第9話 聞いてないよ

「――どんな子が来るんやろなぁ~♪」


 さて翌日……問題の時間がまもなく始まろうとしている。


 5分後に14時を迎える日曜の昼下がり。


 その14時になったら僕んちはちょっとした修羅場と化しそう。


 なんせ14時は曽我部さんの来訪予定時刻。


 日和派の母さんによる、僕に出来たカノジョの品定め――のために曽我部さんが我が家を訪れ、僕と共に母さんを欺く時間が始まるわけだ。


 ……なんともまぁめんどい状況と言える。


 でも曽我部さんは割と乗り気だったんだよな。

 ニセ交際のリアリティーを高めるのにちょうどいい機会、ってことで。

 まぁだから、僕もそれに合わせて演技を頑張るつもりではある。 


「――ねぇおばさん、一応言っておくけど圭太のカノジョに対してあまり期待値は上げない方がいいわよ?」


 と、不意にそう言ったのは日和である。

 なぜか我が家のリビングに滞在中。

 さながら姑ムーブ。

 相変わらず曽我部さんに対して謎の対抗心を持っているようだ。


「ヒヨちゃんから見てカノジョちゃんはあまりよろしくない感じ?」

「まぁなんというか、見た目だけ?」


 お前が言うな!


「見た目だけってヒヨちゃんやん」

「ぐはっ……!」


 母さんからもカウンター食らってて草。


「まぁでも、ヒヨちゃんはお料理が上手やもんねぇ?」

「そ、そうよおばさん……私はそういう家庭的な一面もあるから……」

「その一面は圭太とくっつきたいがために磨いとるん?」

「え、そ、そんなはずがないじゃない……っ」

「ホンマにぃ~? そんなにえっちな身体付きに育ったのだって圭太を誘惑するためちゃうの~?w」

「ひゃっ……!」


 ……母さんが日和の身体に抱きついてノースリーブの脇部分から手を突っ込んで胸を揉み揉みし始めている。

 日和は悶絶中。

 ちょっとエロいな……。


「ヒヨちゃんヒヨちゃん、これ今何カップなん?w」

「え、F……!!」


 でっか。


「むほほ~w これは挟んでもらったら気持ちええよ圭太~w」


 ……母さんのセクハラオッサンムーブが酷い。


「カノジョちゃんはこの肉厚ボディーに勝てるんやろかw まぁその辺含めてとりま実際に会ってみてからやね~」


 ――ぴんぽーん。


 とインターホンが鳴ったのは、母さんが日和から離れたそのときだった。


「お、噂をすれば~っ!」


 母さんが楽しげに玄関へ向かう。


 僕もそのあとに続いて、日和もそそくさとリビングの入り口から顔だけ出すような体勢を作っていた。


「入ってどうぞ~」


 そして母さんがそう告げた直後に――、


「――はじめまして、お母様」


 玄関を開けて入ってきたのはもちろん曽我部さんだった。

 いつも通りの金髪ゆるふわショートヘア。

 今日は薄手の白いブラウスにベージュの七分丈パンツを合わせた格好で、どこかボーイッシュでありつつキュートさもあって最高に可愛い。


「ちょっ、まさかのハーフ女子やん!?」


 母さんは普通に純日本人が来ると思っていたらしい。

 まぁそりゃそうか。


「か、かわええー!!」

「恐縮です」

「お名前はっ?」

「曽我部アリシアと申します」

「おほー、そこはかとなく高貴な響き~」

「これ、ささやかですがお受け取りください。ご家族で食べていただけますと」

「!? それって予約取るのすらムズいって噂の岩下屋ロールケーキやない!?」

「はい。母のツテで定期便が届きますので、よろしければ」

「――圭太、はよアリシアちゃんとくっついた方がええね」


 懐柔されるの早っ。


「おばさぁぁああああん……!」


 日和が絶望の嘆きを発している。

 ぶりぶりざえもん並みの裏切りを見せられたらしゃーない。


「でもヒヨちゃんのことを考えたら、まだまだ天秤は傾かんねぇ」


 ……お?


「あのねアリシアちゃん、あたしはヒヨちゃん派なんよ。つまりそこに居るヒヨちゃんの方が圭太のカノジョにはふさわしいんちゃうかなぁ、って思っとんの。そもそもアリシアちゃんは本当に圭太のことが好きなん?」

「疑われるような部分、ありますでしょうか」

「言っちゃなんやけど、圭太を好きになるタイプには見えないっちゅーか」

「昔、東海林くんに助けられているんです」


 なるほど……曽我部さんは昨日思い出させてくれたそれをフックにして僕への好意があるように見せかけるわけだな。


「まだ英語しか話せなかった幼い時分に、東海林くんが迷子のわたしに力を貸してくださいまして。そのときからずっと、東海林くんのことが好きなんです。高校でそんなヒーローと偶然再会出来たことがきっかけとなり、私の方から我慢出来ずに告白させていただいたという経緯です」


 どこかうっとりとした眼差しで曽我部さんが呟く。


 ……演技ですよね?


 なんかやたらと気持ちが籠もって見えるけど、気のせいでいいんですよね?


 勉強にしか興味のない同志ですもんね?


「あぁなるほどねぇ、そういうドラマ持ちなんや? ほな確かに圭太のこと好きになってもおかしないねぇ」

「はい大好きです。明日が創立記念日で学校がお休みなので、東海林くんと一緒の時間を増やしたくて今日はお泊まりの準備もしてきたほどです」


 え。


「なんですって!?」と日和もクワッと目を見開いている。


 曽我部さん……何勝手に1泊の予定組んでるんすか。


「主な目的は勉強ではありますけれど、今夜はお母様に手料理を振る舞うなどして、色々アピール出来ればと考えております」

「ま、待つんだ曽我部さん……ヨナちゃんは平気なのか?」


 1人で留守番とかだったら可哀想なんだけど。


「大丈夫です。日曜ですから父が居ますし、先日母も帰国してリフレッシュ期間に入りましたから」


 ……盤石だった。


「というわけで本日は1泊、お世話になりますね?」


 どう考えても気の休まらない時間が幕を開けようとしてますよね、コレ……。

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