第17話

休日が明けて、学校内はさらに活気づいていた。

なぜなら新入生勧誘があるからだ。

どの部活も勧誘に必死なおかげでかなり騒がしい。

昼休みと放課後を使って、自分たちで作ったであろうチラシを配る生徒をあちこちで見かける。

特にうちは強い部活が多いから、どの部活もかなり力が入ってる。

サッカー部や野球部は仮入部という形で入学初日から既に練習に参加している1年生もいるくらいだ。

そんな俺は今美化委員の活動中。


「みんな頑張ってんね〜」


ペアになっている明石谷さんが他人事のように言う。


「明石谷さんもバレー部の勧誘あるんじゃないの」


「うん!めっちゃやってる!委員会終わったら私も勧誘活動に参加するんだ」


確かバレー部も強かったよな。

背も高いし、この人のスパイク強そうだな。

俺がブロックに飛んだら....

やめよう、腕が取れる自信しかない。

怖い想像をしながら、二人で屋上の清掃を続ける。

心地良い風が屋上を吹き抜ける。

良い場所なんだが今掃除中だから、あんまり吹かないで欲しい。


「坂村くんは部活やってないの?」


「やってない」


「じゃあスポーツもやったことないの?」


「いくつかのスポーツをほんの少しかじった程度だけなら、経験とまでは言えない」


ほんとに遊びで少しだけやったことがある。

楽しかった記憶はあるんだが、続けるほどハマらなかった。

どれかにハマっていれば、もう少し体力ついてたかもしれないし、もう少し体つきも男らしかったかも。


「ふーん、今からでもやってみたら?楽しいよ!あ!バレー部とかどうかな!?」


まさかここで勧誘活動。

しかも俺男だし、新入生じゃないのに。

さっき腕が取れる想像した所だ、絶対にやりたくない。


「いや...遠慮しておく...腕無くしたくないし」


「え?腕?」


そんなやり取りをしているうちに、掃除は完了した。


「じゃあゴミは俺が片付けるから、明石谷さんは部活行っていいよ」


「え?いいの?」


「どうせ俺はやる事ないしな」


「ん〜、分かった!ごめんね!」


手を合わせて謝り、走って屋上から降りていった。

ほんと元気な人だ。

二人でやると聞いた時は不安だった。

美化委員はクラスで一人だから大丈夫だと高を括ってたのが間違いだった。

あの人が良い人でよかった。

他の人だったら地獄の空気だぞ。


ゴミの片付けを終わらせ、図書室に行こうか一瞬だけ迷った。

あれから図書室にはまだ行っていない。

葵達が居ない時に行けばいいんだろうが、そもそも何曜日に担当してんのか分からない。

萩原たちにそれとなく聞いとくんだった。

せっかくのベストプレイスだ、こそこそ確認しに図書室に行くのもなんか癪だ。

そう思って、図書室には行けていない。


「はぁ....まったく、我ながらめんどくさい性格だな」


「お?坂村〜掃除は終わったのか〜?」


このだるそうな声は葉月先生だ。


「今さっき終わりました」


「うんうん、ご苦労さ〜ん」


喋り方は先生らしくないが、こうやって気さくに話しかけてくれる。

面倒見が良いというのは恐らく本当なのだろう。


「君は部活には入っていなかったね」


「え?まぁ...はい」


「ちょっと来てくれ〜」


連れてこられたのは....


「....ゴミ屋敷?」


「空き教室だ」


今でも多いと思うが、昔は今よりも生徒が多かったと聞く。

そのため倉庫替わりのように使われている空き教室がいくつかある。

まさかと思うが、ここも掃除しようとか言わないよな。


「そのまさかだ」


「人の心読むのやめてもらえます?」


「顔にそう書いてたんだから仕方ない」


倉庫替わりにするにしても限度というのがある。

埃もすごいし。


「これなにが置かれてるんですか?」


「昔使われていた備品だそうだ。いつか使うかもしれないからとダンボールに入れてここに置いていたみたいなんだが」


やっぱゴミ屋敷じゃないか。

ゴミが溜まる理由が典型的なゴミ屋敷だ。


「....これ俺一人じゃ無理ですよ」


「何も君一人でやれとは言っていない、アテはあるから次の掃除の時には私から声をかけておく」


「はぁ.....じゃあ今日は?」


「今日のところは私が手伝う」


「ちなみに拒否権は」


「ない」


ですよねぇ....

