第12話 家族

「ローレン!!」

 力いっぱい叫ぶと、呼応するようにまた俺を呼ぶ声が聞こえる。


「ノア!!!」


 

 声とほぼ同時、大きな衝撃音とともにドアを蹴破ってローレンが室内に飛び込んで来た。


「な…っ!お前エドガー家の…?!なぜここに?!」

「外にも傭兵がいたはずだ…。一人や二人じゃないぞ…!どうやって…?」


 クレマンは動揺していたが、踏んでいた俺の頭から足を外し今度は俺に跨った。体を抑えて髪を引っぱりのけ反らせると、俺の喉元にナイフを当てる。


「こいつを助けに来たんだろ?…それ以上近付くなら…こいつの命はない 」

「そんな脅しは通用しない 」

 クレマンの脅しに、ローレンは構わず向かってくる。

「止まれ!」

 制止を無視するローレンを見たクレマンは俺にナイフを振り上げたのだが…。ローレンは素早い動きでクレマンの手首を掴み捻り上げる。早い…。多分、魔法…?

「う…っ!」

 クレマンは呻いて、ナイフを落とした。手を抑えて苦しんでいるクレマンとその仲間をローレンは蹴り飛ばす。二人を転がすと、ローレンは俺を背負った。


「ノア…!どこまでこいつらの仲間か分からないが、この船は人が多すぎて全員は相手にできない!すぐにここを出よう!」


 船?!ここ、船だったのか?!そう言えば船に乗ると聞いてはいたが馬車の中で意識を無くしてしまい乗船したことには気が付かなかった。ローレンはどうやって船に…?


「この部屋を出たら、船から飛び降りるぞ!」


 いうが早いかローレンは船室を出て駆け出した。追っ手を振り切って、船尾まで一直線に走って行く。


「歯、食いしばって!」


 返事をする間も無くローレンは船尾から下にあった小船へ飛び降りた。


 ローレンは俺が乗っていた船の船尾に錨をかけて、綱を伝い船に乗り移ってきたようだ。乗ってきた小船に降りると錨を外し小船の帆を広げ、岸へと船を走らせる。


「逃がすかっ!」


 小船を走らせた直後、クレマンに見つかってしまった。クレマンは船で追って来る…!気絶していたから気が付かなかったのだが、俺が乗せられた船はかなり大型の船だったようだ。ローレンが乗って来た小舟とは規模が違う…このままだと潰されてしまう!ローレンはクレマンの船が向きを変えて、自分たちへ向かってくるのを見て舌打ちした。ローレンを見ると、少し苦しそうに肩で息をしている。


「ローレン、大丈夫?!俺のせいで無理したから…!」

「ノアのせいじゃない。抑制剤で、少し魔力が減っているだけ…でも大丈夫だから!ノア、オレの後ろに居てくれ!」


 ローレンは腕を上げると呪文を詠唱し、指先から魔力を放出する。空に魔法陣が浮かび、クレマンの船に向かって炎を噴いた。しかし威力が弱かったのか大型船が迫ってくる風に煽られ、俺たちの乗っている小船の帆に引火してしまった。

 帆が燃え、大きな火が上がる。それは俺たちの目の前に火柱となって迫った。クレマンの船は、俺たちの船が燃えるのを見て旋回して逃げていく…。小舟の火柱はより大きくなり、柱もギシギシと大きな音を立てて今にも崩れそうだ。


「ノア!海に飛び込むぞ!」


 迫り来る炎に船から飛び降りようとしたが、大型の船が旋回し、波が上がり小船が揺れ俺は倒れこんでしまった。燃え盛る火柱から俺を守るためにローレンは「ノア!」と叫びながら俺に覆いかぶさった。


 こんなのは嫌だ…!ベータで借金持ちの上に足手纏いなんて、俺はローレンに全く相応しくないじゃないか…!

