第6話

帰宅して、夕飯と風呂を済ませ。

ベッドで仰向けになって自分の部屋の天井をボーッと見つめる。

あとは寝るだけなのに、一向に眠くならない。

頭に残る強烈な記憶が、寝かせてくれない。


━━━━━「また....たまにでいいんだ....時間が合ったら、一緒に帰ろう」━━━━━


あの時の表情、声、全てが鮮明に脳内で再生される。

本来ならば、断るべきことなのに。


「はぁぁぁぁ.....あんな顔されたら、断れねぇよ....」


これが惚れた弱みってやつなのか。

時間が合えばなと、曖昧にしたのがせめてもの抵抗。

断るならはっきり断るべきで、了承するのならはっきりとOKを出すべきだ。

分かってる、自分でも分かってるんだ。

分かっていても、出来なかった。

これが、俺の限界。

とはいえ、葵も部活がある。

朝練もあるだろうし、そうそう時間が合うことはないだろう。


「明日、ちゃんと起きれるのか....?」


遅刻の心配をしながら、なんとか眠りにつく努力をした。



聞き慣れた目覚ましの音。

部屋のカーテンから僅かに光が差し込んでくる。

朝が来た。


「.......眠い....」


結局そんなに寝れなかった。

重い体を起こし、学校の支度をする。


「おはよう、早く朝ごはん食べてしまいなさい」


「おはよう」


軽く母さんと挨拶を交わす。

母さんは少し寝起きが悪いのか、いつもより表情が険しい。


「....少し眠そうだな、大丈夫なのか?」


昨日の夜は仕事が長引いて、一緒に夕飯を食べられなかった父さんが俺に問う。


「あぁ、まぁ色々あって」


「そうか.....」


父さんはあまり口数が多くない。

厳格なイメージを持つ人も多いが、実際はかなり優しい。厳しい時も多いけど。

これが父として見せなければならない姿なのだろう。

少なくとも俺はそう思っている。

朝は軽くパンを食べるだけ。

俺はパン派なのだ。

ニュースを見ながら、朝食を進める。


「あら、今日は雨が降るみたいね....傘持っていきなさいね」


「うん」


俺は返事をして、父さんは軽く頷いた。

朝食を済ませて、家を出る。


「行ってきます」


「気をつけてね〜」


折り畳み傘を持って、学校までの道のりを歩く。

昨日、葵と歩いた道も。


「はぁ....なんか変な感じだ」


いつもは1人で歩く道。

帰る時も、学校に行く時もそうだった。

思い出さないようにと心掛けていても、華やかに彩られた昨日の記憶が、常に頭の中で流れている。


「少し落ち着かせよう」


そう思って、家から持ってきた小説を読みながら登校する。

これを読み終わったら、次は何を読もうか。

心に抗うように、違うことに楽しみを向ける。


高校二年の春、これから熱くなるばかりだ。

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