第4話 妹
「ここがわたしの家です」
「……デカ過ぎない?」
迎えた放課後。
ニセ交際を周囲に疑われないための工作として、僕は予定通り曽我部さんの家へと勉強しにやってきた。
さて、住宅街の一角にあったその家は――……もはやお屋敷。
普通の家が何軒分だろうか……。
3軒――……いや、庭も含めれば4軒分はありそう。
お昼に曽我部さんが「そこそこ裕福なので」と言っていたけど、ガチだったようだ。
「凄い家だな……親が会社でも?」
「ノーです。イギリス人の母が世界ランク上位のプロテニスプレイヤーをやっていまして」
「おぉー」
「日本人の父は普通の会社員なのですが」
どういう馴れ初めだったんだろう……。
「冷たい紅茶、用意しますね」
洋画のセットみたいなリビングに通された僕は、食卓の一角に促された。
家の中は僕ら以外無人。
誰も居ないのは変に気を遣わずに済んでありがたいけど、かえって緊張感もある。
今更だけど、みんなの偶像曽我部さんの家に招かれるって凄いことだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
アイスティー入りのグラスを受け取り、早速飲んでみれば美味しい。
6月の外気で火照った身体にコレは効く。
「ではわたし、一旦着替えてきますね。
ぺこ、と目礼して曽我部さんがリビングをあとにする。
……部屋着を見せてもらえる流れ?
いいんだろうかそんな恐れ多い……。
僕は筆記用具を食卓に展開しながらドキドキし始める。
それから大体5分後――
「――おまたせです」
戻ってきた曽我部さんは、水色のキャミソールに白地のホットパンツというラフな格好だった。
うお……ちょっと布面積が。
「では、各々自由に勉強タイムということで」
曽我部さんが僕の正面に座って勉強道具を広げ始める。
マズい……圧巻のビジュアルが視覚的暴力として僕に襲いかかってくる。
特に何がマズいかって言うと、着痩せ気味だったようで、結構ボミューミーなモノをお持ちなのだ。
キャミソールはカップ付きのヤツで、明らかにノーブラ。
谷間が少し見えている。
神様、これは集中力を試す試練ですか……?
「もし見苦しいようであれば言ってくださいね」
ぬ……僕の視線を感じ取ったのか曽我部さんがそんなことを……。
「家ではいつもこうですが、客人からすると品がないかもしれませんので」
「あ、いや、そんなことはないよ。えっと……綺麗だと思う」
「ありがとうございます」
ふふ、と小さく笑いながらの返事だった。
お淑やかだ。
曽我部さんの爪の垢を煎じて日和に静脈注射してやりたい。
さておき、僕らはひとまず落ち着いて勉強タイムへ――。
シャーペンを走らせる音。
ページをめくる音。
リビングに木霊するのはそれらのみ。
僕は片親で裕福とは言えないから、特待生としての大学進学を目指している。
曽我部さんは妹さんを自ら手術して治すために医者を目指している。
目的は違えど、勉強を頑張らないといけない点は一緒だ。
シンパシーがないと言ったらウソになる。
「――ただいま~!!」
そんな折、玄関ドアの開閉音と共に可愛らしい声が家の中に響き渡った。
およ? と顔を上げてそちらを振り返る。
この声はひょっとして……?