 



 

 叫び声も出せず、俺は目を瞑った。多分、ローレンも諦めていたと思う。


「ローレン!諦めるな!!」



 声が聞こえて目を開けると、水しぶきと共に、火柱を切り裂いてローレンの父ジェイドが船に飛び移って来た。水の、魔法…?!ベータで魔法が使える人は少ないというが…。ジェイドは瞬時に船の火を消し止めた。俺たちが驚いて固まっていると、ジェイドはローレンを怒鳴った。


「ローレン!何してる!今のうちに船を走らせろ!」


 ローレンは首を振った。


 ローレンはただでさえ抑制剤で減ている魔力を、俺を助けるために使い切ってしまったのだ…。


 帆を失っている船では魔力がなければ動かせない。


 ジェイドは全てを察したらしい。何も言わずに、船を岸へと走らせた。






 岸に着くと、騎士たちが大勢集まっていた。


「禁止されている、人身売買を行っているものがあの船に乗っている。既に一隻で追っているが…相手の船が大きく人数も多い。もう一隻船を出して応援に向かう!ついて来い!」

 ジェイドの指示で騎士たちは船に乗り、既にクレマン達を追っているらしい騎士の応援に向かった。ジェイドは騒ぎを聞きつけ犯人を船で追って来たが、俺たちが襲われていたから小舟に飛び移って助けてくれたようだ。あっという間の出来事でお礼も言えなかった…。ローレンも項垂れている。


 俺たちはしばらく無言で、船が帰って来るのを待った。どのくらい待っただろうか…?日が完全に落ちて震える寒さになった頃、騎士団の船はクレマンたちを捕まえて戻って来た。


 ローレンと俺は、ジェイドの無事な姿を確認して胸をなでおろした。


「父上…申し訳ありません!」

「わかっているならいい。まあ…お陰で以前から追っていた人攫いを捕まえられた…。とにかく、無事でよかった。騎士祭りは中止になってしまったが 」


ジェイドは優しく微笑む。この人がローレンの実の父親じゃないなんて…俺には到底、信じられない。


「ローレンお前、顔が煤だらけだ。ひどいぞ 」

「父上もです…。髪が少し、燃えてしまっている 」

 ローレン親子はお互いの姿を見て笑い合った。本当だ。二人とも後ろ髪が少し焦げている。

「あの…、後ろ髪、整えましょうか…?」

 俺の申し出に、二人は笑顔で頷いた。


 事件によって騎士祭りは中止になってしまった。


 騎士たちは後始末のために海岸で火を焚き上げて明りと暖を取っている。俺たちはその周りで、沸かしてもらったお湯で顔を拭いて、その後、焦げてしまった髪を整えた。


「あ…っ!」

 俺は髪を切りながら二人の共通点を見つけた。しかも、それがかわいらしいくて、笑ってしまう。

「なんだよ…。ノア?」

「あの、二人の襟足の形がそっくりだな…って。ほら。普通の人はこう、うなじに流れるように毛が生えるのですが、二人はまったくありません!」

「それ、そんなにおかしいか?」

「修道院で髪を切って差し上げたりしますが…初めて見ました 」

 俺が笑うと、ジェイドも微笑んだ。

「家族だから、似ているんだろう…。血の繋がりかもしれないが…それはいつも髪を切る人、妻の癖かもしれないな…。」

 ジェイドの言葉に、ローレンは目を擦ってうつむいた。そうだ…。血が繋がっていなくても、弟と対応が違ったとしても、…二人はお互いを大切に思っている。そんな二人が、家族でない訳はない。…俺は心底羨ましくなった。

「…いいなあ、二人は…家族がいて… 」

 すると、ローレンはしまったという顔をしたが、ジェイドはまた優しく微笑んだ。

「でも初めは、家族も他人なんだよ。私と妻も初めは他人だった。それが結婚して、時間をかけて家族になっていくんだ… 」


 そうか…。俺も今は一人だけど…いつか…。もしかしたら…。そんな奇跡も起きるだろうか?

 

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