...ダメか?」


ちょっとズルい聞き方をしてしまう。

昔のようにじゃなく、今の悟とただ手を繋いでいたい。

ただそれだけなんだ。

そう素直に言えれば、もう少し可愛い女の子になれたかな。


「うっ.....まぁ....人多いし、はぐれる訳にもいかないしな....」


恥ずかしがりながら、了承してくれた。

その姿が可愛くて愛おしい。

こういうズルい聞き方をしてしまっては、断れないのは分かっていた。

あざといことをしてしまった。

普段はこんな事はしないのに。


「ありがとう」


「あ、あぁ...」


少し緊張してるからか、手を握る力が少し強い。

それでも私が痛くないように繋いでくれてるのが分かる。

悟の手はとても暖かい。


「手汗出てたら....ごめん」


「大丈夫だよ」


そんな事気にしなくていいのに。

いつかは....いつかは君から手を繋いできて欲しい。

君が望むなら、私はなんでもする。

そこからずっと手を繋いで水族館を歩いた。

水族館を出るその時まで。

萩原さん達と別れた帰り道。

もう繋いでいた手は解かれていた。

でも、伝わってきた体温はまだ私の手に残ってる。

勇気を出して良かった。


「そういえば、バスケの大会って何日だ?」


「え?」


「.....見に行くから」


悟が....見に来てくれる....

もう胸がいっぱいだ。

好きが溢れる。


「....決勝まで必ず勝ち上がるから....絶対に見に来てくれ」


自信過剰な宣言でも、悟は驚きの顔を一ミリも出さない。

その顔は、葵ならできるって言っているようだった。


「あぁ....分かった」


信じてくれている。

それだけで力が湧いてくる。

今までで一番最高のゴールデンウィークになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る