【復縁なし】愚かな王子を処刑!?待ってそれ要る奴だから!~婚約破棄してきた王子様は伝説の英雄の父でした~

@suzubayasi3210

愚かな王子を処刑!?待ってそれ要る奴だから!~あなたと結ばれなくて本当に良かった~

 それは婚約披露パーティのことでした。


「アリシア・ローゼンバーグ! 俺と結婚する罪でお前と婚約破棄する!」


 今何かおかしなことおっしゃっていません?

 王太子ギルバート様。側近の男性陣も疲れ切った顔をされています。あれは相当になだめすかして止めようとしましたわね。


 ちなみに彼の傍らで、聖女マリア様がぼんやりした表情でその様子を見ておられます。彼女は常日頃からギルバート様から離れようとしません。まるで離れることが良くないことであるかのように。


 私は冷静に殿下を窘(たしな)めることにしました。


「ギルバート様。わたくしと貴方の結婚は国同士の定めたものであり、貴方と結婚する罪など全く存在しません」


「うむ。そうか? えーと、では俺がお前と結婚する罪で婚約破棄される! これならどうだ!」


「逆でも同じです。罪ではありません」


 淡々と諭します。


「だが、婚約を破棄するのは罪をでっちあげなくてはならないと聞いたぞ」


「それは誰に?」


 小さな子どもに教え諭すように問います。


「それは、ううむ」


 ギルバート様は気まずそうな顔をして目を逸らします。まるで幼子と対話するような調子ですが、彼は既に成年しており素晴らしい体格を持つ偉丈夫です。ただ、このようにどこか物事を単純に捉えられる男性です。

 

 侯爵令嬢であるわたくしは彼と結婚し、王妃として支えるために今日まで生きてきました。彼は率直に言えば愚かなところのある男性なのですが、真の意味で他者を傷つけるようなことは考えません。誰かに何事かを吹き込まれたのではないかと察します。

 

 ただ問題はここが婚約披露パーティの夜会だということですわ。ギルバート様は様々な界隈で変わり者として知られていますが、婚約しますと言う場で婚約破棄は困りますわね。


 子供のお世話をしているような感覚で「やれやれ」と思っていると、「兄上、いい加減にしてください」と口を挟む方が居られました。


「異世界から現れた聖女様に心を奪われ、婚約者の心を傷つけるなど!」


 第二王子のカイン様でした。

 若干の誤解を感じさせる言葉ですね。

 別にギルバート様は聖女様への愛は一切説いておられません。


「あなたのような方はアリシア様にも、次期国王にもふさわしくありません」


 ギルバート様は黙りこみます。

 カイン様は彼にとって腹違いの弟。昔から彼に言葉で言い負かされることが多く、何も言い返さずにただ頷くだけのことが多いです。

 

「兄上は酷い御方です。あなたの日頃の行いもそうだ。魔物とは言え、多くの命を無慈悲に奪うことも許されません。我らは異なる種族との共存の道を推し進めるべきであり、血にまみれた道に未来などはありません!」


 カイン様は己の思想を滔々と述べ立てられます。わたくしは彼の意見について眉を顰めざるを得ません。彼は先ほどから一体何を言っておられるのでしょう。僭越ながら反論しようとした、そのとき。


「ギルバート、貴様はまた愚かな振る舞いを!」


 大広間の奥から国王様が現れます。険しい表情でギルバート様を見つめ、厳しい声でおっしゃいます。


 王の声が響き渡っても、彼の青い瞳には動揺の色はありません。何事かの決意めいたものが宿っているように感じます。


「貴様は常日頃から魔物の血にまみれ、勉学も弟に遠く及ばない。愚かにも聖女に心を奪われて、婚約者を蔑ろにした。王族としてあるまじきものだ。もはや許しがたい!」


 国王様は重々しい声で続けます。


「よって、今ここに、貴様を王位継承権から外すことを宣言する。更に、その行為に対する罰として、貴様を処刑する!」


 その言葉が告げられると、周囲の空気が一層冷たくなりました。貴族たちは驚愕の表情を浮かべ、ざわめきが広がります。

 

 わたくしも凍りつきます。

 常よりギルバートは国王様からも好ましく思われてはおらず、弟のカイン様を次期国王に推す意思がおありになるようだと聞き及んでおりました。


 私の父である侯爵が、国王様に向かって冷静な声で語りかけます。


「陛下、僭越であることは承知しておりますが、そのような決定を下す前に、一度この件においては詳細に窺い、法と秩序に基づき、公正な判断を下さるべきです」


 同席していた将軍も発言します。


「ローゼンバーグ侯爵様の意見に同意します。次期国王候補には何か問題があるとしても、殿下の処遇については法の枠組みを守りながら進めるべきです」


 幸いにも国王一強の時代ではなく、一定の地位ある者であれば意見は可能。わたくしは、さすがに余計な口は挟めません。


「しかしこのような異物は世界にとっての害悪! 早急に処理しなくてはいけないのだ!」


 国王は息子への嫌悪を隠すこともなく、そう告げます。


 なんて恐ろしいことを、と感じつつも。

 わたくしは。


 その時、頭の中に何かの声が響きました。

 待って、それ要る奴だから! と。


「え?」


「は?」


 その呟きを漏らしたのは私と、聖女のマリア様でした。

 彼女は何かを呟きます。


「それ要る奴とは?」


 マリア・ゴトー様。彼女はある日、空から光と共に降り立った女性です。わたくしとギルバート様が王宮の中庭で話していた際に現れた方でした。この世ならぬ光景から、何か特別な存在であることは一目でわかりました。

 

 過去の同様の例と照らし合わせると、彼女は異世界の存在であると推察されています。魔法による調査などを進めたところ、彼女は極めて稀な治癒の能力などを持ち、教会から聖女として認定されました。

 

 聖女が現れた際には、特別に遇さなくてはならない。

 その役目は、特に神託を伝えることだと言われています。大きな災害の予兆や、世界規模の飢饉などの警告を発したという記録も残っています。

 

 その特異性ゆえに王家預かりの身となり、私やギルバート様と共に過ごしていました。我らの前に現れた以上、何か意味があってのことではないかと。


 マリア様とは言葉も通じますし、意思の疎通を図ることは可能。過去に何事かあったらしく、ぼんやりとされていることが多い方です。まるで夢の中のようだと漏らされていることもありました。

 

 ギルバート様はそんな彼女を気に掛け、何かと励ますように言葉を掛けていました。その場には常にわたくしも同席していますし、不埒なことなどはないのはわかっています。


「皆様ご静粛に! これは神託ですわ!」


 わたくしはこの機を逃さず声を張り上げます。


 聖女は特例の存在。よほどのことがない限りはその振る舞いを咎められることはありません。神の言葉は一切漏らすことなく記録すべし。後に発言内容について審議はされますが、ともあれ彼女のお言葉を妨げることは許されない。世界の命運を左右する重大事をお伝えになるために現れる。歴史がそれを証明している。だからこそ、耳を傾けなくてはいけない。

 

 呆気に取られるように周囲は黙りこみます。

 国王や貴族達も黙って彼女を見つめています。

 

 先ほどの声がわたくしの頭の中に響きます。

 同じ言葉を遅れた形でマリア様が口にされていました。


「現在、古き神々と新しき神々の間で戦争が行われており、現生するあらゆる世界が滅亡の危機に晒されている」


 彼女はぼんやりとした目で続けます。


「我らは残された力を使い、人類の王の系統に神の力を持つ英雄を送り込んだ」


 マリア様が溢れるものを吐き出すように口を開かれます。わたくしの頭の中に響くものと全く同じです。これが神託。どうして、わたくしにも?

