第8話 わたしだけの思い出

「――覗くんじゃないわよっ」

「覗かねーし……」


 ひとまず水着を選び終わった僕らは試着の段階に進んでいる。


 もちろん着替えているのは日和と曽我部さん。

 僕は試着室の前で待機中。


 並みの男子なら2人の着替えに意識が向かうだろうけど、僕の意識はそうならない。

 なぜなら曽我部さんとの思い出サルベージにリソースを割いたままだから。


 さて……僕は一体曽我部さんとの何を忘れているんだろう。


 学区が違ったから、小学校も中学校も別々だ。

 2ヶ月前の高校進学まで、金髪碧眼美少女との思い出は存在しない……はず。


 けど、僕が覚えていないだけで何かあるんだろうか……。

 覚えていられないくらい昔に何か一瞬、一度だけの何かが……。


「――わたし、もう着替え終わったのですが」


 不意に鼓膜を震わせたのは曽我部さんの声だ。


「あっ、待ちなさい! 私もじきに済むから圭太には同時に見せるわよ!」


 どれ……一旦思考を切り上げるときが来たようだ。


 水着選びは最終的に僕へと一任され、日和には黒いビキニを、曽我部さんには白いビキニを選んだ。

 2人のイメージに基づいた色分け。

 露出度はまあ普通って感じ。


「――はい私も準備完了よ! いつでも行けるわ!」

「でしたら『せーの』でカーテンを開けましょう」

「いいわよっ。じゃあ1、2、3――」

 

「「――せーの!」」


 と、2人が声を揃えた直後にシャッ、とオープンザカーテン。

 そして、


「うお……」


 僕は思わず唸ってしまった。

 

「むふん、いかがでしょう?」

 

 まずどこか自信ありげに問うてきたのは曽我部さん。

 その格好はもちろん白ビキニ。

 お淑やかな雰囲気に見合うフリル付きの可愛いヤツだ。

 それに包まれる肉体はほっそりとシャープで、しかし割と豊満なお胸がいかがわしい谷間を作っている。

 マズい、目のやり場が……。


「ふん、アリシアさんはもうちょい食べた方が良さげな身体をしているわね?」


 ……喧嘩を売るな喧嘩を。


「ご忠告ありがとうございます日和さん。逆に日和さんは食を抑えた方がよろしいのではないでしょうか? 体型が親方ですので」

「なんですって……!?」


 やり返されてやんの。

 まぁ親方体型は言い過ぎにせよ、日和は確かに肉感的だ。

 シックな黒ビキニが似合うスタイルではあれど、皮下脂肪多め。

 太ももとかお腹がちょいぷに。

 言うなればグラドルみたいなもんで、良いか悪いかで言えば良いもんではある。


「ぐぬぬ……――圭太っ、どっちがいいのよ!」


 急に来たな……。


「わたしも気になります」


 じーーー、と2人の視線が照射される。


 ……まぁ、ここは当然、


「そりゃ曽我部さんだよ」


 ニセ彼氏としてはそう言う他ない。


「やりました」


 ぶい、とお淑やかダブルピースをする曽我部さん。

 片や日和は「むぅぅぅ……!」とほっぺ親方化。

 ケアしとくか……。


「……まぁ日和も悪くはないよ。僕の好きな体型ではあるから」

「ふ、ふーーーーーん、そうなのね……けど、ついでみたいに言われても何も嬉しくなんてないわ……」


 日和はツンとそっぽを向いて僕に背を。

 しかし試着室の姿見には嬉しそうに笑う日和の顔が……。


 ……やれやれ、見なかったことにしてやるか。



   ※



 その後、2人が水着を購入し、僕らはフードコートで軽食を摂ってから帰ることになった。

 

