第8話

学校からの帰り道、ふと後ろを振り返る。


「今日は来ていないみたいだな....」


って、なんで俺は葵を探してるんだ。

部活なんだから居ないに決まってんだろ。

全く、俺の恋愛感情も言うこと聞いてくれないもんだ。

ぶつくさと心で文句言いながら、家に入る。


「ただいま」


家には誰もいない....

と思っていたら。


「だーれだ」


突然、手で目の前を覆われる。


「こんな事するの母さんしかいないでしょ」


「あらら、お見通しだったか」


朝の不機嫌さはどこへ行ったのやら。

むしろ普段からこんな感じだから少し困る。

お茶目というか、子供っぽいというか。


「ただいま、悟」


「ん、おかえり」


まぁ俺も今帰ってきたとこなんだが。

何も言うまい。


「着替え洗濯に出しといてね〜」


「うん、分かった」


言われて、部屋で着替えを済ませる。

少し勉強の続きやるか。

帰宅部は、こういう時良いよな。

読書もできるし、勉強の時間も取れる。

だからテストの点数もちゃんと取らないと色々言われるんだがな...

幸い、俺はそこまで頭は悪くない....と思う....多分。

とりあえず、気を取り直して机と向かい合う。

勉強を始めてしばらく経った時だった。


「悟〜!」


下の階から母さんが俺を呼ぶ。

なんだと思って、俺は下の階に行った。


「なに?」


「あのさ〜」


「...ん?」


「アイス買ってきて?」


満面の笑みでお願いしてきた。

.....勉強の途中で呼び出して何かなと思ったら。


「自分で買ってきなよ」


「えぇー!良いじゃん!晩御飯の支度もしないといけないし〜、お願い!ね?ね?帰ってきたら悟の買った分もお金返すから!」


まぁ、別にいいか。

つくづく思う、俺の性格は父さんから受け継いだものなんだと。


「分かった、なんでもいい?」


「うん!なんでもいい!」


ほんと悪気のない母さんの顔を見ると断れない。

晩御飯も食べたいし、近くのコンビニに買いに行こう。

外に出ると、辺りは暗くなっていた。

もうそんな時間なんだな。

もう日は沈んでるし、そんなに俺勉強してたのか。

早く行こうと、自分の財布を持って、玄関を開けると。


「あっ」


葵がこちらに気付いて声を上げた。

俺の家の隣にある葵の家に丁度帰ろうとしていたところみたいだ。


「悟じゃないか、どこか行くの?」


「あ、あぁ....ちょっとコンビニに」


葵は少し考える顔をした。


「悟、ちょっと待ってて」


「え?ちょ....」


帰ってった....

なんだったんだ?

だが待っててと言われたし、放っておくわけにはいかないよな。

10分程経ったとき、再び葵の家の玄関が空く。


「おまたせ」


私服になっていた。

なるほど、着替えに行ってたのか。

.....なんで?


「私も一緒に行きたいんだけれど....ダメか?」


おぉ....マジか。

そんな顔するな、断れないだろ。

てかほんとにコンビニ行くだけなんだがな...

もう誰も生徒は歩いてないだろうし、別にいいか。


「分かった、いいぞ」


始業式の帰りのように、隣を歩く。

心臓は相変わらずうるさいが、昨日のことがあったからか少し慣れた。

まぁ元々一緒にいる時間は長かったから、慣れるもへったくれも無いはずなんだがな。


「結構遅くまで部活やってたんだな」


「あぁ、先輩たちも気合入ってるからね」


「ふーん....遅くまでお疲れ様だな」


「ありがとう」


再び無言の時間が続く。

話題をみつけようとは思ってるものの、何も思いつかん。


「....こういう時間に出掛けるのも、悪くないな」


「葵の両親ってそんなに厳しかったか?」


俺の記憶じゃそんなに厳しくなかったと思うんだが。

何か変わったのか?


「あぁいや、厳しいわけじゃないんだが、部活以外で日が沈んだ道を歩くのはそう多くはなかったから」


「....それもそうか、小さい頃は明るいうちに帰ってたからな」


「うん.....」


小さい頃は本当によく遊んでいた。

懐かしいな....

思えばずっと一緒だった気がする。

でも今となってはこんなに近くに居ていいのか不安になるな。

少し懐かしんでいるうちに、コンビニについた。


「そういえば、何を買うんだい?」


「アイス」


「ほぉ.....」


「母さんに買ってきてくれって言われてな」


コンビニの自動ドアをくぐり、アイス売り場に向かう。

なんでもいいって言ってたし、適当に良いか。

すると、葵がアイスを手に取った。


「これ、美味しいよ」


葵が手に取っていたのは、カップアイスだった。

値段もそこまで高くない。


「食べたことあるのか?」


「うん、美味しいからよく食べるんだ」


「じゃあ....それにするか」


「うん、きっとおばさんも喜ぶよ」


部活で制限されてるのかと思ってたけど、そうでもないんだな。

ちょっと意外かも。


「じゃあ買ってくるから」


「うん」


どうすっか、時間も時間だし、親に心配される前に、先に帰っててもらってもいいんだが。

いや、流石にな...