「わっ――お姉ちゃんが男の子連れ込んでる~!」
まもなくリビングに登場したのは、ランドセルを背負う金髪ツインテールの女の子だった。
「例の妹です」
と、曽我部さんが耳打ちしてきた。
おー、やっぱり妹さんなんだ。
命に別状のある病じゃなくて、動作系の症状で激しい運動が出来ないだけ、って話だったからな。
とりあえず元気そうで良かった。
「ねえねえお姉ちゃんっ、その人彼氏!?」
物静かなお姉ちゃんと違って、妹さんは天真爛漫なようだ。
僕に近付いてきて、ためつすがめつ眺めてくる。
「はい、彼氏ですよ」
あ、妹さんにも演技は貫くのか。
まぁリスクヘッジとしては当然かもしれない。
ていうか妹さんにも敬語なんだな。
帰国子女らしいから、日本語は敬語で覚えたんだろうか。
逆に妹さんはこっち生まれで日本語ネイティブ感がある。
「チューした!? チューした!?」
「してません」
「じゃあ今して!!」
「しません。それよりほら、初めて会った人が居るんですから挨拶してください」
「ほーい!」
賑やかな子だなぁ。
「はいはいっ、あたしはヨナって言いますっ。小5です!」
にかっ、と破顔しつつ妹さんが挨拶してくれた。
ヨナちゃんか。笑顔がまぶしい。
「僕は東海林圭太って言います。お姉さんとはクラスメイトで彼氏」
「ケータくんって呼んでもいいっ?」
「別にいいよ」
「やったー! ケータくんケータくんケータくん!!」
ホントにめっちゃ元気。
激しい運動が出来ないこと以外、特に問題はないんだろうな。
「今ってお勉強中!? ケータくんって頭良きっ?」
「入試時点で言えばトップだったよ」
今月末にある最初の期末テストも1位を取りに行くつもりだ。
じゃないと特待生は狙えないだろうし。
「すご! お姉ちゃんめっちゃ良い彼氏見つけたんじゃない!?」
「ですね、そう思います」
曽我部さんが僕を見てにこやかに微笑んでくる。
多少ドキッとしてしまうけど、所詮は演技。
いちいち動揺するのは感情の無駄遣い、だよな。
※
「――夕飯、よかったら食べていきませんか?」
そんな言葉が僕の耳朶を打ったのは、やがて日が暮れてきた頃のことだった。
夕飯。確かにもうそんな時間だ。
「お姉ちゃんのご飯美味しいよっ!」
「曽我部さんが作るのか?」
「はい。父は帰りが遅めで、母はツアーで留守のことが多いですから」
なるほど……だったら変に気を遣うことはなさそうだけど、
「ごめん。今日に関しては遠慮しとくよ」
「えー! なんでケータくん!?」
「まぁ、僕んちでもう夕飯の用意始まってると思うからさ」
誘ってくれるのがちょっと遅かった。
僕がここでご相伴にあずかれば、我が家の夕飯を出来立てで頂くのが難しくなってしまう。
冷蔵庫にしまって明日食べればいいじゃん、とは思わない。
わざわざ時間を割いて作ってくれるんだから、出来立てを食べてあげたいんだ。
「作り手のことを考えた賢明な判断かと。申し訳ありません東海林くん。誘うタイミングが遅かったですね」
「いや、気持ちは嬉しいからまたいずれってことで」
「はい。……そういえば、夕飯は日和さんが作っているというお話でしたよね?」
「そう。あいつ色々ウザいけど、世話焼きな部分があってな」
僕は片親。
その母さんは夜勤で働いているから、日和はお節介にも夕飯の支度をほぼ毎日母さんの代わりにやってくれている。
頼んだわけでもないのに、だ。
日和の親がやってる農家の売り物にならない野菜を恵んでくれるのだって、おじさんおばさんの善意ではありつつ、きっかけは日和が頼んでくれたからだ。
「口の悪ささえ無くなれば、あいつは一応良いヤツだよ」
でもそれが無くなったら日和じゃなくなってキモい気もするが。
「そうなんですね……むぅ」
曽我部さんはなぜか少しムッとしていた。
碧眼が据わっている。
はて……どういう感情なんだろうか。
ニセ交際なんだから嫉妬ってことはないだろうけど……。
「まぁ……そういうことでしたら早く愛しの幼なじみさんのもとに帰ってあげるべきですね」
「別に愛しではないんだけど……まぁでも、じゃあそういうことで」
「またねケータくん!」
「あ、うん。またなヨナちゃん」
こうして僕は帰路に就く。
周囲を欺くニセ交際。
その濃度を高めるためのカモフラ活動はきっとまだ始まったばかり。
勉強に支障が出ない範囲で頑張っていきたいところだ。
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