第18話

「そういえばこの前新しくカフェ出来たんだよ!今度一緒に行こうよ!」


「そうか、時間が合えば行こうか」


なんか....え、俺いる?

女子同士の会話をこんな近くで聞くとこんな感じなのね。

俺空気だよ今。

いやそれはいつもの事か。


「あ、面倒事ってなんだったの?」


「え、あぁ、空き教室の掃除だよ」


「空き教室かぁ、行ったことないなぁ」


というか、あんなとこ行くべきではない。


「今より生徒が多かった時期なんてもう何年も前だ、かなり手つかずになってると思うが、どうだった?悟」


「どうもこうも.....倉庫代わりなんてレベルじゃない、あれは完全にゴミ屋敷だ」


「うげぇ...そんなに酷かったんだ....私もいずれしないといけないのかな....」


「俺が連れていかれたのは部活に入ってなかったからだから、明石谷さんは大丈夫なんじゃないか?」


「ほっ、なら良かった」


はぁ...次も頼むって言われたし、行きたくねぇ....

ていうかアテがあるって言ってたけど一体誰なんだ?

見ず知らずの人と一緒に長時間掃除なんて無理。


「あ!私こっちだから!2人ともまたね!」


案外早い別れだった。

手を振りながら、明石谷さんの後ろ姿を見送る。


「じゃあね、恵」


「あぁ」


明石谷さんが居なくなって一気に辺りが静かになったように感じた。

それが彼女の明るさを表している。

彼女の姿が見えなくなり、俺たちは再び歩き出す。

それにしても、と葵がさっきの話を続けた。


「そんなに大変なんだな...悟一人で大丈夫かい?」


「さすがに一人は無理だな....でも葉月先生にアテがあるって言ってたから、多分人手は大丈夫だと思う」


「そうか.....良かったら、私も手伝おうか?」


「いや、葵には部活があるだろ?」


特に今は新入生が本格的に部活に参加する時だ。

部にとって今はかなり重要な時期なはず。


「気持ちだけもらっておくよ、葵にも部活頑張ってもらいたいしな」


すると、葵が立ち止まった...というより、固まった。

なんだと思っていた一瞬、勢いよく近づき


「悟!」


「は、はい」


「私頑張るよ」


「お、おぉ....頑張れ」


勢いよく宣言した。

なんかこの前も思ったが、頑張れって言葉にハマってるのか葵は。

俺じゃなくても、これから後輩とかにたくさん言われるだろうに。

そして葵はまた離れて、俺の向き合う。


「けど何かあったら言って欲しい、部活が休みの時なら力になれるから」


あの場所に葵も入ると考えると、ちょっと気が引けるが....正直人手が少しでも増えるのは助かる。


「あぁ、その時は声をかけるよ」


この前帰った時はほんの短い距離だったが、今日は学校から家までの距離。

どれだけ話しても話し足りないような感覚だ。

葵もそう思ったのか、それともさっきまで居た明石谷さんの明るさに当てられてか、また話を続ける。


「最近...図書室に来ないけど、何かあったのか?」


萩原と田宮にも似たような心配をされている。 さすがにこの三人から心配されると、話した方が良いのか....迷う。

だが話せばまた間違いなく面倒なことになる。


「いや....最近ちょっと色々やる事があってな」


相変わらず俺はごまかすのが苦手だ。

逃げられるか分からない....葵はジッとこちらの顔を見ていた。


「....本当か?」


この視線からそう簡単に逃げられない。

逃がさないという強い意志を感じる。

だが俺も譲らない、今回ばかりは。

これを話せば葵は間違いなく行動を起こす。

図書委員の問題が解決した直後に、また同じ人物が関わってるとなると、何を言い出すか分からない。

無茶をすれば、葵の学校生活に支障が出ないとは限らない。

それだけは阻止する。


「あぁ、本当だ」


「そうか.....いつか話してくれるまで待つことにするよ」


ほっ.....ごまかしは出来なかったが、葵の方から引いてくれた。

力になりたい、その気持ちは素直に嬉しい。

だが、まだ話せない。

そこからはまた他愛もない話を続け、葵ももういつものようなクールで柔らかい表情に戻っていた。


「でも、たまには図書室に顔を出して欲しい、私が仕事してるところを見てほしいんだ」


「この前もちゃんと出来てたから大丈夫だろ....でも、たまには顔を出すようにするよ」


それにしても、この状況を浅田に見られなくてよかった、もし見られてたら何言われるか分かったもんじゃない。





「お前さぁ、俺の言ったこともう忘れたのか?」


見られてました。

次の日の放課後にまた呼び出されました。

どこから見てたんだと思ってたら、どうやら普通にグラウンドから見えたらしいです。

ていうか俺に構わず、葵と話に行けよ。

絶対この時間無駄だって。

と思うけど、多分そういうことじゃないんだろう。


「俺お前に近付くなって言ったよな?お前、はいって言ったよな」


言ってませんよ。

いいえとも言ってないけど。

そもそも近付くなとも言ってなかったけどね、邪魔すんなとは言われたけど。

まぁ似たようなもんだけど、俺も近付くなって言われたと認識してるし。

沈黙はYes、そういう事なんだろう。

下手に口出しすれば、何やらかすか分からないからなこういう奴は。

俺は身をもって体験済みだ。

心の中で揚げ足を取ってると、いきなり胸ぐらを掴まれた。


「次近付いたらマジで殴るぞ、舐めたマネすんなよ」


「ふん...じゃあな」


言いたい事言って、強引に突き飛ばし、そのまま学校に戻って行った。

恐らく図書委員の活動があるんだろう。

葵に不審がられてもおかしくない、なんとも大胆なやつだ。

それにあの目は本当に殴るやつだ。

痛いの嫌なんだけどな。

はぁ....少し図書室に行く気が湧いてたんだけど、あいつのお陰で一気にその気が無くなった。


「....帰ろ」


ため息しか出てこない。

葵には悪いが、これは当分図書室には通えないな。

しかし、これは俺にとっても死活問題だ。

大人しく本を読む場所が家以外にも欲しいから通ってたのに....課題もできるし。

分からないとこがあったら萩原達にも教えてもらえるのに....

まぁでも明日はまた空き教室の掃除に呼び出されている。

少しの間は図書室に行く暇は無くなる。

問題はその後だ。

.....その掃除を終えた空き教室でやるのはどうだろう....

我ながら良いひらめきではないだろうか。

まぁ許可が貰えるかは分からないけど。

でもそうなってくると掃除のやる気も出てくるというものだ。

葉月先生に相談してみるか。

少し楽しみが増えたが、最悪な気分は変わらない。

今は二人で図書委員の活動を始めているところだろう。

そう考えると少し胸が痛む。

俺の青春はまだ苦い。

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