第17話 看病 1

「――圭太、つらかったら言いなさいよ?」

「――圭太くん、なんでもしますから遠慮せずに頼ってくださいね?」


 さて……落ち着けない状況が訪れている。


 ベッドで安静にしている僕。


 そして、ベッドの脇で僕に視線を寄越す日和と曽我部さん。


 学校を休んで看病しに来てくれた2人。


 ありがたいんだけど、そんな熱心に視線を寄越さなくてもいいのに。


「あ、あのさ……ひとまずほっといて勉強でもしててもらえたら」


 症状はダルさと熱だけ。

 そんなに心配されるほどじゃないのだ。

 

「じゃあ苦しくなったらすぐ言いなさいよ?」

「遠慮せず頼ってくださいね?」


 2人はローテーブルに向き直り、勉強を開始していた。

 さて、これで大人しく眠りに就けるかな……。


「それはそうと、どうして日和さんはカノジョでもないのにわざわざ学校を休んで東海林くんの看病をなさっているんでしょうか?」


 おっと……曽我部さんがジャブを打ち始めている。

 こういうシーンだからこそ、カノジョの演技を強めよう、って魂胆があるんだろうか。


「東海林くんのことが好きなんですか?」

「す、好きかどうかは置いといて、具合が悪そうな人の面倒を見るのに資格なんて要らないでしょう?」


 日和は正論をかましていた。

 そりゃそうだ、善意に資格は要らない。


「確かにおっしゃる通りです。しかしカノジョが来たわけですし、今からでも学校に行っていただいて大丈夫ではあります。風邪の看病に2人も要らないのでは、と思いますし」

「まぁ、それはそうかもしれないわね」


 曽我部さんもこれまた正論だった。

 風邪の看病に実際2人も要らないし、カノジョと幼なじみの二択なら、この場合残るのはカノジョになるのが必然だろう。


 さて、日和はどう返す?


「分かったわ。じゃあ私、今から学校に行かせてもらうから」


 な、なんだって?

 ……これは意外だ。

 曽我部さんのことは気にせずこれまで通り突っかかってきていい、って言ってあるのに、なんだその物分かりの良さは。


「……何か企んでます?」


 曽我部さんも素直な日和に違和感を感じたらしい。


「いいえ、別に何も企んでないわ。2人で看病するのって実際意味ないでしょうし、むしろ圭太からすればやかましいでしょうし、圭太を元気にする上で何が一番かって考えた場合、ここは引いといた方が無難よね、って思っただけよ」


 うわ……聖人過ぎてキショい。

 

「というわけで、私は支度するからこれにて」


 日和は窓から自室に戻ろうとしていた。

 そんな中、一旦僕を振り返りつつ、


「ま、いずれ埋め合わせでも期待しておこうかしらね」


 と、イタズラに微笑みながら部屋へと戻っていった。


 ……まさか埋め合わせを作るのが目的だった?


 いや、さすがに考え過ぎだろうか。


「(まさか日和さんがあっさりと引いてくださるとは……さて、この状況は完全に棚ぼたなので出来る限り優位に事を進めていきたいですね)」


 一方で、曽我部さんがゴニョゴニョと独りごちている。


 よく聞こえなかったけど、なんだか怪しい気が……。


 ……まあいいや。


 やがて日和が出掛けていく音が聞こえた。


 さてと……曽我部さんだけになったから、ひとまずゆっくり休めそうだ。


「あ――そうです。一旦お熱測らせてください」


 ところがどっこい、曽我部さんが急にそう言ってきた。

 朝測ったけど、一応逐一測っといた方がいいか。


「体温計ってありますか?」

「机の上に」

「あ、はい、見つけました」


 僕の学習机から体温計を手に取って、曽我部さんはベッドの脇にやってきた。


「どれどれ」


 そして、そんな風に言いながら、僕のおでこに自分のおでこをいきなり重ね合わせてきたのだから、僕が目をひん剥いてビビったのは無理からぬことであった。


 ――ふぁっ!?


「ふふ。熱い気がしますし、冷たい気もしますね」


 茶目っ気のある表情が間近にある。

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……!


「一度やってみたかったんです」


 おもむろに顔を離しながら、曽我部さんは楽しげに微笑んでみせた。


「や、やってみたかったって……おでこで熱測るのを?」

「はい。ヨナにはやったことがあるんですけど、男の子にはなかったので」

「だ、だからって僕にやるのか……」

「ふふ、彼氏ですから」


 に、ニセのね?


 きっと今のは演技の練習なんですよね曽我部さん?


「さてと、じゃあ今度こそ普通に測りますね」


 体温計を取り出して、曽我部さんが僕の腋にそれを挟ませてくる。


 さ、最初からこれでいいじゃないか。


 曽我部さんは僕の熱を上げようとしてるとしか思えない。


 やっぱり小悪魔だ。


「ふむ……37,9℃。高めですね」


 ぴぴぴ、と鳴った体温計の測定値は、朝に測ったときと大して変わらなかった。


「お医者さんには行かなくて大丈夫ですか?」

「……まぁ、今日様子を見て、かな」

 

 なるべくお金を掛けたくないし、熱とダルさ以外の症状はないし、1日休んで良くなればそれがベストだ。


「でしたら、今日は腕によりをかけて看病しますね」

「……悪いな、勉強の妨げになってる気がするよ」

「いえいえ、好きでやってることですからお気になさらず」

 

 曽我部さんはそう言うと立ち上がり、


「では身体に優しいお昼を用意するために一旦買い物に行ってきます。経口補水系の飲み物も欲しいですからね」


 医者を目指しているだけあって、色々と考えてくれているようだ。


 そんなこんなで、今日は1日曽我部さんのお世話になりそうだった。

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