 

 それは、念のため。

 君も聖女の予備として神託を受けてもらうことにした。

 特例だと、何かはわたくしに言います。


「しかし、敵対する神の妨害によって生まれた英雄は完全な力を持たず、愚かな王によって排除されようとしている」


 誰かが小さく息を飲みます。

 

「異世界の神の祝福を持つ者。汝らが聖女と呼ぶ者と不完全な英雄の血を合わせ、本来あるべき正しき英雄を生み出すこと。それが汝らの世界を救う唯一の術である、と」


 深い沈黙が場を支配しました。

 

 直後に兵士の叫ぶ声が聞こえてきます。

 魔物が現れた、と。

 早く誰か、騎士団を。逃げろ。

 そんな統率の取れない叫び声が徐々にこだまして。

 直後に、何かが爆ぜます。

 天井の一部が崩落し、おぞましい異形の姿が現れました。

 

 悲鳴と共に、周囲の者達が次々襲われていきます。戸惑う暇もありませんでした。どうして。なんで。

 

 動いたのはギルバート様でした。まばゆい光をまとい、剣を手に跳躍します。彼の動きに合わせ、まるで果実のごとく魔物が細切れになっていきます。強力な魔力を帯びた彼の凄まじい剣技により、魔物が次々と崩れ落ちていきます。

 

 その光景に見惚れてしまいます。

 

 さすが、魔殲(ません)のギルバート様。国一番の武勇を誇り、あまたの魔物を葬り去って来た武人なことはあります。そうです。彼はとても強い。日々湧き出る魔物の大半を彼が狩っていると言われるほどです。

 

 排除する? とんでもない。

 だって、彼はこんなにも強いのですから。

 

 定期的に魔物が出現し、人民を脅かす世界。彼ほどの実力者を殺すことは人類にとっての大いなる損失。神様に言われるまでもなく、彼は要る人間です。

 

 だけど、何故だか一部の人間はそれを認めようとしない。まるで何かを恐れるように、国王をはじめギルバート様を冷遇する動きがあったことがとても汚らわしく感じます。まさに愚の骨頂。


 彼は幼い頃から考えるより、身体を動かすのが得意。

 そして魔物相手に全く臆することがない。凄まじい剣技で切り伏せ、素手であっても難なく殺してしまう。恐ろしいほどの力で。

 

 ギルバート様は付近の魔物をあらかた掃討し終えると、マリア様をわたくしに託します。騎士団長のクロードが後を引き受け、わたくしたちを守ってくれます。

 

「父上! お逃げください!」


 ギルバート様が叫び、国王に迫る魔物と対峙。

 護衛の騎士たちが戦っていますが、大型の魔物相手に苦戦しています。

 常より魔物を退治するのは専門の討伐部隊であり、護衛ではありません。

 場合によっては、貴族や国王ですら魔物を間近で見ることはない。

 だからこそ、準備なく目にしたことで不安定になる者は多い。


「あ、あああああ。ひぃぃぃぃぃ」


 国王は恐慌状態となり、気躓いて地面に倒れます。胸を苦し気に抑えて、うめき声を上げてしばらくの間のたうっておられました。

 

 やがて静かになります。


「え?」


「父上?」


 カイン様が駆け寄り、国王様を揺さぶります。魔物はギルバート様が瞬く間に排除されていきますが、最悪の想像に背筋が凍りつきます。まさか、そんな。こんなことで?


「兄上。父上の呼吸が止まっています」


 虚ろな目で呟くカイン様。

 

 あまりにあっけなく。

 現国王は崩御いたしました。

 元より心臓の病があった、とのことでした。


 悲しむ暇もなく、戦える者達は溢れかえる魔物を追い払わねばなりませんでした。王宮に侵入してくるなど、過去に例のない事態でした。よって、対応が遅れ、おびただしい被害が出ます。当然、城下にも。街にも。村にも。国中がひっくり返っていました。

 

 騎士団やギルバート様を中心とした討伐部隊が緊急動員され、各地の魔物たちを討伐していきます。高い魔力を持つわたくしや、聖女マリア様も部隊に同行します。

 

 幸い魔物は脆い物が多く、数の多さに反して対処は十分に可能。これまでにない規模での予測不能の同時発生。それが、被害を大きくさせた理由でした。

 

 国王が亡くなり、現王妃は政治に疎い側妃のみ。常より政治には関わらない方であり、異様な事態への不安をお感じになられたらしく、表には出ない方針を取られたようです。このような情勢では賢明なご判断だと思います。

 

 わたくしの父や将軍や大臣などが臨時議会を作り、今後の対策を練ることになります。

 

 人員不足の折り、わたくしやギルバート様のほかマリア様も会議には参加しました。カイン様は突然の魔物の襲撃と国王の急死で混乱状態となり、現在は伏せっています。

 元より線の細い方でした。

 

「神託の内容を今一度改めるべきですわ」


 わたくしもまた、神の声を聞いたと伝えます。訝し気な目も向けられましたが当のマリア様もご発言されます。


「神様? が。私だけだと今後困るから、彼女にも声は伝えたと。こちらも余裕がなく、此度の事態はあらゆる前例に則らないものであると言っておられました」


 話はそれである程度まとまります。

 いまだかつていない大災厄時代の幕開け。

 マリア様もここにきて、過去に何があったかを語ります。


「私の世界もアレに襲われました。世界中がひっくり返って、まるで漫画のようで。私は山に逃げている最中に、足を滑らせて崖下に。気づくと光るところに居て、それから王子様たちのところへ」


 彼女はご家族と幼い頃に離別しており、もはや天涯孤独の身とのこと。魔物など現れたことのない世界であったため、現実離れした状況から心が麻痺していたようでした。

 

