第15話 元通り?

 小悪魔曽我部さんから「夕飯どうですか?」と誘われたけど、僕は今日も断って帰宅した。


 理由としては、日和との時間を意識的に増やしたいからだ。


 疎外感を感じて欲しくないし、よそよそしい空気を解消したくもある。


「今日の夕飯は?」


 帰宅すると、母さんはもう出勤済みで居なかった。


 代わりに居たのは、部屋着姿でキッチンに佇む日和。


 よそよそしい空気でも、夕飯作りにはきっちり来てくれる律儀さがありがたい。


「あ、おかえり……今日はハンバーグよ。焼けるまでもう少し待ってて」


 返事はやっぱりどこかよそよそしい。


 ハンバーグは十中八九日和んちの牛をこねこねしたヤツ。

 日和んちは畜産もやってる。

 野菜に比べると規模は下がるけど。


 僕はひとまず自室に向かい、制服から着替えてリビングに戻った。


「……じゃあ私、帰るわ」


 出来上がったハンバーグと付け合わせのサラダ、それと炊き立ての白米を僕の前に並べてから、日和はそう言って立ち去ろうとする。

 それは別にいつも通り。

 よそよそしいとか関係なく、夕飯を作り終えたら日和は基本的に自宅へ帰る。

 だけど、


「待てよ」


 今日は呼び止めてみた。


「一緒に食べてかないか? ハンバーグは母さんの分抜いても余分にあるんだし」

「……なんで誘ってくるワケ?」

「たまにはいいだろ?」


 少しでも一緒に過ごす時間を増やして、よそよそしい空気を解消させたい。

 そんな目的があるのは恥ずかしいから黙っておく。


「まぁ、圭太がそうしたいなら別にいいけど……本当にいいの?」

「悪かったら誘ってない」


 そう告げると、日和はちょっと迷う素振りを見せつつも、


「……分かったわ」


 と、Uターンして自分の茶碗などを準備し始める。

 それからスマホをイジり、僕んちで食ってくことをおばさんに報告していた。


「じゃあ……いただきます」


 こうして僕らは食事を開始する。

 日和はもそもそとハンバーグを食べて、味がばっちり決まっていることを確認すると、無言ながら満足そうに頬を緩めていた。


「鬼の目にも涙」


 一方で僕は、泣いたことをイジっておくことにした。

 この手の気まずさはイジって解消されるパターンも多いし。


「まさかお前が泣くとはな」

「な、何よ……別に泣いたっていいじゃない。圭太が……変わらなくていい、って言ってくれて、嬉しかったから……」

「……そ、そっか」


 素直な返事が来て面食らってしまう。


「本当に……変わらなくていいの?」


 続けて、そんな風に問われた。

 僕は気を取り直して頷く。


「……いいさ。曽我部さんのことは気にせず、突っかかってきてくれれば」


 僕と曽我部さんが本当に付き合っている状況なら、やめろって言う。

 でも現実はニセ交際。

 ネタばらしが出来ない分、罪悪感もある。

 だから日和にはいつも通りで居て欲しいわけだ。


「ふん……圭太って本当は、アリシアさんじゃなくて私のことが好きなんじゃないの?」

 

 ハンバーグを箸で切り分けながら、ちょっとした自惚れ発言。

 お、元に戻りかけてきたか?


「カノジョが居るのに幼なじみに突っかかれたいだなんて……度し難い変態なんじゃないかしら?」

「かもな。だからその度し難い変態と今日は一緒に風呂に入ってくれないか?」

「うぇ!?」


 よそよそしさを解消するならそれくらいやった方がいいんじゃないかと思った。

 それこそ曽我部さんとも入ったわけだし、日和とも入った方が不公平感はないのかも、と思ってのことでもある。


「もちろんイヤなら断れな?」


 おかしな誘いをしている自覚はある。


「わ、私に断る余地を与えればいいとかそういう話じゃないでしょ! カノジョが居るくせにそんな誘いをしたらそもそもダメじゃない……!」


 片や日和は常識的な反応だった。

 やっぱりこいつ、割と良心のある性格だ。

 目に見える態度がアレなだけで。


「そこは気にしなくていい」

「な、なんで気にしなくていいのよ!」


 ニセ交際だから、とは言えないので、


「まぁ……火遊びに興味がある的な」

 

 と、テキトーこいてみた。


「あ、アリシアさんが可哀想だと思わないワケっ!?」

「それはそれ、これはこれ」

「さ、サイテーな野郎だわ……」


 日和は女の敵を見るような視線でそう言ってきた。

 しかし、


「まぁでも……圭太がどうしてもって言うなら、別に一緒に入ってあげないこともなくはないかもしれなくもないわ」

「どっちだよ」

「だ、だから圭太次第ってことよ……」

「なら入る」


 団らん気分を作ってよそよそしい空気を終わりにするためだ。


「わ、分かったわ……一応訊くけど、水着着用でいいのよね?」

「裸で入りたいなら別にそれでも」

「着るわよばか!」


 ……いつもの感じが戻ってきたかもしれない。

 

 そんなこんなで食後、僕らは互いに水着姿で風呂へ。


「でっか……」

「ど、堂々と見るんじゃないわよ……」


 日和と湯船に浸かり始めている。

 向かい合う体勢で。

 最初は肩を並べて入ろうとしたが、僕んちのバスタブが狭いのでこうなった。

 幼い頃はもっと楽に入れたものの、今じゃもうそうはいかなくなった。


 ともあれ、日和は先日買った黒ビキニを着用中。

 たわわな胸がしっかりと寄せ上げられていて、その存在感を増している。


「昔は真っ平らだったのにな」

「な、なんでそんな思い出に耽ろうとするのよっ」

「いや、なんか人の成長ってすげえなと思って……」


 ちんちくりんだった生意気女が、生意気な牛女になってる。

 生意気な部分も変われよと思いつつ、まぁそこは個性なのかもしれない。


「なあ日和……1回だけでいいから谷間に顔埋めてもいいか?」

「ふぁっ!?」


 自分で言うのもなんだが、今の僕は魔が差してる。

 けど、これくらいやった方が元の空気感に戻れるかなと思うし。

 

「あ、あんたカノジョ居るのよ!? そういうのはアリシアさんにやってもらいなさいよ……!」

「なんというか、日和がいいんだよ」

「う……」


 日和は息を詰まらせ、照れ臭そうに目を右往左往させていた。

 それから、


「じゃ、じゃあ……1回だけなら……」


 と、あっさり許可をくれた。


「……チョロくないか?」

「う、うるさいわね! とにかく1回だけよ……それも10秒だけだからね?」

「分かった……」


 ごくりと喉を鳴らして、僕は早速日和の谷間に顔を埋めてみた。


(……すご……)


 もにゅ、と柔らかくて、あったかい。


 けど卑しい気分にはならずに、なんというか……落ち着く。


「えっち……私以外にこんなことやったら嫌われるわよ?」


 10秒なんてあっという間に終わって、顔を上げた途端にか細く罵られた。


 その表情は赤々としたままで、僕はもちろん返す言葉もない。


 けれど、


「……逆になんでお前は嫌わないんだ?」


 と、純粋に疑問に思って訊き返してみた。


「し、知らないわよそんなのっ」

「自分のことなのに?」

「うるさいのよばかばかっ。もう上がるわやっぱり自分んちで普通に入る……!」


 ざぱっ、と立ち上がり、日和は慌てたように浴室から出て行ってしまった。


 うーんこの。


 まぁでも、よそよそしい空気は消えた気がするし、今はこれで充分か。

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