第11話 ノアの両親
騎士祭り当日。俺はいつものように入浴の準備で湯を沸かした。その日はローレンに貰った麻布で身体を拭いて…。その瞬間は幸せだったが、すぐに現実に戻って俺は部屋を片付けた。
もう、ここには戻らない…思い出を持って行っても辛いだけだ。俺は最後に教会の主聖堂に行き、神に祈った。ベータの両親から生まれたアルファのローレン…。きっと何か事情があるのだろう。でも彼に困難を与えないでほしい。どうか、幸せに…。
そして最後に、古いお守りなどを処分するための箱に、俺たちが作った絵本を入れた。ここに入れておけば、最後に高位の神父たちの祈りの中、処分されるのだ。そうすれば俺の思いも昇華されるような気がした。
俺が出口に向かって歩いて行くと、いつもの四十過ぎの男が誰もいない身廊の長椅子に腰かけていた。
「随分…長く祈っていたね…?」
「…今日は、一年の終わりの日なので… 」
「寄付した本は読みましたか?」
「…も、申し訳ありません。まだ… 」
「…私が挿絵を描いた本なのです。ぜひ読んでください… 」
「え…?」
俺が質問しようとした時、昼を告げる鐘が鳴った。
昼食を食べた後、昼の祈りの時間になれば主聖堂は人であふれるだろう。俺は何となく、人目をさけようと教会を出ることにした。今まで世話になった男にお辞儀をして、主聖堂を後にする。
教会を出て、修道院を振り返ると…十四年も暮らしていたのに今日はなんだか知らない建物のように見えた。
さよなら…呟いて、俺はクレマンが待つ、船着き場に向かった。
船着き場は市場を通り抜けて少し東にある。昼を過ぎて市場に着くともう、みな仕事納めをしていて店はどこも閉まっていた。そのため市場は閑散としていたが、運河の船着き場が近くなるにつれ人が多くなって来る。夜、ランタンを見る客狙いの屋台が多く出ているのだ。本当は…ローレンと来るはずだった、ランタンが見える、この場所……。
俺がぼんやり歩いていると、大声で呼び止められた。声の主は…。今日も出会いたくなかったあの人だった。
「おい、ノア!」
俺を呼んだのはマリクだ。なんでこんなところにいるんだ?騎士祭りはエヴラール辺境伯の騎士訓練場で行うはずだが…。そろそろ、本番が始まる時間でもある。なぜここに?マリクは大声で俺を手招いた。
「ローレンを知らないか?!あいつ俺の護衛のくせに、消えやがった!これから出番ってときに…!」
ローレンがいない…?なぜだろう…?でもローレンからは何も聞いていないし、連絡もなかった。
「見つけたら連絡してくれよ!」
マリクは焦っていたのか、それだけ言うと馬車を走らせた。俺は迷った。ひょっとして、俺を…?そう考えると、途端に動けなくなる。
「ノア!」
立ち尽くしていた俺に声をかけたのは…クレマンだった。
「クレマン様… 」
「よかった!来てくれたんだな!」
「あ、あの…やっぱり俺… 」
「どうしたんだ?また、そんな泣き出しそうな顔をして…。そうだ、船に行って話そう。お前の新しい父親もまっているから、一緒に話し合おう 」
クレマンは優しく微笑んだ。そうだ…きちんと行って、その方にも謝罪しよう。やっぱり、ローレンをもう一度探して、確かめたい。俺は頷いてクレマンが乗って来たという馬車に乗った。
クレマンと乗った馬車の中は不思議な香りがした。何の香りだろう…?クレマンは俺の正面に座り「ふふ…」、と笑う。
何故笑うんだ…?
