第16話

今の俺には何も無い。

今までもおそらく何も無かった。

勉強をする気も起きない。

読書するにも内容が頭に入ってこない。

こんな気持ちになるのはいつぶりだろうか。

吐き気に似た気持ち悪さが常に襲ってくる。

せっかくの休日なのに、最悪の目覚めだった。

朝食の味は覚えてない。


「お前...邪魔なんだよ」


言い返せなかった。

地味なのも、なんの取り柄がないのも間違っていないから。

好きだから近付きたいという浅田の気持ちは恐らく本物なのだろう。

ならばあいつにとって、俺は邪魔でしかない。

近付くなと言われて一週間が経つ。

久しぶりに言われたからか、慣れたと思っていた痛みは一週間経っても引いてくれなかった。


「ダメだな、少し外に出よう」


休日の外の空気でも吸えば、幾分かは気持ちは晴れるかもしれない。

ついでだ、新しい本も買いに行こう。

街に出ても恥ずかしくない程度の服装に着替え、休日の外へ体を投げ出す。

平日とは違い、いつもより人通りが多い。

街に近づくにつれて、すれ違う人はさらに多くなる。

家族、友達、カップル。

人それぞれが違う形で休日を満喫していた。

まるで一人でいる俺がおかしいかのように。

なんて、別に何もおかしくないのは自分でも分かっている。

少しネガティブになっているだけ。


いつもの本屋の雰囲気が心地良い。

また面白い本を探そう。


「坂村さんじゃないですか」


声の主は田宮だった。


「珍しいな」


「そうですかね、萩原さんや坂村さん程では無いとはいえ割と読みますよ。好きなジャンルは被ってないですけど」


田宮は読書好きなのは知ってるが、常日頃読んでるイメージはない。

というより、俺が読みすぎなんだろう。


「委員会初日、大変だったみたいですね」


「まぁな」


「事の経緯は萩原さんから聞きましたけど、まさか初日からトラブルが起きるなんて思ってませんでしたよ」


「まったくだ」


萩原や葵と同じく、田宮は不真面目なことを嫌う。

ましてや今回は萩原が割を食っているから、怒りも俺達より大きいはずだ。


「萩原も珍しく怒っていたからな」


あの笑顔は忘れられない。

普段怒らない人が笑いながら怒ってるとあんな怖いものなんだと初めて知った。

今思い出しても震えてしまいそうだ。


「そういえば、その萩原は一緒じゃないのか?」


「あぁ、そろそろ」


「おーい!田宮さ〜ん!」


萩原の声が近付いてきた。

どうやらここで待ち合わせしてたみたいだ。


「萩原さ〜ん!こっちです!」


「あ!坂村くんも一緒だったんだ!」


「あぁ今さっき会ったんだ、これから遊びに行くのか?」


「そうだよ!」


相変わらず元気が良い。

二人の時間を邪魔する訳にもいかないし、ここら辺の本を適当に買って帰るか。


「そっか、じゃあ俺はそろそろ行くよ」


「あ、ねぇねぇせっかくだから一緒にご飯行こうよ!この前のお礼もしたいし」


嬉しい誘いだが、これからデートなの分かってるのかこの男。

嫌だぞ、田宮にまた嫉妬されるの。


「良いのか?これから二人でデートなんだろ?邪魔になると思うが」


「何言ってるんですか、確かに大切のデートですが、友達を邪魔なんて思いませんよ」


「そうそう!むしろ大歓迎!」


友達....

まさか田宮もそう思ってくれていたとはな。

嬉しい。

少しだけ気持ちが晴れたような気がする。


「じゃあ、少しだけ」


三人でレストランに向かう。

同級生と昼ごはんを外で食べるのなんてな、いつぶりだろうな。


「坂村くん好きなの頼んでね!この前のお礼もしたいから」


「お礼なんて別にいいんだけどな」


「ダメだよ!ほんとに助かったんだから」


萩原は本当に優しいな。

ほんの些細なことでもお礼をしてくれる。

ここまでされると、逆に申し訳なくなってしまう。


「....あれから図書委員は上手くやれているのか?」


「それがですね、あの件があって話し合うことになったんです、私達と佐倉さん達で」


話し合う....一体何を??