「大変な目に遭ったのだな。マリアはよく頑張った」


 ギルバート様が気遣わし気に声を掛けます。

 彼も憔悴の色が濃く浮かんでいます。

 冷遇されていたとはいえ、父親の死。

 

 婚約破棄の一件についても窺うと、カイン様を支持する一派に何事かを吹き込まれていたようでした。カイン様からも、常日頃より「兄上は王にふさわしくない」等と言われていたそうでした。何よりわたくしの人生を縛っている、と。だから次期国王と言う立場から降りて、わたくしを解放しようと思った、と。


 今となっては、深く議論する気も起こりません。

 

 短慮な振る舞いをする前に相談はして欲しかった。ですが、彼なりに、悩んだ末の行動だったのでしょう。わたくしも殿下の繊細な感情を察することが出来なかったことが悔やまれます。


「ギルバート様は悪くありませんわ。もうお気に病まないでください」


 そういうより他は、ない。

 喜劇めいた婚約破棄のやり取りから、あまりに色々なことが起こり過ぎた。笑い話で済む世界であれば何事も良かったのですけれど。

 

 沈んだ様子の彼に寄り添うのはマリア様でした。


「ギル様は優しいんだね。私なら自分に冷たくした親のことなんてどうだっていい、って思いますよ」


「そうか? マリアは強いんだな」


「全然。私の親は酷くて。いつも不機嫌で何かあるたびに殴ったり蹴ったり。小さい頃は服の下はいつも青あざだらけだったよ。幸い大人に気づいてもらえたけど、私は殺されてたかもしれない。紙一重で、助けてもらえた」


 ギルバート様は「そんな、そんなことは許されない。お前のようにか弱い者を、幼子を傷つけるなど」と血の気が引いた顔で彼女を見ます。


「それだけ酷いことを、あなたもされたんですよ」


 マリア様はまっすぐした目で言います。


「だが、俺は」


「あなたが親を憎めないなら、私が代わりに憎みます。このクソが、ってね。何か言ってやればよかった。見ているだけで、ごめんなさい。ずっと他人事で。私もとても愚かでした。婚約破棄はいただけませんが、だからって問答無用で処刑しようとするなんて許せない」


 異なる世界の聖女と言う特別な存在ゆえの大胆な発言。

 彼女はそれまでのぼんやりとしていた様子から一変し、とても澄んだ目で彼と向き合います。未曽有の事態を前にして、どこか眠りから覚めたような様子でした。

 

 まるでそれまでの分を取り戻すように、彼女は言葉を重ねます。


「あなたはとても素敵で。あの、魔物を倒す姿が、とてもカッコ良かった。私にとってアレは絶望だったの。皆逃げるのに精いっぱい。誰からも守ってもらえなくて、ただ逃げるしかなくて。それを難なく倒す姿に、とても安心して」


 ギルバート様は彼女にどこか惚けたようなまなざしを向けています。


「守ってくれて、ありがとう。世界一強くて、素敵な王子様」


 どこか夢見るように、熱を帯びた眼差し。

 まるで熱烈な愛好者(ファン)のように彼女は言います。


「私と出会ってくれて、生まれてくれてありがとう」


 大げさ、でもないのでしょう。

 己の生きた世界を追われ、逃げのびたこの世界でも脅威にさらされている彼女。幼い頃に親から虐待を受け、辛い過去を持っていたマリア様。生きるか死ぬかと言う中では、今この瞬間こそが奇跡。

 

 ギルバート様はどこか固まっていました。

 しばらくして、ぼろぼろと大粒の涙をこぼされます。

 思えば、国王様が亡くなってから、彼は戦い通しでした。

 緊張の糸が切れたように、声を殺して泣いておられました。

 マリア様は静かにギルバート様を見つめておられます。


 親に愛されず、生きるか死ぬかの人生。

 まるで深く通じ合った戦友のようなお二人。 


 彼らの関係は、これから先の未来を左右する何かでした。

 

 神託の内容をまとめると、不完全な英雄とは、恐らくギルバート様を指している。彼が生まれた当時にも、生母である王妃様のご発言があったそうです。不思議な声を聞き「真の英雄はまだ先に生まれる。時期が来るまで大切に守るように」と言った内容でした。既に病にてご逝去されているので、詳細を確かめることはできません。

 

 状況的にも相違ない。そして、聖女たるマリア様と血を合わせる。つまりはお二人の御子を生み出すようにと促している。


 話し合いを重ねた結果、聖女マリア様とギルバート様にご結婚していただく。それしかないと言うことになりました。わたくしにも神の声が聞こえたということで、より精度の高い神託であるだろうと見なされました。

 

 彼らに仲睦まじく過ごしてもらい、一刻も早く御子を授かってもらう。現時点ではそれが最善であるだろうと。元より彼は次期国王候補。他でもない聖女様がお相手となれば、わたくしも特に意見はありません。


「マリアは俺のような奴と結婚して良いのか?」


「うん。あなたの側が一番安心できる」


 とは言え、すぐ結婚だ。初夜だ、とはいきません。彼らはまだ若い。特にギルバート様はより戸惑う気持ちが強いらしく、しばらく彼女と静かに過ごしたいと。

 

 魔物との戦いの合間に彼らは交流を重ねます。

 わたくしも交え、マリア様の世界のお話を聞きます。

 伝説として記録されている未知の乗り物や、この世界には存在しない概念や食事など、遠い異世界の話は興味深く、ギルバート様は目を輝かせて彼女の語る内容に耳を傾けていました。マリア様はこれまで自分のことをお話にならなかったので、驚くほどに饒舌に語ります。


 ギルバート様が彼女にダンスを教えたり、マリア様の国の歌などを逆に教わったり。小さな恋を育まれているご様子でした。異文化で育った彼女とのやり取りはとても新鮮なようで、ギルバート様もこれまでにない楽しそうな顔を何度も見せています。

 

 それぞれにわたくしに対する申し訳なさも口にはしておりましたが、「何もお気になさらず、素直なお気持ちを大事になさってください」と意識して穏やかな言葉をお伝えしました。

 

 本当のところは、秘めたる想いもありました。

 だからこそ、わたくしは彼らを最大限応援することにしました。

 

 ことを急く野暮な者達も居なくはなかったですし、一服盛って同衾させるというような提案も具体的に為されました。そこはわたくしが父と相談して潰す方向で動きました。

 

 世界が滅びるの滅びないのと言うときに、ある種の秩序や雰囲気を気にしていても仕方ないというのも正しい。けれど、わたくしはここに来て強く溢れだす感情がありました。

 

