第7話 不確かな記憶

 さて……現状はなんだかめんどくさいことになっている。


「――あら、幼なじみ同士の買い物にわざわざ乱入してくるだなんて、あなたって結構野暮なのかしら? ア・リ・シ・ア・さ・ん」

「さてどうでしょうか日和さん。カノジョ持ちの男子を水着選びに誘う方がよっぽど野暮で卑しい行為なのでは? とわたしは思いますが」


 地元から数駅移動した街の、ショッピングモール。

 日和の水着選びに曽我部さんも加わることになって現地集合したのはいいとして……なんでこの2人、ガンを飛ばし合っているんですかね。

 格闘技の会見みたいな雰囲気やめて。


「ふんっ、カノジョ持ちになろうがなんだろうが圭太は私の幼なじみだもの。私の方が濃くて長い付き合いなんだから誘うことに文句を言われる筋合いはないわ」

「濃くて長い付き合いの割に恋仲にはなれなかったんですね」

「べ、別に圭太の恋人になんかなりたくなかっただけよ。逆にアリシアさんは物好きだわ。圭太なんて農家の娘とかそういう肉体労働者階級の娘とつがいになっておくのがお似合いなのに」


 ……農家の娘がそれ言うの?


「わたしも肉体労働者階級の娘ですよ? 母がプロテニスプレイヤーですから」

「わ、私のアイデンティティーが……!」


 勝手にカウンターを食らっている日和であった……。


 でも実際、曽我部さんは物好きというか、よく分からない部分があるのは確かだ。

 

 こうして日和との水着選びに参戦してきた意図はなんだろう?

 

 ニセカノジョとしての演技の一環? 


「さて、早速ですが水着ショップに行きませんか?」


 アレコレ考える僕をよそに、曽我部さんがお淑やかに呟く。


「東海林くんの貴重な勉強時間を削っているんですから、サクッと済ませるべきではないかと」

「そうね。異論はないわ」


 僕のことを考慮してくれるのはありがたい。

 2人が移動を始めたので僕もそのあとに続く。


 ――おい見ろよ……。

 ――チョー可愛いじゃん。

 ――何かの撮影?


 ううむ……日和と曽我部さんが買い物客の視線をバキュームしている。

 多分ダイソンより上の吸引力。

 まぁ無理もない。

 長い黒髪の大和撫子(見た目だけ)と、ブロンドショートヘアのお淑やか碧眼美少女が揃っていればな。


「――さて圭太、あなたのセンスに託すわ」


 まもなく水着ショップに到着した。

 主に女性向けの雰囲気。

 うぐ……ランジェリーショップみたいで微妙に入りづらい。

 そして案の定、僕に水着を選ばせるわけだよな……。


「一応言っておくとえっちなのはダメよ?」

「わたしはえっちなのでもいいです」

「なんですって!?」

「カノジョですから」

「ふ、ふんっ、じゃあ私もえっちなのでもいいわ!」


 ……なんで対抗するのか。

 そもそも曽我部さんもおかしい。

 なんでえっちなのでもいいんですかね。


「曽我部さん……カノジョとしての振る舞い、ほどほどでいいと思うぞ?」


 日和と曽我部さんも一応自分で水着を選ぶことになり、僕らは店内に散らばった。そしてそのタイミングで曽我部さんに接近して僕はそう伝える。


「この買い物に飛び入りしてきたのもそうだけど、無理はしないで欲しいんだよ」

「あ、いえ、大丈夫です。無理はしてませんので」


 曽我部さんは小さく微笑んでいる。

 

「無理どころか、東海林くんのカノジョとして振る舞うの、楽しいですから」


 ……嬉しいけど、曽我部さんはなんでそう思ってくれるんだろう。

 4月に高校で出会ったばかりの間柄。

 僕とのあいだには特に何もないはずなのに……。


「……やっぱり覚えていませんか?」

「え?」


 急に何を……。


「いえ、ごめんなさい……なんでもないです。……昔の、一瞬の出来事ですもんね」


 曽我部さんは何かをはぐらかすように微笑みながら、水着の物色を再開していた。


 なんだろう、僕は何かを忘れて……。


「――むっすー! 無駄にいちゃこらしてないで水着をきちんと見繕いなさいよねまったく!」


 そして、頬をフグみたいに膨らませた日和が襲来してきた。

 やれやれだ……おちおち思考にも耽れない。


「なんだよむっすーって……ガキかよ」

「う、うるさいわね……いいから私の前でアリシアさんとあんまりくっつかないでちょうだい」

「なんだそりゃ……」


 横暴の擬人化かよ。


「むぅ……東海林くん、日和さんとはあまりくっつかないでくださいね?」


 片や曽我部さんもほっぺを少し膨らませている。

 ヤバい、横暴のサンドイッチだ。


「……じゃあ単身で見繕うから2人ともこっちに来ないでくれ」


 僕はそう告げるしかなかった。


 そして、水着を選び抜く中で曽我部さんとの過去の関連性を色々考えてみたけど、やっぱりそれらしい記憶をサルベージするのは困難を極める他なかった。


 ……なんだろう、僕は一体何を忘れているんだ?

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