気は乗らないが、美化委員の一員だから仕方ないと無理やり納得する。

とりあえず今日はこの埃たちから片付ける。

黙々とやってると、葉月先生が沈黙を破った。


「浅田の件で、君に苦労かけたみたいだな」


何かとこの話題が最近俺の周りで出てくるな。


「苦労というほどのものじゃないですよ」


「そうか?萩原と佐倉は迷惑をかけてしまったって言ってたぞ....そのまま図書委員になってくれたらとまでな」


あの二人そんな無茶なことまで言ってたのか。

まぁ普通に嬉しいけど。


「本当に迷惑がかかっているのはその二人の方だと思いますけどね」


「随分と達観しているな」


「事実を言っているだけですよ」


実際、本当に苦労なんてない。


「あの二人...それに田宮もか、君のことを随分と信頼しているように見える。浅田は私の方でもしっかり見ておくから、三人のことはもう心配はしなくていいぞ」


「元々そこまで心配はしていませんよ」


萩原ももう気にしていないだろう。

偶然とはいえ、浅田の思惑通りに動いた。

だからこそ、もう下手なことは出来ない。

萩原のような真面目な生徒が苦労して、下心で入った浅田が良い思いをする。

まったく耳を塞ぎたくなる話だ。

それでもこれは浅田にとってはいつか若気の至りだと笑い話となる。

そのおかげで割を食った人はそのまま置いてけぼりになる。

それ全てが浅田を彩る青春の一コマに過ぎない。


「友達ではないのか?」


「友達だからですよ」


「君もまたあの三人を信じているんだな」


葵もそうだが、萩原もこんなことでへこたれることはない。


「本当に....君は面白いな...だが、なんか可愛くない」


なんだ急に。

何言ってんだこの先生。


「....そりゃ男ですから」


「そういうことを言ってるんじゃないよ....君はまだ子供だということさ」


いつになく真剣で、まるで自分の子供を見るかのような目で俺を見る。

でもこの人確か結婚してなかったよな....


「君、今失礼なこと考えてなかったか?」


「い!いえ!」


この人の前で結婚関連のワードは禁句だな。

気をつけよう。

刺されたくない。


「まぁいい、今年は君のクラスの担任の先生で、君が所属する美化委員の担当でもあるんだ、なにかあったら私に相談するといい」


面倒見が良いのか悪いのか....

本当によく分からない。

だが一つだけ分かることがある。

この人は俺の事を見てくれている。

それが少し恥ずかしくもあり、嬉しかった。

掃除に集中していると、もう既に外は暗くなりだしていた。

キリのいいとこまで進めたくて頑張ったんだが、人数が二人ということもありかなり時間がかかってしまった。


「今日はこの辺にしておこう、また次の活動日によろしくな」


「はい....時間があれば」


「頼んだぞ〜」


最後まで聞いてくれ....

正直もうやりたくない。

汚いんだよな、何年手つけてなかったんだよ。

拒否権がないことを悲しみながら、俺は下駄箱に向かった。

もうほとんどの部活動が終わって、帰りコンビニによろうかなど話しながら帰っていく生徒が沢山居た。


こんな遅くまで掃除やってたんだな....俺。


自分で自分を労い、帰り道へと歩みを進めた。


「あ!坂村くん!なにしてたの?こんな時間まで」


声をかけてくれたのは明石谷さん。

彼女も部活を終えて帰るとこだったんだろう。

その後ろにも見知った顔があった。


こちらに小さく手を振る葵が居た。

この二人仲良かったのか、全然知らなかった。

ていうかどうしよう、浅田に近付くなって言われてるんだけど....


「葉月先生に面倒事を押し付けられたんだ」


「えぇ!?大変だったねぇ」


さてどうする、浅田に近付くなと言われてから律儀にその通りにしていた俺だが、ここに来てピンチを迎えてしまった。

もうこれ以上面倒事には巻き込まれたくないし、適当に理由を


「せっかくだし私たちと一緒に帰ろう!決まりね!」


うん、決めないでくれるかな?

また拒否権無いの?

まぁ明石谷さんは分かんないけど、葵とは道のりが全く一緒。

こんなバッタリ会ってしまったんだ、一緒にならないのもそれはそれで変な話か。

幸運と偶然が重なり、俺はまた葵と同じ道を歩く。

それでも1週間くらい間が空いたから、少し久しぶりかもしれない。


「お疲れさま、悟」


「葵もおつかれさん」


「よっしゃ行こう!」


「あぁ、悟も行こう」


元気いっぱいのロングヘアの明石谷さんと、口数が少ないクールなショートヘアの葵。

見た目も性格も真反対に見える二人だが、見ていて微笑ましい二人だった。

いつも一人で歩いていたこの道を、今日は三人で歩く。

今日の帰り道は、いつもより騒がしくなる。




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