 彼らは子を授かるための道具ではない。

 結果としてそれを求めるにせよ、何より人間として扱うべきである。たとえ実態がどうであろうとも、誰がどのように思おうとも。一つの庇護欲と言えば良いでしょうか。

 

 わたくしとしてはギルバート様に抱いていた感情は恋ではありません。彼はわたくしより五歳も年下。幼い頃からよく知るだけに、尊き御方に対する役割のような意識です。

 

 だからこそ、野暮なことはおよしなさい、とわたくしも我を通させていただきました。

 

 これも何かの罪と言えば否定できません。

 世界が終わるの終わらないのという瀬戸際。だからこそ、せめて救世主たる彼らの歩みを静かに見守りたい気持ちだったのです。

 

 元より政略の意味も強い婚約。わたくしが正妃ないし、側妃となるのも妥当ではありましたが、新たな神託で「君は別の相手の方が良いよ」とのお言葉まであり、色々あって自由恋愛が許されることになりました。まぁ。良いのでしょうか。

 

 わたくしもこれ幸いにと、想いを寄せていた若き騎士団長クロードに告白します。


「もったいないお言葉です。私も常よりアリシア様のことを」


 奥ゆかしいクロードはずっとわたくしを想い、独身を貫く誓いを立てていたとか。共に想い合っていた。これほど嬉しいことはありません。わたくしは人生の春を迎えました。こんなこともあるものですね。


 叶わぬと思っていた想いを成就させてしまいました。でも、これくらいの役得は頂いてもよろしいですわよね。なんと言っても婚約破棄という乙女にとっての珍事を体験する羽目になったのですから。全く恨んではいませんけれどね。

 

 ただ、救われた。

 本当にそんな気持ちでした。

 

 彼らのやり取りを敢えて覗き見るようなことは避けたかったのですが、あるときを境に二人きりになるのを少し抵抗が感じたようです。より関係が進む、一歩手前。話したいことがあるので、わたくしにも立ち会って欲しいとのことでした。 


 ギルバート様と、何故かマリア様も。

 彼女が言うには、わたくしは何だか学校の先生と似ている、と。

 

 いえ、侯爵令嬢です。

 

 実際には少し意味が違っており、彼女にとっての命の恩人の方を差していたようです。自分を傷つけた親から引き離してくれた特別な誰か。今も生きているかどうかはわからない。だからこその言葉でしょう。私もまた余計な口は挟まず、彼らを見守ります。

 

 向かい合ったお二人。殿下から口を開きます。


「マリア。俺は学がない、頭も良くない」


「私もだよ」


「魔物を殺すしか能がなく、血にまみれお前を怖がらせるかもしれない」


「血は少し怖いけど、あなたなら平気」


「俺は居てはいけない何かだったかもしれないと、ずっと思っていた」


 それは。

 彼が時折わたくしに見せる弱い一面でした。

 息苦しそうに、吐き出すような溜め息。


「うん」


「弟に王位を譲り、自分はただ求められる役目を果たして、消えてゆくのが良いだろうと。魔物を縊り殺すだけの恐るべき血。俺の次を、残してはいけないと。父や弟がそう願うならそうなのだろう、と」


 耳を塞ぎたくなるような痛ましさ。彼はまるで幼い子どものような苦しみを覗かせながら、哀し気な言葉を紡ぎます。わたくしなら、どう返すでしょう。ただ綺麗に繕った言葉しか返せないかもしれません。

 

 マリア様は力強く答えます。


「そんなこと、思わなくていい。でも、私も少しわかる。この血にはおぞましい親のそれが流れているから」


 己の胸に手を当てて、目をつむる彼女。


「マリアは、お前は親とは違うだろう」


「そうだね。でも親になるのは怖いよ。同じことをしてしまったらと思うと、想像するだけで震える」


 お互いの弱さを曝け出し、彼らは気持ちを重ね合わせていきます。彼女の葛藤。彼の苦悩。お互いだけが分かる想い。


「優しいお前に、そんなことは決してできない」


「ありがとう。でもね、やっぱり怖いのは怖いんだ。世界が怖い。何もかもが怖い。だけど、あなたは何だか怖くないの」


 彼らはいつしかわたくしの存在を忘れて、互いのことだけを見つめています。まさに二人だけの世界。早々に立ち去るべきですが、空気は動いても良くありませんわね。


「俺は、俺も。あぁ。なんと言えば良いのだろう」


「わかんないけど。好き、とか?」


 マリア様はどこか優しい目をして言います。


「好きだ。大好きだ。こんなに深く想い、心が動いたのは、初めてなんだ。すまない。俺は鈍く愚かで、誰かを傷つける何かだけど」


 彼は何かに苦悩するように己の髪を掴みます。

 今にも泣き出しそうな、大きな子ども。

 深い森の中に迷い込み、誰にも出会えないでいた。

 ギルバート様の孤独を、強く感じます。

 わたくしには、届かなかった。

 葛藤しながらも懸命に言葉を探し、伝えます。


「何かに望まれたからではなく、俺の深い願いとして。お前と共に生きたい」


 率直で、言いたいことをただ伝える。


「生まれて来てくれてありがとう。俺と出会ってくれて、ありがとう。愛してる」


 愚直なまでに彼らしい。

 清々しい愛の言葉を、花束のように捧げます。


 彼女は少しだけ荒い呼吸をして、何かが静まるのを待ってから、言葉を紡ぎます。


「私もあなたが好き。これが愛かな」


 マリア様は少しだけ自信なさげに答えます。


「もしもそうなら、俺はとても嬉しい」

 

 そんなやり取りを、間近で見てしまいました。こちらが照れてしまいますわね。わたくしには至ることのできない何かだと感じました。わたくしは、ギルバート様とマリア様のような関係はきっと築けないのですから。

 

 何でしょう。これは。嫉妬かもしれません。

 

 魔物の出現も静まった時期にわたくし達の結婚式が執り行われました。幸いにも翌年にはマリア様は子を授かります。深くは触れませんが、上手くいって何よりです。

 

 後程聞いたところによれば、マリア様の側がある程度積極的に、とか。彼は意外と可愛らしいところも多くて、と惚気話を聞かされることになります。

 

 純情なようで、どこか明け透け。

 マリア様も不思議な方です。

 

 しかし、彼女の出産を待たずして過去最大の魔物の大群が沸き、我らが国土へと押し寄せてきます。

 

 神託が降りました。なんとしても乗り切れ。

 まさにここが正念場。


 夫と出陣前に言葉を交わします。

 新婚として過ごせた期間の尊さと彼への愛おしさが溢れてきます。今だけは普通の女として、愛する男性と触れ合います。涙交じりになりながら、彼とのやり取りを噛みしめます。


