第19話

昨日の帰り道は幸せだった。

まさか学校から悟と一緒に帰れるなんて思っていなかった。

柄にもなく少しテンションが上がって口数が多くなってしまった。

引かれてしまってはないだろうか。

でも、一つだけ気掛かりなことがある。

悟が図書室に来てくれない。

少し避けられてる気がする。

でも昨日は普通に話してくれたから、私が何かしたという訳ではないと思うんだが....

何か隠してるのは間違いない。


「佐倉〜、この本も片付けるのか?」


浅田くんはあれから心を入れ替えたのかちゃんとやってくれている。

今後同じことが起きた時、他のクラスの人に迷惑をかける訳にはいかないから、先生に無理を言ってペアを変えてもらった。

でも、この感じならきっと大丈夫だろう。


「それは私がやろう」


「いいっていいって、俺の方が力あるんだし、佐倉は座ってていいぞ」


「そうか....ありがとう、浅田くん」


「初日のこともあるし....その分頑張りたいんだよ」


正直、彼のことはまだ許せていない。

でも一度の失敗で突き放すのは違う。

萩原くんにも頭を下げていたし、反省の色も見える。

部活が忙しいのは、私にも分かる。


「最初からそうしてくれれば良かったんだけどね」


「....ほんとごめん」


少しからかい過ぎたか。


「いいよ、浅田くんあれから頑張ってくれているから」


「なぁ、そのさ」


「なんだい?」


「せっかくだし呼び方変えないか?ほら!名前とか!」


名前で呼びたいのか、そんなの好きにしたらいいのに。


「あぁ、私のことは葵で大丈夫だよ、浅田くん」


「いや.....そうじゃなくてさ」


何か間違っているのか....

何かはっきりしない態度だ、何か嫌なことでも言ってしまっただろうか。


「俺のことも名前で...いいんだけどな」


「そういうことか....すまない、今後慣れていったらそうさせてもらうよ」


同性はそうでもないが、男の人を名前を呼び捨てするのは、あんまりしていない。

馴れ馴れしいと思われたくないし、悟以外は本当に慣れない。

というか、悟以外名前で呼びたくない....失礼かもしれないが、私にとって特別なんだ。


「ん〜まぁいっか!俺は名前で呼ばせてもらうぜ!葵!」


「あぁ、それで大丈夫だよ浅田くん」


今思い返せば、悟も私以外の女の子を名前で呼んでるところを見たことがない。

少し嬉しくなる。

悟も私と同じなら良いな。


「それじゃ、私は向こうの本棚を整理してくるよ、浅田くんは今やってるものが終わったら少し休憩するといい」


「え、あぁ、分かった」


私もなんとか図書委員の作業に慣れてきた。

初めてやることが多いし、ここまで大変だとは思っていなかった。

でも、悟がここを好きになるのも分かる気がする。

今まであまり来ることは無かったけど、この雰囲気は私も好きだ。

そんなことを考えながら、本の整理を進める。

ふと、本棚が倒れた時のことを思い出す。

悟が触れた部分が少し熱くなる。

周りからクールだとか、カッコイイとか言われるが、あの時はただ怖かった。

多分あの瞬間だけは柄にもなく女の子らしかったんじゃないかな。

不本意な形だが、少しでも可愛いって思ってくれただろうか。

いや、悟は焦りと心配でそれどころじゃなかったか。

思い出に浸りながら作業を終える。


この前座ってたのは確かこの席だったかな


「葵〜、終わったか〜?」


「あぁ、今終わった」


作業は全て終え、委員会終了の時間まであと5分。


「じゃあ終わりまで休憩しとこうか」


「おう」


少しの沈黙、それを破ったのは彼だった。


「葵って本好きなのか?」


「え?まぁ.....嫌いではないよ、どうしてだ?」


「いや、随分と楽しそうだったから」


私は悟ほどではないが、少しだけ読む。

読むのは嫌いじゃない。

私が読むより、悟が本を読んでるところを見るのが好きだ。

ダメだな、さっきから悟のことばかり。

浅田くんもこんな話を聞きたい訳ではないだろうに。

でも....やっと....やっと近くに行けたんだ。

もう離したくない。


「まぁ....ね....そういえばここに来る前に用事?があったみたいだが、大丈夫だったのか?」


「え?あ、あぁ、ちょっと話しておきたい人が居てな」


「へぇ.....」


「坂村だよ、ほらこの前迷惑かけたから謝っておきたくてな」


まだ謝ってなかったのか....

話すタイミングが無かったのか....??

いやでも謝ってないよりかはマシか。


「....なんか言ってたか?」


「うん、葵のことよろしくなって言ってたぜ」


悟が....私のことを浅田くんに?

確かに言いそうではあるが....なにか引っかかる。

彼は用心深いところがある、友達が少ないのは恐らくそれが原因の一つだろう。

人を簡単に信用しないし、できない男だ。

浅田くんに対しても同様。

ましてや、あの一件があるから信用なんてできないだろう。

そんな人間に、私のことをよろしく頼む....ある意味気の利いた事を浅田くんに言うだろうか。

考えすぎか....


━━━━━「いや....最近ちょっと色々やる事があってな」━━━━━


悟が何かを隠してるのは確実、多分浅田くんも何かを隠している。

二人が隠してることが、もしかしたら図書室に来ないことと関係があるかもしれない。

....モヤモヤするが、もうそろそろ委員会も終わる。

次の委員会で、何かボロを出すかもしれない。

せっかく好きだと言っていた悟の大切な場所、好きなだけ来て欲しい。

そして静かに本を読む姿を見せて欲しい。




今日の部活中、隠しているものが何なのかという疑問は、頭から離れることは無かった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る