第27話

ゴールデンウィークが始まった。

去年は家で過ごすだけで終わっていたが、今日は違う。

今日は水族館に行く。

萩原たちと駅で合流して電車で水族館に向かう。

駅までは葵と一緒だ。


「すまない、待たせた」


今日は部活は無く、ただ遊びに行くだけ。

葵は結構オシャレな私服で登場した。


「どうかな....この服」


「似合ってると思うぞ」


「そっか...ありがとう」


安心したように笑う。

俺の美的感覚はあんまり信用ならんけどな。


「行こうか、少し時間は早いけど遅刻するよりはマシだろ」


「うん!」


街中に入ると、ゴールデンウィークだから人は沢山居た。

みんな俺たちと同じようにどこかに遊びに行くのだろう。


「相変わらず視線が集まるな」


「ははは....」


贔屓目なしに葵はスタイル抜群だ。

周りの人間は一度は視線を向ける。

ごくたまに俺の方にも向けられるんだが、あの隣の男はだれ?マネージャーかな?っていうやつである。

学校でならまだしも、今日は完全プライベート。あまり気分が良いものではないだろう。


「....今日は楽しもうな」


「あぁ」


全く何も気にせずというのは無理かもしれないが、せっかくの休日なんだから楽しんで欲しい。

もう駅は見えてきた。


「....早かったな二人とも」


「佐倉さん達も早いですね」


もう萩原達は来ていた。

よほど楽しみで寝れなかったのか、少し眠そうである。

それはそうと一つ気になることがある。


「チケットって誰に貰ったんだ?」


「葉月先生に貰ったんだよ!」


へぇ、先生がね...

掃除頑張った褒美か?


「なんか元々他の人と行く予定だったんだけど、キャンセルになったんだって」


なるほど、貰ったことは素直に喜んでいいものなのか....なんとも反応しにくい理由だ。


「そろそろ時間ですし、行きましょうか」


「そうだね!さぁ行こう!」


そうして四人で電車に乗る。

家族で遊びに出かけるのだろう、子供達が楽しみだと言いながら同じ電車ではしゃいでいる。

同じ水族館に行くのかもしれない。

隣では水族館のパンフレットを開いてここに行きたいと萩原と田宮が話し合っている。


「久しぶりの水族館だね」


「俺も小さい頃に一回だけ行って、それっきりだな」


その頃何の魚を見て楽しんでいたかとか、もうほとんど記憶にない。

それほど小さい頃に一度だけ。

電車に揺られ、久しぶりの水族館に心が浮ついていると、すぐに目的地に着いた。

さっきの家族も、やはりこの水族館が目的地だったようだ。


「よし!僕と田宮さんは二人で回るから、坂村くん達も自由に回ろう!」


ちょっと待て、二人きりだなんて聞いてないぞ。

と言いたいところだが、この二人のデートを邪魔する訳にはいかないので承諾する他無い。


「では、昼になったら連絡取り合って合流しましょう」


「分かった」


「じゃあまた後でね〜!」


もう二人の世界に入ったのか、手を繋いで歩いていった。

ほんと仲睦まじいことで。


「....どうする?何か見たいやつあるか?」


「そうだね....じゃあこれ見てみようかな」


葵が指差した場所は、くらげが居るところだった。


「分かった、じゃあ行こう」


俺は特に見たいものがあるわけではないので、葵の見たいものに従う。

そこに居たクラゲは暗い水槽の中で少し輝いていて、ゆっくりと泳いでいた。


「綺麗だな....悟」


それを見る葵の方が綺麗だなんて、言えるはずもない。

言われても迷惑だろうし、穴があれば入りたくなる。

だから俺はシンプルに答える。


「そうだな」


ぶっきらぼうに聞こえたかもしれないが、嘘じゃない、俺も綺麗だなと思う。

他の水槽を泳ぐ魚も、綺麗に泳いでいる。

まるでここが本当の海であるかのように。

昼になるまで、ゆっくりと二人で見て回った。

萩原達も、チケットをくれた先生にも感謝しないとな。


「なんだか....昔に戻ったみたいだな」


「どういうことだ?」


「よく二人で遊んだだろ?あの時に戻ったみたいだ」


昔は遊ぶ相手と言えば葵しか居なかった。

よく二人で公園で遊んでいた記憶は今でも鮮明にある。


「もう....私だけが知っている悟じゃないんだな」


昔を懐かしみ、今に返り、大事なおもちゃを取られてしまったような、そういう顔をしていた。

おい誰がおもちゃだ。

私だけが知っている悟じゃない....か。


「....今でも俺の事一番知ってるのは葵だと思うぞ」


「そうかな」


「あぁ」


これは確信に近い。

これに関しては誰がどう見てもそうだろう。

疑いの余地なんて一ミリもない。


「悟の良いところが知られるのは良いことなのに....なんだか悔しいな」


まさか葵からそんなこと言われるとは思っていなかった。

少し驚いた。

独占欲....というものだろうか。

それを葵から向けられるなんて....


「なんてな、悟に友達ができるのは私も嬉しいよ」


色々思考を巡らせて、どう反応したらいいのか困っているうちに、もう葵は前を向いていた。

さっきの言葉の真意は一体何だったんだろうか。


「それに、悟の事一番しってるのは私みたいだしね」


少しイタズラっぽい笑顔を浮かべて、俺がさっき言っていた言葉を返される。


「当然だろ、一体何年一緒に居ると思ってんだ。そう簡単に覆ることは無い」


俺もそう言い放った。

というか、紛れもない事実だ。

でも俺の願望もある。

俺の事は葵が1番知っていて欲しい、逆に葵のことを1番知っているのは俺でありたい。

欲張りもいいとこだ。

恋愛ソングに書かれている歌詞はただの絵空事だと思っていた。

でも、今まさに俺が抱いてる感情は多分そのまま恋愛ソングにすることも可能だろう。


「そうか....」


おかしな所で対抗意識が芽生えたものだな。

そこに恋愛感情が無いのは分かっているが、それでも葵がそう言ってくれるのは嬉しい。


「悟....今日は誘ってくれてありがとう」


楽しそうに笑っていた。

この笑顔を見れるだけで、誘って良かったなと心の底から思える。


「....まだ午後もあるだろ、まだ楽しもうぜ」


水族館の時間はまだ終わらない。

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