「愛しています、私のアリシア」


「必ず生き残ってください。でなくては許さなくてよ」


 わたくしはお腹に手を当てながら言います。まだ確かめてはいませんが、子を授かっているような感覚がありました。でも今は、口にしない。伝えるべきことは残しておく方が良い。マリア様とのやり取りで決めました。

 

 彼女はギルバート様とのご結婚も決まる頃には笑顔を見せるようにもなり、二人だけで色々お話もしていました。わたくしのことを家族のように親しく感じるとのことで、いつしか姉妹のような距離感で接しています。彼女は素直で少し幼げで、わたくしもマリア様の前では肩の力を抜きます。

 

「あの声って、本当に神様なのかな」


「どうしてそう思われますの?」


 聖女様にして実に踏み込んだ発言です。異世界で育った者ゆえの独特の知見。わたくし自身も彼女の言葉に刺激を受けることは多いです。聖女の発言は漏らさず後世に伝えるべきである。なので彼女の言葉は感情を差し挟むことなく、全てそのままを受け止めることにしています。


「口調が軽いところもあるし、神様にしてはなんか変かなって。まるで物語みたいな世界だしね。ひょっとすると本当は宇宙人かもしれない。魔物も、ちょっとエイリアンっぽいし」


「宇宙人とは?」


「未知の世界から来る存在。案外さ、ここはそんな何かに作られた作り物やゲームの世界かもしれないって、前から思っていたの。魔法とかあるしね」

 

 過去の経緯などもあり、どこか現実感がなかった。魔物の出現。ギルバート様との触れ合いの中で徐々にここが現実だと受け入れられるようになった、とか。

 

 最近では彼のことを「私のギル様」等とも呼んでいます。ちなみに彼からは「俺のマリー」と。全く御馳走様ですわね。

 

 マリア様は意外におちゃめなところもあり、娯楽をとても好まれる御方であるとか。そんな聖女様からのお言葉。戦場に向かう前に愛する人とどんな言葉を交わすべきか。そんな雑談の中での一言でした。


「戦いの前に何か告げる告げないって、フラグだよね」


 意味はよくわかりませんが、戦いの前の縁起の良し悪しということらしいです。下手に何かを匂わせない方が良いとか、あるいは逆のパターンもあるけど、など。

 

 ただのお約束であり、深い意味はないと言われましたが、わたくしも何となく考えて、伝えたいことを残しておく方が良いかもしれないと考えました。

 

「わたくしね、あなたに伝えたいことがあるの。とても素敵な事よ」


「それは何でしょう?」


「この戦いが終わったら、教えてあげる。だから共に生き残りましょう」


 夫にそんな風に告げます。そのとき「それがフラグだよ」と神託がありました。それ今ここでわざわざ言う必要ありまして?


 後で忘れず記録を取らなくてはという意識の横入りが入り、顔に出さないように必死にこらえました。何も聞こえていないクロードはただ真剣な眼差しでわたくしを見つめます。


「あなたと結ばれるなどとは、夢のようでした。これを言っては何かの失格かもしれませんが、ギルバート様にとても深く感謝しております」


「わたくしもです。禍を転じて幸福を為しましょう」


 マリア様の世界のお言葉だそうです。

 悪いことを善いことに。

 とても素敵ですわね。

 

 神託によって魔物が溢れたる呪われた地に集結し、最後の戦いに挑みます。魔沸きも最終段階に迫り、まさにこの世の終わりのような光景が広がっています。わたくし達が悠長にしていたせいは大いにありますわね。

 

「無理やりことを進めても失敗した」


 幸いとても都合の良い神託もいただけましたのでそれで良いのでしょう。色々調べたところ、マリア様の出産予定日は数百年に一度しか訪れない様々な自然現象が重なる日と極めて近い。これもまた運命的なものを感じました。

 

 あるいはわたくしの「性急にことを進めてはいけない」という危惧もまた何かの直感だったのかもしれません。敢えて従うべき必要のある何か。わたくしも聖女の控えとして一定の力を授かっているのかもしれません。

 

 しかし、ここにきて最悪の事態が発覚します。こちらの最大戦力であるギルバート様の力が急速に減衰。神託によれば本来あるべき英雄たる御子に力が集まっているようです。

 

「我が妻と子は何人たりとも触れさせぬ。近づけさせぬ、寄らせぬ。これより先を一歩たりとも進ませぬ。近寄るな、来るな、他に行け。消えろ。失せろ。どっか、行け。俺達の国から、出て行け!」


 血まみれになりながら戦い続けるギルバート殿下。目を見開き狂気的な形相で突き進みます。次々兵士が倒れる中でもはや、ひたすらに彼に戦ってもらうしかありません。

 

 全国民が彼を英雄として祀り上げます。軍神。荒人神。大いなる神の化身。ひたすらに愚かな彼を讃えます。婚約破棄? 世界滅亡の前にはもはや何もかもが些事も良いところです。そう言えばそんなことあったね、です。国王も亡くなり、カイン様は魔物に襲われたショックで心を病み部屋から一歩も出られない。

 

 もはや矢面に立つ王族は彼一人だけ。

 

 誰も彼もが同じ気持ち。死にたくありません。だから何とかしてください。手のひら返しも甚だしいですが、誰もが彼を讃えに讃え倒します。ああなんて素晴らしい英雄様、と。

 

 ギルバート様は国民からもやや見下されていました。魔物の巨大な首を抱えながら城下に戻ったりと、奇矯な振る舞いが多いことでも知られており、何故だか民を守るはずの活躍をしているのに、あまり評価が伸び切らない。

 

 おおらかな人格で子どもには人気でしたし、強き者や賢き者は彼の有用性を見出していたのですが、口さがない町人などは「またあのバカ王子が何かやらかしたらしい」とか、時にはありもしない噂で面白おかしく嘲笑ったりね。

 

 国王や第二王子も彼のことをあまり好ましく思っていませんでしたし、そうした嘲りを強く取り締まるようなこともなく。あるいは彼らが見えないところで悪い噂などを流していたのかもしれません。

 

 魔物とは言え命であるのに、それを問答無用で殺すなどと。今となってはお笑いな話ですが、そんな思想や主義なども一部では強くあったのです。いざ襲われてしまえば、早く殺せと叫ぶばかりなのにね。

 

 常日頃から、人知れず誰かが魔物を排除しているからこそ、その存在の脅威を感じずに過ごすことが出来ていたのです。

 

 ギルバート様も自分があまり好かれていないことは自覚していたらしく、わたくしや近しい者の間でだけ「俺は居てはいけない者なのかもしれない」と漏らされることがありました。常より、そのような孤独を抱えていた御方でした。

 

 それで、いざ彼の力が必要になったからと手のひらを返す者の多い事。これで彼が負けたら彼らはどうせ悪しざまに罵るのでしょう。

 

