第18話 看病 2

「お粥、出来ましたよ」


 日和が大人しく身を引いて登校した理由はなんだろう?


 そう考えながら休んでいるうちにお昼を迎えた。


 買い物から帰ってきた曽我部さんが、湯気をくゆらせた茶碗と共に僕の部屋へ。


 手に持つ茶碗の中身はお粥。


 ただの白粥じゃなくて、割と色の付いた汁の中に米と一緒に椎茸やほうれん草、ひき肉が入っているのが分かる。


「鶏がらベースの中華粥です。生姜も入っているので、英気を養えるかと」


 絶対旨いヤツ。

 早く食べたい一心で、僕は上半身を起こした。


「ふふ、そう慌てないでください。ふーふーして食べさせてあげますから」

「え……食べさせてあげますって……曽我部さんが僕に、ってこと?」

「もちろんです」


 なん……だと……。


「あーん、の演技もいつか必要になるかもしれませんし、練習しておきましょう」


 ……こんなときでさえニセ交際のリアリティーを高めることに熱心。


「では一口目です」


 曽我部さんはそう言うと、レンゲで中華粥をすくい上げ、


「ふー♡ ふー♡」


 と、本当に自らが僕に食べさせようとしていた。


 周囲の男子が望んでも決して叶わないこと。


 僕はそれを頼むまでもなく勝手にされているという……。


「はい、あーん♡」


 にっこりと微笑みながら、曽我部さんが僕の口元にレンゲを運んできた。


 語尾にハートが付いていそうなくらい弾んだ声色でノリノリ。


 練習であろうと演技の手は抜かない、ってことか。


 ……ホントに演技なんですよね曽我部さん?


 ともあれ……


「――うま……」


 気を取り直して頬張ったお粥は予想通りのクオリティー。

 文句なしの星三つだ。

 この味がしっかり分かるってことは、僕の症状は軽いっぽい。


「ふー♡ ふー♡ はい、ふた口目をどうぞ♡」


 ……にしても曽我部さん、迫真の演技だなぁ。

 

 金髪碧眼の美少女にこんなことされたら普通は完落ち不可避。


 演技だと分かっていて、恋愛に興味のない僕でさえ、ちょっと惹かれそうだもんな。


「突然ですけど、東海林くんは現状恋愛に興味がないんでしたっけ?」


 ふた口目を咀嚼していると、ちょうど考えていた話題が出された。

 なんだよ怖いな。心読めたりしませんよね?


「曽我部さんもだろ?」

 

 勉強の虫なのは曽我部さんも同じだ。

 だから男子除けに僕とニセ交際をしているわけで。


「は、はい……私もそうです」


 なんでちょっと動揺してるの。


「……とはいえ、いつまでもそのスタンスを貫くわけではありませんよね?」


 続けてそう問われた。


「どうだろうな……僕は結局、勉強に集中したいから恋愛を断ち切ってるわけじゃないし」

「……ご両親の離婚がトラウマなんでしたっけ?」

「トラウマって言い方が正しいのかは分からないけど、好き同士で付き合って僕という子供まで作っておきながら、最後は親父のやらかしであっさり崩壊したのが、あほらしって感じかな……」


 離婚するなら子供作るんじゃねえ、って僕は声を大にして言いたい。

 ほぼ確実に生活の余裕がなくなるし、片親になるから学校のあらゆるイベントに基本的に親が忙しくて来れなくなる。

 運動会とかで同級生は親と一緒にご飯食ってんのに、僕はそうじゃないミジメさ。

 日和とその親が居なかったら、僕は今頃ふて腐れて不登校だったかもしれない。

 

「だから、僕は将来自分の子供に迷惑を掛ける可能性を考慮してずっと独り身でいいって思ってる」

「なるほど……わたしは初めて東海林くんをアホだと思ってしまいました」

「え」

「まだ見ぬ将来の悪い可能性を恐れて自分の幅を狭めるのって、どうなんでしょう」

「それは……」


 ……確かにそれはそうだ。

 僕が今言ったことを他の言葉に置き換えるなら、「交通事故に遭うかもしれないから家から一生出ない」って言っているに等しい。

 だから実際アホなことをのたまっているんだよな。


「親と違って僕は幸せな家庭を築いてやるんだ、くらいの気概でいいじゃないですか」

「まぁ、その方がポジティブでいいよな」


 それくらい僕だって分かってる。


「けどさ、やっぱり少なくとも今は乗り気になれない」


 勉強第一。

 こうして寝込んでいる時間すら惜しい。

 そんな僕が恋愛なんてありえない。


「でしたら、少しずつ変わっていきましょう」


 曽我部さんは穏やかにそう言ってきた。


「人は変われますから」

「……かもな」


 たとえば日和が、少しずつ柔らかくなってきている気がする。


 日和が変われるなら、僕だって変われるはずだ。


「でも今は多分、学業優先なのは変わらないよ」

「と言いつつ、ニセ交際にきっちり付き合ってくれる東海林くんのことですから分かりませんよね。ふふ」


 どこか茶目っ気たっぷりに曽我部さんがそう言う。


 色々と見透かされている感じ。


 でもそれが嫌な気分にならないのは、曽我部さんの人徳、なのかもしれない。

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