萩原たちの話を聞いた結果だけをまとめると、こうだ。

元々組んでいた、浅田と萩原のペアは解消。

委員全員に影響を出すわけにはいかないため、田宮と葵のペアも解消された。

そして新たに組み直した。


「それで、同じクラスのペアになったと....」


「うん、そうなんだよね....」


最終的には浅田は葵とペアになり、あいつの願い通りになったというわけだ。

全く、これじゃあいつにとってご褒美にしかならないな。


「それにしても、浅田もバカやったとは思うけど、うちの学校ってそこんとこホントに厳しいな」


これでも部活は強いとこはちゃんと強いから、文武両道って校訓は伊達じゃないな。


「私たちも予想外でしたよ....私は萩原さんとペアになれたから良かったですけど、心配なのは佐倉さんです」


「何かあったのか?」


「あの日、部活が終わったあと浅田くんをかなりキツく叱ってたみたいなんだよね」


浅田の自業自得とはいえ、ちょっと可哀想になってきた。

葵は怒ったらめちゃくちゃ怖いからな、ほんとに。


「今回のペアの入れ替えも、これ以上他のクラスの人に迷惑をかけるわけにはいかないっては佐倉さんからの提案なんだよ....あの後一回だけ浅田くんと活動してたんだけど、友達と喋ってばかりでちゃんとやってくれなくて....佐倉さん大変なんじゃないかと」


なるほど、この一週間でそんな事があったのか。

だが、俺から言わせればそんな心配は無い....と思う。

確信は無いが、多分二人が思ってるようなことにはならない。


「大丈夫だと思うぞ」


「なんでですか?」


「浅田は葵に近付くために図書委員になったから」


「あぁ....そういうことですか」


流石の浅田も惚れた女子の前で、ましてやその相手が葵ならば、ふざけた事は出来ない。

一度評価を落としている分、これから必死になるだろう。

それにしても


「他のクラスに迷惑をかけたくないから、自分が変わる....か」


「.....葵らしいな」


まず見るのは自分ではなく、周り。

たとえ自分に不利益にしかならないことでも、他人のために動く。

葵の事を知ってる身からすると少し心配にはなるが、実際それによって助けられた人は大勢いる。


「....そういえば、佐倉さんと坂村くんて知り合いなの?」


そういえば、自分から幼なじみだと言ったことはなかったな。

言えば変な目で見られる事が多かったから。

でもこの二人なら....大丈夫だろう。


「あぁ、幼なじみなんだ」


「えぇ!?そうなの!?」


身を乗り出して驚きの表情を見せる萩原。

そんなに驚くとは思ってなかった。

逆に俺がびっくりしたわ。


「そ、そうだけど」


「そうなんだ、だから名前で呼び合ってたのか」


「佐倉さんが男の人を名前で呼ぶのって珍しいんですよ」


そうなのか....意識して聞いたことなかったな。

でも確かに他の男子を名前で呼んでるとこ見たことないかも....しれない。


「なんか含みのある言い方だな、多分深い意味はないぞ、昔から名前で呼びあってたからな」


最初は葵ちゃん、悟くんって呼びあってたっけな。

ほんと懐かしい。

それでいつの間にか呼び捨てになって。

今に至る。


「昔から....なんかそういうのいいね!」


目をキラキラさせながら、また俺に顔を近付ける。

やめて、隣の田宮さんが凄い目でこっち睨んでるから、怖いから。


「そうか?」


「うん!なんか通じ合ってるって言うか!なんか僕たちみたいだよね!田宮さん!」


「え!?えぇ!もちろん!私たちは通じあっています!」


サラッと惚気やがったこの二人。


「葵とは....長い付き合いだからな」


通じ合ってる....か。

傍から見ればそう見えるのか。

どうだろうな、俺はずっと葵のことを見てきたけど、葵は俺の事見てくれていたかなんて分からない。

というか俺が勝手に知ってる気になってるだけかもしれない。


「ともかく、図書委員の問題が解決したのが分かってよかった、俺はこの辺で...」


「最近図書室来てなかったもんね、もしかして心配で来れなかった?」


心配なのは確かにある、だがそれ以上に...




━━━━━「お前...邪魔なんだよ」━━━━━




いつもなら気にしないのに。

せっかく問題が解決したんだ、余計な心配をかける訳にはいかない。


「まぁな....」


「.....ほんと優しいね、坂村くんは」


包み込むように優しく投げかける。

まるで全てを見透かしてるかのように。


「何かあったのならいつでも言ってね、僕達にできることがあるのなら手伝いたいから」


ありがとうが上手く言えなかった。

言ってしまえば、多分甘えてしまうから。


「あぁ....すまない」


なんで謝ったのか俺にも分からない。

でも、また友達の温かさを知った一日だった。








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