 彼が戦う姿を見れば、そんなことは言えないはずです。英雄として世界を背負い、血まみれになりながらも前進し続けるギルバート様の御姿。見れば、誰もが畏敬の念を抱きます。

 

 その姿を目の当たりにするか否かも評価の分かれる点なのでしょう。国王も若い頃に魔物を狩る様子を見て具合を悪くしたという話もあります。だからこそ、抵抗を強く感じ、それを難なく行える息子を恐れた。魔物との共存や融和政策についても国王が推進派でした。

 

 野生動物のようなものであるのなら、家畜や愛玩動物にできるのではないかと言うような趣旨の主張。それも、実際に魔物の脅威を目の当たりにして言えるのかという話です。

 

 ギルバート様はとても人が良い、と感じます。

 自分を遠巻きにして後ろ指を差す者に対して、感情的に接したことなど彼は一度もない。だからこそ見下され、馬鹿にされもした。

 

 言葉少なく、ただ黙ってやり過ごす彼。

 だからこそより愚鈍だと言われた。実際、考えが足りないところはありますが、彼にも思慮深い面はちゃんとあります。ただ、何でしょうね。自分の気持ちをうまく説明するのが不得意というところでしょうか。

 

 婚約破棄については、あれも誰にも相談できず悩んだ末に突飛な言動をしてしまったと言うことだと思います。

 

 そうした見下されるような振る舞いもまた次期国王としてはふさわしくなかったとは言えるでしょう。でも、わたくしはそんな彼の愚かさに、この戦場においては何より尊敬の念を抱きます。

 

 愚かでも、愚かだからこそ彼はただ突き進みます。凄まじき圧倒的な暴力。人の世においては彼はあるいは排除されるべき異分子かもしれません。でも世界の危機においてはどこまでも力強い、澄んだ瞳の英雄。彼は間違いなくこの場に居なくてはいけない存在です。

 

 わたくしは己の持つ魔力を最大限に使い、彼を支援します。

 戦う彼らを。いまだ屈しない、滅びに戦う者達を。

 

 まるで暗い夜空に瞬く星々のような。

 あなたを、あなた達を讃えたい。

 

 これで世界が終わるとしても。

 だからこそ、己の精一杯を捧げます。

 

 魔物の群れを次々叩き潰し、一昼夜続いたおぞましき戦いの果て。生まれた、と頭の中で光が弾けるように例の声が響きます。直後に背後より強烈な光が迫って来るのを感じました。

 

 世界を、光が包み込みます。

 魔物たちがまるで砂のように崩れ落ちていきます。

 

 どうやら御子が生まれたようでした。赤子の内からなんと言う恐るべき力。ギルバート殿下も生き残り、わたくしの夫も無事でした。

 もう抱き合って涙するしかありません。

 

 半死半生ながらもギルバート様はマリア様の待つ王城へと戻っていかれ、わたくし達も慌てて彼を追いかけます。

 

 ようやく王城へたどり着くと、母子ともに無事であると伝えられます。彼は震える手で生まれた御子を抱かれていました。

 

「ありがとう、本当にありがとぉ。生まれてくれて、生んでくれて、ありがとう」


 ギルバート様は、幼子のように泣いておられました。

 己の生まれてきた意味を確かめるように。


「ギル様、赤ちゃんみたい」


 マリア様は大分お疲れのようでしたが、母の顔で笑っておられました。

 

 その後、王子であるルトガー様は凄まじい光の魔力によって世界を照らし、人類を導く救世主となります。同時に、ギルバート殿下は御子が生まれて以来その偉大なる力を完全に失いました。

 

 決戦を経て後遺症は残りましたが、剣技だけでも騎士団長と渡り合うだけの才覚は依然として健在。失われたのは主に魔力です。英雄としてその功績を讃えられ、多くの援助を受けてマリア様と共に穏やかに過ごされています。


 それ以上の御子を授かることはありませんでしたが、ご夫婦共にお幸せそうに過ごされています。

 

 誰の前でも何かに囚われることなく、手をつないで。

 二人ともいつまでも少年少女のような顔をしておられます。

 

 ちなみにわたくしは夫に戦後、子を授かったことを伝えると彼はとても嬉しそうに喜んでくれました。フラグがどうの、ですが良い方に働いたようですね。後世にもしっかり伝えましょう。戦争前に子どもが授かったときはすぐに教えず戦いの後でとちゃんと匂わせるんですよ、って。

 

 それがフラグだからと。


「正しいけど、何か違う」


 たまに神託が思い出したように降ってきます。これいちいち記録しないといけないので面倒なんですよね。いつからか雑談感覚になっていますし。安売りしては価値も落ちましてよ。

 

 その他のことで言いますと。第二王子のカイン様は国を襲う未曽有の事態に際して病に臥せり続け、すっかり人が変わってしまいました。

 

 本人の希望もあって王籍から外れ、側妃様の故郷の土地でお母上様と共に前国王や亡くなった人々の鎮魂を祈っておられました。

 

 しかし、そこでひと騒ぎあったそうです。

 

 カイン様が婚約者のある女性に恋をしたとか。しかも相手から暴力を受けているとの事情もあり、ギルバート様が出向いて事態を解決したという一幕もありました。結果としてカイン様はその女性と結ばれ、兄とも和解し過去の振る舞いを深く謝罪されたそうです。わだかまりが無事消えたことで、何よりでした。

 

 あれから十数年余りの時が過ぎました。わたくしは夫のクロードとの間に三人の子どもを授かり、ルトガー様が成人されるまでの間、国を預かる立場の一人となりました。現在も英雄ルトガー様の教育や様々な支援などを行っています。

 

 しかし、振り返っても本当に良かった。

 何かの歯車が狂えば、この国は滅んでいた。振り返れば冷や汗がにじみ出るような状況でした。何事も即座に処刑だの断罪だのするものではありませんね。

 

 前国王に対する評価はとても厳しいものにならざるを得ません。

 

 ギルバート様の並外れた魔物討伐の腕は認識されていたわけですし、数々の武勲や能力の高さを考えると日頃より、もっと別の対応もあったでしょう。

 

 万が一ギルバート様が謀殺でもされていたら。

 神託を与える聖女の降臨。その意味をもっと考えるべきでした。予兆はあった。ギルバート王子の恐るべき力や、極端な人となりにも違和感はあったのです。

 

 あまりに突出した、戦の化身。

 彼は単純な性格であるがゆえに、最も戦いに適した人間。平時においては突飛な言動が際立ちますが、おぞましい魔物の大群の前に臆することなく向かっていける強さを持っているのですから。

 

