第13話 今度はこちらが

「で、あるからして――」


 たんたんたん、と黒板にチョークが叩き付けられている。


 新たな平日を迎えて、その午前中。


 僕はいつも通りに登校し、授業を受けているところだ。


 曽我部さんのお泊まりは、無事にという言い方が正しいのかは分からないが、まぁとりあえず無難に終わっている。


 母さんに曽我部さんを会わせ、宿泊まで成し遂げたことで、ニセ交際のリアリティーは高まったと思う。


 一方で、ニセ交際のリアリティーが高まると傷付く者も居ると知った。


 教室の中ほどで板書をせっせと書き写している日和のことだ。

 窓際最後尾の僕からはよく見える。


 あの晩、日和が見せた涙。

 僕と曽我部さんのために距離を置いた方がいいんじゃないか? と自分を追い詰め、思い悩んでいた気持ちの発露。

 僕がその悩みに「それは違う」と伝えたことで、日和は一応気分が晴れてくれたようだった。

 けど、涙を見せた照れ臭さの影響なのか、あれから少しよそよそしい雰囲気がある。

 まぁ、時間が解決してくれるとは思うが。


「――実は東海林くんにお願いがありまして」

「お願い?」


 そして、この日の昼休み。

 僕は曽我部さんと一緒に非常階段を訪れて昼食を摂り始めている。


 僕は購買の安っぽいけどボリューミーな100円コロッケパンを、

 曽我部さんは学食でテイクアウトした400円くらいの極厚サンドイッチを食べている。

 

 学食じゃなくてこんな場所に来たのは、もう大々的にアピールせずとも僕らの欺きは周囲に効いているから、静かに過ごせる場所を選んだということ。


 ともあれ、会話を続ける。


「お願いって、どんな?」

「母が東海林くんに会いたいんだそうです。最近の行動から彼氏が出来たんじゃないかと勘ぐられ、頷いたらそう言われました」

「……逆パターンか」


 僕の母さんがカノジョに会いたいと言ったことの逆。


 今度は僕が顔を見せに行かなきゃいけないようだ。


「大丈夫でしょうか?」

「言っちゃなんだけど、曽我部さんのお母さんには別にバレてもよくない?」


 僕の母さんにバレたら日和にもバレて校内にまで波及する可能性があったからカモフラを頑張る必要があった。

 けど、曽我部さんのお母さんにはそういう連鎖の危険性がない。


「ですが、リスクヘッジとしてヨナにもウソをついたのは東海林くんも知っての通りです。なので母のことも騙しておかないと」

「ヨナちゃんにも素直にニセ交際をバラしたらどうなんだ? 別にヨナちゃんって僕らの高校に影響を及ぼさないだろ?」

「あ、実は……ヨナが週2で通っているスイミングスクールにウチの2年の先輩がおりまして、ヨナと面識があるんです」

「うぇ、マジか……」

「はい。ヨナは口が軽いので、バラしたら先輩に伝わってしまい、そこから校内に広がってしまう可能性がないとは言えません」

「そういう事情があるのか……ていうかヨナちゃん、水泳はやれるんだな」


 激しい運動はノーって話だけど。


「激しい運動が出来ないからこそ、妊婦さんやご老人が参加するようなアクアエクササイズのコースでのんびりと運動不足を解消させているんです」


 なるほど。


「そういうわけで、ヨナはウチの先輩と面識がありますから、心苦しいですが騙し続ける必要があります。――ひいては母のことも騙しておかないと不安なわけです。母も口が軽いので、もし打ち明けた場合、ヨナに教えたりする可能性がありますから」


 ……確かにそうなると、僕が要望通りに顔を見せに行かないとダメか。


「とはいえ、東海林くんの貴重な自習時間を奪ってしまうのは申し訳ないので、別に断っていただいても大丈夫です。その場合、私がなんとか誤魔化しておきますから」

「いや、お互い様だし引き受けるよ」


 僕の母さんがカノジョに会いたいと言って、曽我部さんはそれに応じてくれた。

 だというのに、僕は顔を見せに行かない、では筋が通らない。


「東海林くんのそういうところ、好きです。勉強が大事だと言いつつも、義理を重んじるところがクールであるかと」


 曽我部さんは朗らかに言いながら、極厚サンドイッチを差し出してくる。


「ひと口どうぞ。義理堅さへのお礼です」

「あ、うん、ありがとう」


 肉厚サンドイッチは多少焼かれたパンの間にレタス・たまご・照り焼きチキン・ツナ・ハム・チーズがふんだんに挟まれていて美味しそう。


 でも差し出されたその一辺は曽我部さんの食べさし。


 このままだと間接キス不可避……。


 ……って、高校生にもなってそんなの気にしてる方が恥ずかしいか。

 

 そう考えてさして気にせずあむっと頬張る。


 うん、美味しい。


「ふふ、ほっぺにツナ付いてますよ?」


 曽我部さんがまったくもうと言わんばかりに手を伸ばしてきて、僕の頬からツナをつまんでいた。


「あ……ごめん」

「東海林くんってちょっと子供っぽいところありますよね」


 曽我部さんはそのツナをまさかの咀嚼。

 それからちょっと妖艶に微笑んでみせた。


 ……わざと?


 それとも天然……?


 どちらにせよ、小悪魔だなと思う。


「ところで、日和さんとは何かあったんですか? なんだか日和さんの様子が大人しいと言いますか、いつもと違う気がしますけれど」

「あ、えっと……」


 曽我部さんはあの夜、ぐっすりと休んでいたみたいで、僕らの散歩についてはまったく気付いていなかったみたいだ。


 まぁ、無闇に言いふらすことじゃない。


 日和の名誉のためにも誤魔化しておこう。


「滅茶苦茶重い生理でも来てるんじゃないか?」

「あぁ、そうなんですかね」

「それより、お母さんとの顔合わせは今日の放課後の話?」

「あ、それは東海林くんに合わせます。今週ならいつでも大丈夫です」

「なら今日の放課後で」


 面倒事はさっさと解消しておきたい。


 僕は嫌いなモノを先に食べるタイプだ。

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