第16話 雨の功罪

 週の半ばに差し掛かったこの日は、すごい雨だった。


「ヤバいですね」


 どこかで聞いたことがあるフレーズを口にしたのは曽我部さんだ。


 今日は非常階段がびしょ濡れだから大人しく学食でランチ中。


 日和の(じーーーーーーー)という眼差しが復活している一方で、僕と曽我部さんは窓の外に視線を向けている。


「もはや滝ですね。会話の声も自分たちのモノしか聞こえないくらいですから」


 確かにそう。

 学食には生徒がいっぱい居るのに、聞こえるのは弾幕じみた篠突く雨の音だけ。


 そんな土砂降りは放課後になっても変わらない状態だった。


「今日はお互い素直に直帰するのが利口ですかね。では東海林くん、また明日です」


 そう言って雨合羽を羽織り、曽我部さんが昇降口から出て行った。


 雨合羽常備のJKって多分稀少種。


「うぐ……朝は天気よかったのになんでこんなに降り続いているのかしら」


 一方で、折り畳み傘すら持たない危機感ナシ女が1人。

 日和である。


「どうすんだお前?」


 僕は折り畳み傘を展開する。

 雨は強いけど風がないのが救いだろうか。


「ど、どうしてもって言うなら、相合い傘をしてあげてもいいわよ?」

「それ傘持ってる側のセリフな?」


 どういう立ち位置なんだか。


「まぁほら、入ってけよ」

「……い、いいの?」

「今は仕方ない」

「あ、ありがとう……」


 急にちょっと素直になりながら、日和が僕の傘に入り込んでくる。

 とりあえず歩き出して、校門から出る。

 すると――


「――あくまでカノジョはわたしだということを忘れないでくださいね?」


 うお……待ち伏せ曽我部さんと遭遇。


 雨合羽に包まれてもなお絵になるビジュアル。


 半透明のフードに包まれた尊顔は可愛いけど、目がなんだか怖い……。

 日和にヤキモチを焼いているような感じだ。


 すごいな曽我部さん、演技派だ。

 まるで本当に嫉妬しているように見える。


 片や日和はちょっと得意げだ。


「ふふん、それは承知しているわアリシアさん。けれどあなた、圭太に他の女子がアプローチをかけても許容するとか言ってなかったかしら?」

「アプローチをかけていると認めるんですか?」

「え、ち、違うわ! 圭太にアプローチをかける意味って何よっ。圭太なんてショートケーキのイチゴくらいの価値しかないというのに!」


 ショートケーキのイチゴはメインですよね?


「そうですか。まぁ下校時のお戯れをせいぜい楽しむといいです。では、これにて」


 そう言って曽我部さんは僕らと反対方向に歩き去っていく。


 けど時折チラッと振り返ってきて、日和みたいな(じーーーーー)という視線を照射してくる。

 ……ちょっと怖い。


「さあ帰るわよ。靴が濡れ始める前にね」


 一方で日和が歩き出したので、僕は曽我部さんに軽く手を振ってから日和と相合い傘で下校し始める。

 

 日和は「ふんふん♪」と鼻歌交じりでご機嫌。

 

 雨が好きなのか……?


「あ――大変だわネコちゃんがっ」


 そんな帰り道の途中、ちょっとした出来事に遭遇した。

 

 僕らは登下校時に河川敷の土手を必ず通る。


 今はちょうどその土手を歩いていて、すぐそばには幅数十メートルの川がある。


 街を横切るデカい川だ。


 普段の流れは穏やかだけど、今日は濁ってやや増水中。


 天気の良い日は水遊びをする子供たちが居たりするものの、今は無人。


 けど、その中州部分に日和の言う通りネコが取り残されていた。


 こっちに戻りたいのに戻れない。


 そんなオーラを出しながらうろちょろしている。


「……飼い猫っぽいな」


 種類自体はただのキジトラだけど、尻尾にリボンが付いているし遠目にも毛並みの良さが分かる。


 大事にされてる一方で、放し飼いで自由にさせてるのがアダになった感じだろうか。


「しょうがない、助けよう」

「え?」

「今ならまだ誰かがずぶ濡れになるだけで済む」


 川はまだ激流ってほどじゃない。


 膝丈くらいで流れがいつもの倍くらいの感じ。


 人にとっては雨さえ気にしなきゃさほどでもない。


「日和、傘頼む」

「え、ちょ……ホントにやるの?」


 傘を預けて僕は靴と靴下を脱いでスラックスをまくった。


「やるさ。情けは人のためならず」


 善行に励むことでいつか巡り巡って僕に利益が来るかもしれない。

 苦学生だからこそ、僕はそのチャンスを逃したくない。

 勉強も大事だけど、そういうのも大事。


 もちろん徒労で終わる可能性もあるけど、それならそれで構わない。

 キジトラが助かるならそれでいいじゃないか。


「ほら、もう大丈夫だからな?」

「にゃーん」


 中州のキジトラは人に慣れていたおかげでアッサリ確保出来た。


 僕がずぶ濡れになったことだけが救出作戦の被害と言える。


「まったく……無茶するわね」


 キジトラは土手に降ろした途端脱兎の如く駆けていった。

 でも途中でぴたりと止まり、にゃーんと僕を振り返ってきたのは、キジトラなりのお礼なのかもしれない。

 それ以外の利益はなさそうだけど、まぁ長期的に見ておこうか。


「さあほら、風邪でもひいたら大変だから早く帰るわよ」

「別にこれくらいで風邪ひかないだろ」


 と思っていた時期が僕にもありました……。


 ――翌朝。


「だ、ダルい……」


 朝起きたらとてつもない気怠さで、試しに熱を測ってみれば――


「……さ、38度」


 やらかした……。

 完全にやらかした……。

 健康体で居るのが一番金掛からないんだよ、の精神で生きてきた僕なのに、これは完全な失態と言える。


「あーあ、ほら見なさい」


 お隣の窓辺から日和の呆れ声が聞こえてきた。


「自分のことも顧みないとダメじゃない。しかも昨日からおばさん居ないのに」


 そう、母さんは不在。

 スナックのママ持ちの慰安旅行に出掛けている。


「……まぁちっちゃいガキじゃないんだし、1人で大人しく休んでるよ」

「なら私も休むわ」

「え?」

「看病……してあげる」


 日和が照れ臭そうに言ってきた。


「は? いやいいって……学校行けよ」

「行かないわ……看病するったらするの」


 意地を張ったように呟く日和。

 やれやれ……なんなんだよ急に。

 まぁでも、せっかくの厚意だし受け取っておくか。


 あ……そうだ、曽我部さんにも連絡しないといけない。

 ニセ交際のリアリティー担保のために朝の迎えに来るときがあるから、今日来られると無駄足にさせてしまう。


【おはよう曽我部さん。実は風邪ひいたから今日は休む。迎えには来なくて大丈夫だから】


 早速、LINEにそんなメッセージを送っておいた。


 すると一瞬で既読が付いて、それから30秒と経たないうちに――


【でしたら、今日はわたしも休んで看病しに行きますね😳】


 あ、面倒なことになりそう……。

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