 それはまさに、必要な愚かさ。彼は幸いわたくしたちを信頼してくれていましたし、上手く制御さえできていれば、思い込みの強さや無謀さなども、戦いにおいて有用に機能していたと言えます。

 

 どれほど傷を負おうと、一切ひるまない胆力。勇猛果敢な精神。彼の戦いぶりはまさに壮絶の一言。さながら肉食獣のごとき勢いで敵を薙ぎ払う姿は今でも眼に焼き付いています。私も魔法を使い彼を援護しましたが、まぁ戦場の彼の凄まじい事。


「私はやはりギルバート様こそが救世主であった、と思います。武人としてあれほど惚れ惚れする御方はおりません」


 わたくしの夫もお酒が入っている際などに繰り返しギルバート様を讃えます。戦う彼を見た者は誰もがそんな風に言うのですね。


 ギルバート様は考えるのが不得意です。

 騙されやすく単純かつ、そして猪突猛進。おぞましき敵の大群を前にして、彼ほど頼もしい者はいません。

 

 私がギルバート様に呆れはしても嫌うことがなかったのも、過去に幾度も彼の戦う姿を見ていたからなのです。確かに愚かなところはあります。でも「何かあれば彼が居れば大丈夫だろう」という不思議な安心感を抱いていました。

 

 彼に対する扱いは本当に「それでいいのか」と感じたこともあります。あれほどの武勇を誇り、強き御方に対して何故だか王も周囲の者達もどこか正当な評価をせず、通り一遍等の教育や「かくあるべし」という理想を押し付けた。


 しかし魔物が跋扈するこの世界においては別の理屈も成り立つ。

 国の統治を任せるよりも、いっそ本人が望む過ごしやすい暮らしをさせて必要に応じて魔物の討伐や戦時において活躍していただくのが正しい。

 

 一方で、あの時点での彼を王に据えるのも、また当然のこと。

 彼の突出した武勇の才覚。

 あそこまで圧倒的な存在を中途半端な立ち位置にしておくことはできません。

 どこかで混乱が生じる。あまりに抜きんでた者。

 敬うのと同じく、恐れるを抱かせる存在。

 

 だから国王は息子を恐れた。彼がいつか自分を脅かすのではないかと。その血が王家に受け継がれることに不安を感じた。だから冷遇し、いっそ処刑してしまえば良いと考えた。様々な側近などの言葉からそのような考えがあったであろうことが推測されます。

 

 わたくしのお父様をはじめ、侯爵家は彼推しでした。

 

 ギルバート様は尋常ではない才覚を有している。

 常に彼を庇い、支援する者が一定数存在した。

 私自身もそうです。


 彼を次期国王にすべきと問われれば、適性はともあれ、そうするより他はない。一方で、ギルバート様の見えざる敵は多く、彼を強く排除すべしという感情に囚われる者も少なくなかった。それもまた、世の中を取り巻く滅びの意思のようなものに感化されていたのかもしれません。

 

 ギルバート様を大事にすべき。彼を支持した者は、誰もがそうした謎の庇護精神を抱いていたようです。愚かなところはあるが、彼は必要な存在である、と思ったと。

 

 そうした感情の積み重ねで、世界は救われた。

 

 それはそれとして。

 ここに至って思うのは情報伝達の遅延ですわね。

 

 もっと早く神託を頂けませんか、の一言です。

 神なる御方にあまりものを申すことはできませんが、直接お言葉を授けることが可能ならばもっと早くにやってほしかったです。

 

 マリア様は何も存じておられませんでしたし、右も左もわからない異世界。うっかりしていれば、何かを伝えそこなう可能性もあった。だからこそわたくしにも神託を授けた。しかし、あの場においては魔物の襲撃が無ければ、国王に押し切られていた可能性もあった。まさに、紙一重。

 

 そんなことを考えていると、こっちも余裕なくてさー、と溜め息混ざりの声が聞こえてきました。つい無視をしかけて、やっぱりやめておきました。

 

「お互い大変ですわね」


 ともあれ、労うことにしました。神の不興を買って何か意味あるかと言えば、まぁない。お偉いさんに逆らっても良いことありません。本当に世の中ってままなりませんわね、全く。清濁併せ呑まなきゃいけないのも立場的には当たり前のことです。

 

 ちなみに神々の戦争が終わったかどうかは聞いても答えてくれません。つまり、終わってはいないかもしれないと言うことですね。常に備えは必要であると解釈します。

 

「アリシア様」


 ルトガー様がやってきました。

 彼はわたくしの長女との婚約が決まっており、今宵の夜会で婚約披露パーティが開かれる予定です。


「緊張していますか?」


「とても。自分でもこんな風に感じるのは面白い発見です」


 生まれついての英雄。人ならざる力を持つ神の化身とも讃えられる者です。人として生まれた以上は、心が揺れることもあるでしょう。


「そうですね。でも、一つだけお願いが。いえ、やめておきましょう」


 わたくしは何事かを口にしかけましたが、何も言わないことにしました。


「ふふっ。おっしゃりたいことはわかりますよ。婚約破棄だけはやめてくれ、ですよね」


 彼は聡い性格です。ギルバート様は何を思ったか一連の振る舞いを武勇伝のようにそれを息子に語ることがあるようでした。妻を以前から愛していて、どのような裁きを受けようとも彼女と結婚したかったのだと。

 

 え、なんか話を盛ってません?

 お二人が親密になったのはそれ以降のことですよね。マリア様は何やら予感があって彼にくっついて回っていただけのようでしたし、ギルバート様は誰かに慕われるとそれを拒否はしない。

 

 なので兄妹のような関係だと見なしていました。ギルバート様は奥手な方ですからね。まぁ、当時の彼の深い内心まではわかりませんけれど。


「あのときは大変でしたね。彼は周りに敵が多く、日頃から冷遇されていて。わたくしへの彼なりの気遣いがあってのことでした」


 一応息子の前なので彼の顔を潰さないように言葉を選びます。


「それでもそのような場で婚約破棄などするなんて父上くらいではないかと。母上も時々笑っておられますよ。あのときの彼はとても愚かで可愛かったと。本当は少し笑いそうで噴き出すのをこらえていたとか」


 彼の息子もバッサリです。

 正しい教育が行き届いており、何よりです。


「でも私は父上が好きですけどね」


 ルトガー様はにっこりと可愛らしい笑みを浮かべます。優しい良い父であるようで、家族仲はとても良いようでした。


「シンシアと婚約できてとても嬉しいです。昔から彼女には世話になってばかりでしたから」


 彼と娘は幼い頃から仲が良く、勝気なシンシアは英雄と讃えられるルトガー様に臆することなく意見できる子でした。一歩間違えば何もかもが自由に出来る立場ゆえに、ルトガー様の教育には細心の注意が必要でした。

