第39話 嘘
儀式も終わり、日が暮れた教会に人影はない。
俺は神の前で、事実を整理することにした。
フィリップは俺に「余程、強制労働所へ行きたいと見える」と言った。それはマリクにしか言われたことがない言葉だった。二人は、通じている。
今日、清めの儀式の前、教会の控え室の手前で、マリクとフィリップが貴賓室から出て来たのを見た。…そこで、フィリップがマリクに強制発情薬を渡した、または飲ませたのではないか?
目的はなんだ?発情して、ローレンと番になること…?
ーーマリクはともかく、フィリップの目的は本当にそれだけだろうか?
強制労働所に行って死んだジョルジュは、フィリップに嵌められたといった。そのジョルジュが残したメダイと同じ物が、アロワの部屋に落ちていた。あのメダイはロケットのような構造になっていて、中に伝文が入れられる。命令を隠すにはちょうどいい道具だ。それがアロワの部屋に落ちていたという事は…アロワを襲った犯人もフィリップだ。では、アロワを襲った理由は?犯人がフィリップなら、金目的では無い。
アロワが襲われたのはアロワが俺の絵を王都へ持って行き、宮廷で認められた直後だ。あの絵は、ローレンを描いた物で、俺はただ美しい人としてローレンを描いたのだが…。
そう、ローレンが描かれているあの絵…。アロワは「知っていて描いたんだろう?」と俺に聞いた。そして再三、「お前とあの方は身分が違いすぎる」と言っていた。しかもアロワはローレンを一度、「王子」と呼んでいる。あれは間違えた訳ではなく、アロワは、知っていたのではないか?
ローレンは王子…。たぶんあの絵本の元になったとされる現在の国王と運命の番との間にできた子だと…。
ローレンは瞳の色といい、ジェイド夫妻がどちらもベータだということといい、ジェイドの子供では無い。たぶんローレンは瞳の色もそっくりだった…ジェイドの兄の子だ。
儚げで華奢なジェイドの兄はオメガで…、現在の国王陛下の運命の番だとすると…、ローレンがアルファであること、魔力に溢れ強く美しいこと…フィリップに命を狙われたこと、全てに説明がつく…。
俺が描いた、美しいローレンの絵を、アロワは「運命の番との子が、王になる絵」として受け取ったのでは無いか…?それを宮廷に届け、行方不明の王子の『生存』を知らせ、その対価に金貨を受け取った。
そしてフィリップの耳に入り、アロワは狙われた…!
アロワや、ローレンが狙われる理由はわかった。でも俺は…?ジョルジュを嵌めたのがフィリップだとすると、俺は、あの絵を描く前からフィリップに狙われて居る。
俺は何か、フィリップにとって気に入らない事をしたのだろうか……?初めて、出会った時の会話から怒らせていた気がする。あの時は、たしか…。
それに、フィリップがローレンとマリクを番にしようとするのはなぜだ?マリクに恩を売って、油断させ操り、ローレンを殺そうとしている?
今までぼんやりと予感していた事をはっきりと形にし過ぎてしまい、俺は疲弊した。これ以上考えたく無い…。俺は一晩中、その場で祈りながら過ごした。
教会の主聖堂内は朝でも薄暗い。いつの間にか眠っていたらしい俺は、名前を呼ばれる声で目を覚ました。
「ノア、こんな所にいた…。心配した。家にいないから… 」
俺を起こしたのはローレンだった。ローレンの姿を見て涙が溢れそうになった。何とか必死でそれを堪える。
ローレンの足は大丈夫だっただろうか…?抑制剤は効いた?随分と苦しんだのだろうか…?
俺はローレンを見つめた。多分、こんなに見つめられるのは今日が、最後だから。
「考えていたんだ…ずっと… 」
「ノア?」
「俺は王都に行って宮廷画家になる。そうすれば、身分も生活も保障されるし、借金も返せる。外国になんて…行きたく無い。せっかくの好機なんだ。最初で最後の… 」
「ノア… 」
「ローレンだって俺が居なくなれば…マリク様と番になって…番になれば抑制剤もいらない。自由になれる 」
番がいれば、他のオメガのフェロモンに影響されにくくなる。だからもうあんな怪我、しなくて済む。
国境を統治するエヴラール辺境伯の後ろ盾があればいかに王妃の子、フィリップと言えど簡単にローレンを手にかけることは出来ないはずだ。
それにオメガのマリクとなら子をもうける事ができる。ローレンが本当に王子だとすると王家にとっては庶子…嗣子かもしれない。そして子が生まれたとなれば…エヴラール領やエドガー家は繁栄するだろう。
全て、ベータの、何も持たざる俺ではなしえない事。
「…ノア、急にどうしたんだ。昨日の… 」
「ずっと考えていたんだ…。俺は、三年間ずっと必死で絵を勉強して… 」
「知ってる。だから向こうにいっても… 」
「もうやめよう。無意味だ。そんなこと… 」
「どうして…?なぜ、無意味だと?」
「ローレンを愛してる、なんて、嘘だからだよ…。ローレンに借金を返済させようとして…それで… 」
「… 」
ローレンは俺から目を離さない。じっと見つめられて、涙が溢れそうだった。
「そんな顔で言われても…ノア… 」
ローレンはため息を一つつくと、俺の首にかけているロザリオを握った。
「ノアの言いたい事は分かった。でも、騎士祭りは観にきてくれ。それまでこれを預かっていて…、必ず 」
ロザリオを今返せないなら、騎士祭りに行くしかない…。でも…。
返事をしない俺をローレンは立ち上がらせた。また見つめられて、顔のすぐ近くで強引に指切りさせられる。
「約束… 」
「…… 」
結婚の約束をしたこの場所で、俺たちは最後の約束をした。
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