第23話 先生からの依頼

「おはようアリシアさん♪」

「え、なんですかそのテンション」


 週明けの朝。

 ニセ交際のリアリティーを保つために、曽我部さんが登校前に僕を迎えに訪れた。

 そしたらお隣の日和も混ざってきて、すごく上機嫌な挨拶を曽我部さんにしているところだ。


「え? 私のテンションなんて別にいつもと一緒でしょ♪ うふふ☆」


 ストーカーを撃退したのが金曜の放課後なんだけど、土日含めて日和はずっとこんな感じに上機嫌でそれが今なお続いている。

 僕とキスした影響でずっと不機嫌になるんだろうなと思いきや、真逆で意味が分からない。

 ストーカーを撃退出来たのがよっぽど嬉しかったんだろうか。


「アリシアさん今日もラブリー♡」

「ほ、本当にどうしてしまったんですか」


 曽我部さんも上機嫌な日和を気味悪がっている。


「どうしたも何も通常モードなのだけど♪」

「絶対違いますよね……?」

「それはそうとアリシアさんにお知らせがあるの――実はストーカーを撃退するにあたってあなたの恋人とキスをしてしまったわ。ごめんなさいね♪ うふふ☆」

「え!」


 あっ……日和の野郎、曽我部さんにそのことを言いやがった。


 ま、まぁでも、曽我部さんはあくまでニセカノだし、別に怒ったりは――


「――しょ・う・じ・く・ん?」


 ひェ……曽我部さんが真顔で迫ってきた……。

 どうして……。

 あぁ分かったぞ……怒った演技ってことですよね……?

 さ、さすがだなぁ。


「本当に、日和さんと、キス、したんですか?」

「ま、まぁ一応……」

「むぅ」


 曽我部さんは拗ねたように唇を尖らせ始めた。


「カノジョが居るのに、ダメじゃないですか」

「ご、ごめん……」


 演技のはずなのに、曽我部さんの拗ねた表情が迫真すぎる……。


「これは何か埋め合わせをしてもらわないといけませんね?」


 ずずっ、と顔を詰め寄らせてくる曽我部さん。


「う、埋め合わせって何をすれば……」

「まぁそうですね……今週末、私の家でお泊まり勉強会はいかがです?」

「お泊まり勉強会……」


 まぁ……どうだろう、悪い話ではないかもしれない。


 勉強のために行くだけなら、変なことにはならないだろうし。


「分かった……じゃあその予定で」

「ふふ、ありがとうございます」


 曽我部さんが機嫌を直す。


 一方で日和が「お泊まり勉強会……」と神妙な表情を浮かべていた。


「ふん……キスをした私の方がまだ上だもの」


 そして、謎の張り合いを見せている。


 なんにしても、週末にそういう予定が組まれたのである。



   ※



「あ、圭太くんちょっといい?」

「はい、なんですか?」


 そしてこの日の放課後。

 下校のために教室を出ようとした矢先、僕は先生に呼び止められていた。


 担任の尾張おわり雪子ゆきこ先生だ。

 黒髪をおさげにまとめている眼鏡のアラサー美人である。


「実はね、すこーしお願いがあって」

「……お願いですか?」

「うん。クラスに4月からず~っと学校に来てない子、居るじゃない?」

「あ、はい……富樫リッカさんでしたっけ」


 入学式にすら顔を出さず、そのまま不登校になっている謎の女子生徒。


 あらゆる面でベールに包まれた存在である。


「そう、富樫さんのことなんだけど、よければ家に行ってあげられない?」

「え? 僕がですか?」

「うん。学級委員長として気に掛けてあげて欲しいの」


 ……そうだった。


 実は僕、学級委員長。


 4月のそういうのを決める時間にクジで負けた敗北者である……。


「富樫さんはクラスの仲間だし、可能なら説得して学校に連れて来てもらえないかな~、って思っているんだけど、どうかしら?」

「え……それはムズいのでは?」


 4月から一切顔を出さずに2ヶ月以上経過しているのは闇が深い。

 底知れないアレがある気がする。


「そもそもまずは先生が行くべきかと……」

「……行ったんだけど、富樫さんにまったく取り合ってもらえなくてね、お手上げだったの……」


 ……すでに敗北者だったか。


「そこで学級委員長の圭太くんにお願いしたくて」


 先生が両手を合わせて懇願してくる。


 うぐ……これを断ったら内申に影響出そう。


 特待生での進学を目指している僕にとって、内申はすごーく大事。


 ってことは……コレは断るべきじゃないな。


「……分かりました」


 僕は頷いた。

 頷くしかないじゃないか。


「ちなみにですけど……富樫さんって中学時代はどうだったか分かります?」


 訪ねる上で情報が欲しいので訊いてみると、


「親御さんによれば、軽いイジメがあったみたいで」

「……なるほど」

「その影響で中3の途中から引きこもり気味らしいの。高校を一応受験して合格したわけだけど、やっぱりイジメがトラウマで来る気にはならないのかもね」


 ふむ……心に傷があるのか。


 他人を信用出来ず、外に出るのが怖いのかもしれない。


「まぁ、やるだけやってみますよ」


 僕にどこまで何が出来るのかは分からない。


 けれど、学級委員長としてやれることはやってみる。


 その肩書きを抜きにしても、人としての善意を施してみたい。


「富樫さんの家に行くの?」


 昇降口で靴を履き替えていると、日和が近付いてきた。

 尾張先生との話を聞いていたのかもしれない。

 曽我部さんも歩み寄ってきて、


「わたしも手伝いましょうか?」


 と言ってくれたが、


「いや、これは多分僕一人でやるべきことだから」


 自分が不登校の立場だったとして、いきなりクラスメイトが複数で押し掛けてきたら困るというか、気圧されてますます顔を出しづらくなると思うんだ。

 

「言われてみればそうですよね。でしたら、東海林くんが上手くやれることを祈っておこうかと」

「デリカシーのないことは言わないようにしなさいよ?」


 曽我部さんと日和からそれぞれそう言われる。


 僕はひとつ頷きながら、尾張先生から聞いた富樫さんの住所を目指すことになった。

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