理解が追い付かないまま、俺は後ろから入って来た別の男にのしかかられ、抑えられると頭から麻袋を被せられてしまった。
そこで、暗転…。
次に目覚めた時、そこは暗闇だった。さすがにその時点で俺は悟った。クレマンに騙されたのだ。でも目的はなんだ?俺なんか攫っても、何にもならないだろう…。いや、ひょっとして俺があの、王子様とオメガの子で実は高貴な血を引いていて、金目当ての誘拐とか…?それで、夢見るような美貌の騎士…ローレンがが助けに来てくれたりして…。
俺はあまりの緊迫感に思考が麻痺したのかもしれない。そんな夢のようなことを真面目に考えた。しかし、現実は甘くない。
俺がもぞ…と動くと、麻袋を取られた。暗闇から一気に光が降り注ぎ眩しくて目を閉じる。すると気絶していると思われたのか水をかけられて蹴とばされた。かけられた水は冬だというのに真水。蹴りにも一切の容赦がない。俺は蹴られた衝撃で床に転がり咳込んだ。
「げほっ!ごほっ!」
「このクズ!まったく、手間取らせやがって…!」
クレマンは聞いたこともないような、低い声で俺を怒鳴った。
「まあまあ…そんなに怒るなよ。地味だけどけっこう、かわいいじゃないか。」
「ふん!身体も小さいしオメガの子だからてっきりオメガかと思ったらベータだったんだ。だから値段も当初の三分の一になっちまった。いくら投資したと思ってるんだ!馬鹿野郎!」
クレマンは俺の頭を踏みつけながら唾を吐いた。汚い…。クレマンの傍らにいる男は、少しだけクレマンを諫めてくれる。
「おい、商品を踏むなよ!初めてが好きな旦那なんだから。傷物にするな!売れなくなるだろう!」
「だがな、コイツと一緒にいるところをマリクに見られちまった。コイツの死体があがった時、面倒なことになる!」
「マリク坊ちゃんにか?でも一瞬見ただけで覚えてはいないだろう?」
「わからん…。俺は昔、辺境伯家に勤めていたから、ひょっとして…。」
「勤めてたと言っても十年以上も前だろう?恰幅も良くなって…分からないさ。実際、辺境伯とすれ違っても何もないじゃないか。気にしすぎだ 」
「チッ!全く!コイツといい、コイツの親といい、最悪だ!旦那に滅茶苦茶にいたぶってもらわないと気が済まない!」
「安心しろ、間違いなく痛ぶられて殺される!」
つまり、クレマンは俺を誰か…加虐趣味のやつに売り飛ばそうとしているんだな。オメガで高く売れると思って親切にしていたら俺はベータで安く買い叩かれたうえに、クレマンは俺の親と昔一緒に働いていてその事で俺をよく思っていない…?と、いうことは、クレマンは俺の親を知っているんだ…。
俺はつい、恐る恐る尋ねた。
「あ、あの…クレマン様は俺の両親をご存じなのですか…?!」
「あー、良く知ってるよ!元同僚だからな!あのコソ泥、俺の罪も全部被せてやろうと思っていたのに…先に逃げちまってよ。あいつらのせいで警備が厳しくなって、俺は食い扶持を失って逃げるしかなかった!本当に許せねえ!自分達だけいい思いしやがって!」
「あ、あの…俺の親は本当に使用人だったんですか?」
「そうだよ!かわいらしいオメガでな、馬鹿な男と金を盗んで飛んだんだ。」
「……!」
なんてこった。俺の親、王子と運命の番じゃなかった。全然違った!正真正銘ただのコソ泥だった…!やっぱり俺は何も持っていなかった!何せ、ただのコソ泥の子だもの…。
俺は一気に絶望して目を閉じた。
ローレン…ローレンを信じて待っていたら、何か変わっただろうか?いや…きっと何も持っていない俺のことだから、そのまま騎士祭りでマリクとローレンが婚約するところを泣きながら見ていたに違いない…。それなら今こうやって、ここで殺されてしまっても…。それに、マリクがクレマンを見ていたのだ…俺の亡骸からこいつらを捕まえてくれる…。
「ノアーー!!」
完全に諦めた時、一番、聞きたかった声に呼ばれた。顔を踏まれていて頭を上げられなかったが、俺はその声に反応して目を開けた。
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