 

 何事も、慎重でなくてはいけません。

 現在のルトガー様の人となりは、まぁ最高ですわね。話の分かる賢さと凄まじき武勇。そして父母や身近な人間への敬意と情愛。

 

 理想的過ぎて怖いくらい。誰でもこうであれば良いのですが、それも必ずしも健全であるかどうかはわかりません。

 

 彼の血が絶えた際に世界がどうなるかは不安も残ります。神々の戦争はどうにか落ち着いたようですが、先行きは何事もわかりませんからね。

 

「それでは、行きましょうか」


「はい。えっと、その前に夜会で話す内容なのですが」


 ルトガー様に言われて、細やかな確認をしていきます。彼はまだ幼さの残る、わたくしから見ればまだまだ子どもです。赤子の頃から彼の肩に世界の命運がのしかかっている。たった一人の人格や生存に左右される世界というのも、またバランスを欠いているとも言えます。

 

「彼は完璧でなくていいんです。私が支えますから」


 シンシアが以前そんなことを言っていたのを思い出します。誰もが一人では生きているわけではない。ルトガー様にすべてをゆだねているばかりではなく、彼だけに頼らない国を作るべきなのが本来あるべきところです。

 

 わたくしをはじめギルバート様やルトガー様の凄まじい神の恩寵を見た者は誰しもが心を揺らされている。人ではなく神の子を見るような目で見ているという側面は、確かにあります。

 

 人を人として見なせなくなること。

 それは一つの危惧とも言えます。

 ギルバート様も、ルトガー様も英雄である前に人である。彼らが結ばれた相手が、それを知る者であったことが何よりの僥倖であると言えるかもしれません。

 

 マリア様もシンシアも、彼らを深く愛しているようです。仲睦まじい姿を幾度も見かけています。それをみて、わたくしは少しだけ胸が痛みます。

 

 わたくしは、ギルバート様の妻たる器ではなかった。

 誰にも言えない、ささやかな秘密。

 

 それ要る奴だから、と神はおっしゃっていました。

 

 神たる上位者ですから、そうした粗忽な物言いも仕方ないかもしれません。けれど、人間を物扱いはね。とても良くないです。

 

 でも、わたくしも、同じ。

 

 似たような気持ちが無くなかった。何よりも彼を有用だからこそ守らなくてはと思っていたのですから。

 

 どこか合理的な判断を持って、わたくしは彼と接し続けていました。姉のように振舞いつつも、人間として見ることは出来なかった。利用価値があるからこそ彼を庇護するべきだ。必要なら妻になるべきだろう。子を宿すべきだろう。そんな冷徹とも言える判断でした。

 

 立場的にはそれも当然。

 

 だけど、とても冷たい。

 自分が自分で嫌になりますね。

 だからこそ、結ばれなくて良かったと思います。

 

 政治とはそういう物だとか、他に思う男性が居たから、と言うだけではなくて、例え好きな相手が居なくてもギルバート様を真の意味で愛せたかどうかはわかりません。

 

 彼は、荒人神。選ばれた神の化身。

 

 当然、ルトガー様もそうです。わたくしは、そう感じます。それが素直な本音。彼らは人間ではなく英雄と言う生き物。だから、人として見たことは一度たりともありません。

 

 ギルバート様とマリア様の恋を見守る動きを支持したのも、そうしないと何かが本当に終わってしまうと思ったからです。

 

 あまりに、失格過ぎる。

 上に立つ者としてではなく、人間として。

 亡くなったギルバート様の実母たる王妃様からも彼を頼まれていたのに。でも、わたくしは彼を何か特別な生き物として常に見なしていた。

 

 嫌いではなかった。でも。

 

 魔物の首を素手でねじ切る彼をどう人間と見なせと?

 

 遠い昔の出来事です。何らかの遠征の際に、魔物が現れたことがありました。護衛騎士なども深手を負って、わたくしもまだ幼く、魔法も使えずただ震えていた。

 

 その恐るべき爪が迫る、そんなとき。

 

 幼いギルバート様がお一人で魔物を下した。

 武器も壊れ、最後には素手でその首を。

 なんたる存在だと。圧倒されました。

 

 あの光景が今でも目に焼き付いて離れません。彼の人間離れした一面に触れたはじめての出来事。先の大戦を経て振り返れば麻痺して「そんなものか」と思うのですけれどね。

 

 当時はあまりに規格外過ぎて、飲み込めなかった。

 だから、役割に準じることにした。

 これは一つの神事である、と。

 

 わたくしは、矮小なのです。

 本当は怖いのに、人間だと思えないのに。

 そんな感情を飲み込みつつ、さも親し気に振舞います。

 

 彼らに仕える神官のように。

 

 親しく接していながら、恐れている。

 ただそれを強いて表に出さないようにしているだけなのです。


 マリア様が来てくれて良かった。

 娘が居てくれて、良かった。

 ギルバート様を、ルトガー様を人として愛せる彼女達に感謝します。

 

 もしも彼を自分の子として授かっていたら。

 より複雑怪奇な己の暗がりを見つめることになったでしょう。わたくしも本当は、ずっと救われたかった。

 

 己の至らなさを直視し続けたくなかった。

 

 その才はとても尊くて必要だけれど。

 あなたを人としては、愛せません。

 だってとても恐ろしいから。

 役割としてそれをします。

 

 それが内なる本音。

 自分が人でないように感じて、怖かった。

 弟のように感じながらも、どこか消えなかった想い。

 彼と結ばれなくて、本当に良かった。

 

 わたくしにできることは、己の役目をこなすことのみ。

 あるいは、そう。彼らを讃えるばかりです。

 だけど少しだけ、一抹の寂しさもあります。

 

 彼女と彼がそれぞれに伝えた愛の言葉。

 

 生まれてきてくれてありがとう。

 

 まぶしくて、わたくしには少し痛い。

 自分を取り繕って接していた、この身には。


 だから、それを率直に言い合える当時の彼らに、何だか妬けてしまいました。どこか、羨ましいと思ったものです。わたくしは、あれから成長できたでしょうか。善き人間であると誇って言えるでしょうか?

 時折、自問自答します。

 そんな時に思い出すマリア様の言葉。


 わたくしと似ていらした方。

 学校の先生、でしたか。

 誰かを見守る、教え導くような。

 そんな役回りを、せめて演じたいです。

 誰かの輝く姿を見ながら、良かったねと笑えるような。

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【復縁なし】愚かな王子を処刑!?待ってそれ要る奴だから!~婚約破棄してきた王子様は伝説の英雄の父でした~ @suzubayasi3210

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