「外で待っててくれるか?」


「うん、分かった」


すると葵が少しニヤニヤしていた。


「....なんだよ」


「ううん、先に帰ってていいぞって言われると思ってたから」


バレてたか....

もしかして顔に出てた?


「.....すまん」


「なんで謝るの、大丈夫だよ、悟と一緒だって言ってるから」


「そっか....まぁもう暗いし、流石にこの時間に女の子一人で帰らせる訳にもいかないよな」


そう言うと、葵は少し驚いたような顔をしていた。

気使うだけで驚かれるって....ちょっとショックなんだが....


「.....ずるいなぁ」


俺に聞こえない声で何かを呟く。


「なんか言ったか?」


「ううん、なんでもない、外で待ってるよ」


葵オススメのアイスを二つ買って、俺も外に出た。


「....帰るか」


「うん」


また無言の時間。

でも、なんだか心地いい。

昨日とは違う、気まずさなんて無い。

やっぱ葵の近くに居れるのが嬉しいのだ。

好きだから。


「悟」


「ん?」


「今年、委員会は何にするんだ?」


委員会....そういえば決めなきゃいけないな。

ちなみに去年は図書委員を二人でやっていた。

相手は萩原。

萩原と話すようになったきっかけでもある。

放課後、たまに図書室で仕事しなきゃいけないが図書室常連の俺にとっては、苦ではなかった。


「図書委員にしようと思ってる」


「そうか....」


「うん」


葵は何にするんだ?

って聞こうとしたが、やめた。

ちょっと期待してしまいそうになるから。

葵と一緒の委員になりたい人は沢山いるだろうし。

俺が期待していいわけがない。


「悟、この前さ....」


なんか今日はよく質問してくるな。

別にいいけど。


「なに?」


「女の子と一緒にいただろ?」


女の子.....女の子.....

え?誰のことだ?

やばい、全然思い出せない。

この前っていつだ?

てか女の子と一緒にってなんだ、二人でいたってことか?

俺が?絶対ないだろ、少なくともそんなシチュエーションになったのは昨日と今日の葵くらいだ。

わっかんねぇ、もう素直に聞いた方がいいか。


「それって俺と二人で居たってことか?」


「いや....男の人も一緒に居た....と思う」


「なるほど.....」


別の男も居た....どんな状況だ.....

そもそも俺が話せる男女なんて限られてる....

あっ


「田宮と萩原のことか」


「....その、友達なのか?」


「友達....まぁ仲は悪くないと思うが.....なんで?」


「い、いや!たまたま見かけた時、なんか仲良さそうだなって....」


くそっ、街灯が少ないし暗いから、葵の表情がよく見えない。

いきなりどうしたんだ?


「その....好きだったりするのか?」


思いもよらない質問だった。


「....は?」


は?

頭の中に、はてなマークが飛び交う。

とりあえず勘違いはして欲しくない、葵には尚更勘違いしてほしくない。


「ないよ、そもそも付き合ってる男いるし」


「え?そうなのか?」


「さっき萩原って名前だしたろ?その人と付き合ってんだよ、田宮さんは」


「そ、そうなのか....」


てかむしろ、俺最近雑に扱われてるし、萩原も優しいからニコニコしながらその状況を楽しんでるし。


「そうだよ、あの二人には色々振り回されてんだから」


とは言っても、二人が幸せそうにしてるのを見るのは俺も案外好きだからな。


「まったく....困った二人だよ」


街灯が近付いて、葵の顔がはっきりと見えた。

その顔は、嬉しそうで悲しそうな、複雑な表情をしていた。


「葵...」


「んえ?どうした?」


「あ...いや、なんでもない」


今まで葵がそんな顔をしてるのは、見たことがない。

だから葵がどんな気持ちなのか分からなくて、なんて声をかけたらいいのか、分からなかった。

もしかして、二人のどちらかが知り合いだったのか?

いや、でもさっきの感じだと知らないようだったぞ。

色々考えていると、もう家の前だった。

すると、いつもの優しい表情に戻っていた葵がまた問いかける。


「じゃあ、あの子とはなんにもないんだな...」


「あ、あぁ、まぁそういうことだ」


「そっか....」


「そっか」


葵は確かめるように、そっかと同じ言葉を繰り返す、一体なんの意図があってそんなことを聞いたのか分からない。


「そうだ」


俺はさっきコンビニで買ったアイスの一つを葵に渡す。


「....え?これ」


「二つ買ってたんだ、一つやるよ」


「悟は?」


「俺はあんまり腹減ってないからいらない、それに好きなんだろ?そのアイス」


さっきの複雑な表情を思い出すと、ちょっと胸が痛む。

好きな人には笑っていて欲しい。

だからせめて、好きなアイスをと思った。


「だからあげるよ」


葵はアイスを手に取り、静かに笑った。

街灯ではなく、今の俺たちは家の中からの光に照らされている。

そこにある葵の表情はどこまでも綺麗で....


「ありがとう」


花が咲くように笑っていた。

その顔を見れるのなら、アイスの一つくらい安いもんだ。


そしてお互いに同じアイスを手に持ち。

それぞれの家に帰る。


「じゃあまた、悟」


「あぁ、またな」


あの笑った顔を見れただけでも、腹いっぱいだ。

今日は良い夢が見れるかもしれない。

柄にもなく、そう思った。

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