「――キミかわうぃーねーw」

「ねえねえ1人? よかったら俺たちと遊ばね?w」


 それでだ……ちょっとした問題が発生している。


 フードコートで席を取ったあと、曽我部さんを残して僕と日和はトイレに向かったんだけど……その隙に曽我部さんへと悪い虫が寄り付いてしまっていた。


 曽我部さんはそういう人種が苦手なのかうつむいている。


 日和はまだなので、僕がどうにかするしかないか。


「――Hey sorry, but she is not alone」

「は?」

「And we don't understand Japanese,so another girl would be better」

「な、なんだこいつ……ツレか?」

「くそ、英語が分からねえ」


 そう言ってチャラ男たちはそそくさと立ち去っていった。

 頭悪そうなヤツらには英語で応対すると簡単に撃破できる。

 これマメな。


「曽我部さん、大丈夫?」

「あ、はい……ちょっと気圧されておりました。ありがとうございます」


 どこかホッとした表情で、曽我部さんはにこやかに微笑んでいる。


「……変わりませんね」

「え」

「昔も、男性の撃退とは違いますけど似たようなことがあったんですよ?」


 どこか郷愁に耽るかのように、曽我部さんはひとつの出来事を教えてくれた。


 

   ※side:アリシア※



 帰国子女のアリシアが日本を訪れたのは、小学校に上がる数ヶ月前のことだった。

 妹のヨナが生まれ、治安や諸々を考えて日本に生活拠点を移すことになり、そのとき初めて父の出身国に降り立った。


 この時点におけるアリシアはまだ日本語が話せない状態で、外に出る際は基本的に親と一緒に出るようにしていた。


 しかし、ヨナという妹が出来たことで姉として奮起しなければならない、という自立心にも似た感情が幼い子供心ながらにあった。

 そのため、アリシアはあるとき1人で街の散策に出掛けた。


 もちろんそれは選択としては間違いだった。

 アリシアは慣れない土地で案の定迷子と化し、泣きべそを掻きながら途方に暮れることとなった。

 連絡出来るモノを持ってこなかったことも、その絶望感に拍車を掛けていた。


 ところが――


What's wrong?どうしたんだ


 そんな風に声を掛けてくれる1人の男の子と遭遇することになる。

 彼は見るからに日本人で、アリシアと同い年くらいの幼い男児であった。

 しかし、


Are you lost?もしかして迷子


 発音は拙いが、英語が分かるようだった。


 将来何があるか分からないからそれに備えて英語を自習していると教えてくれた彼は、アリシアが迷子であることを把握したあとは警察まで送り届けてくれた。


 時間にして10分にも満たない案内劇だった。


 しかしそのわずかな時間は異国の地の優しさに触れた最初の出来事であり、アリシアからすればその少年に格好良さや憧れを抱くには充分過ぎる時間と言えたのである。


『……W,what's your name?』


 警察に送り届けてすぐに帰ろうとした少年に対し、アリシアは名前を訊ねた。

 すると、


『Shouji.Goodbye』


 と、ファーストネームなのかファミリーネームなのかも分からないひと言を言い残してあっという間に立ち去ってしまったのである。


 それ以降、アリシアは「ショウジ」を捜すようになった。


 けれど小学校にも、中学校にも、ショウジは居なかった。


 しかし高校に進学した今年の4月、アリシアはいよいよ彼を見つけることになる。


 そして2ヶ月が経った今では、ニセ彼氏としてまた助けられている。


「ふふ。東海林くんは、ずっとわたしのヒーローなんですよ」

「ごめん……それは覚えてなかったな。言われてみれば、って感じで」


 圭太は後ろ頭を掻きながら申し訳なさそうにしている。


 10年近く前の、ほんの一瞬の出来事。


 遠い日の思い出なので、圭太が覚えていなかったのは無理もない。


 アリシアは彼を責めるつもりなど毛ほどもなかった。


「いいんです。お礼に奢りますから英気を養っていきましょう。明日、お母様を上手く騙すためにも、です」


 こうしてこのあと、アリシアたちは小腹を満たして帰宅の途に就いた。


 明日日曜は圭太の母にお呼ばれされている。


(……恐らくわたしを品定めしたいのでしょうね)


 呼ばれる理由などそれしかない。


 アシリアとしては気合いを入れて挑むつもりだ。


 ニセ交際のリアリティーを高めるために。


 そしていつか本物を目指すためにも――である。

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