第3話 誘い

 ――あいつがアリシアさんと付き合い始めたヤツか。

 ――入学式で挨拶してたから入試でトップだったんよな。

 ――勉強の虫同士、惹かれ合ったってこと?


 僕と曽我部さんの表向きの交際情報は、交際2日目の今日ともなれば本格的に校内全体に知れ渡る運びとなっていた。


 これで曽我部さんに告白してくる男子は多分、消え失せる。

 曽我部さんは医学部合格に向けて快適な学習環境を手に入れられるわけだ。


 僕に対するヘイトが集まりそうなのが怖かったけど、意外や意外、そこまで妬みは向けられていない。

 僕が一応入試でトップだったヤツなので、曽我部さんの相手としては納得感を得られているようだ。


「――東海林しょうじくんは惣菜パンだけで足りるんですか?」


 そんなこの日の昼休みは、ニセ交際をもっと周囲にアピールするために曽我部さんと学食を訪れている。

 いつもなら非常階段で単語帳片手に静かなランチを過ごしている僕にとって、学食はちょっとうるさいけどまぁしょうがない。


 で、曽我部さんのご指摘通り、僕は学食に居るのに料理は食べず、購買の出来合いコロッケパンを咀嚼中。

 これにはもちろん理由がある。


「足りるかどうかで言えば足りないけど、片親でお金ないからさ。このデカめの100円コロッケパンが生命線」


 ワンコインのチャーシュー麺を啜る曽我部さんと違い、僕はひもじい苦学生。

 経済的事情で特待生を目指しているようなヤツが、お昼に贅沢なんて出来るわけがなかった。

 

「なるほど。でしたら奢りますから何か一品頼んでください」

「え。……いや悪いよ」

「平気です。わたしそこそこ裕福なので、自分で使えるお金には余裕があります。それに」

「……それに?」

「(ニセ彼氏を引き受けていただいたお礼、まだ何も出来ていませんから)」


 と囁かれた。

 だから奢らせて欲しい、ってことか。

 

 確かに僕は現状タダ働き。


 でも別にお礼が欲しいとは思っちゃいない。

 妹さんのために医学部を目指す、っていう曽我部さんの目標に感銘を受けての慈善事業のつもりだし。


 けど、この手のお礼は素直に受け取った方がいいって何かで見た覚えがある。

 相手からすると、その方が余計な負い目や引け目を感じずに済むから。

 というわけで、お言葉に甘えておこうか。


「なら素うどんで」

「む、一番安いじゃないですか。せめて天ぷらを乗っけましょう」

「いや、油っぽいのは遠慮しとく。もうコロッケパン食べてるし」


 腹八分で済ませ、出来るだけ生活習慣病にかからないように生きているのが僕だ。

 ビバ健康第一。揚げ物はそんなに好きじゃない。

 初老男性みたいな生き方だけど、それにも当然理由がある。

 

「健康で居るのが一番お金掛からないからさ」

「道理ですね」


 納得したように頷きながら、


「では素うどん、頼んできます」


 そう言って静かに席を立つ曽我部さんは、ただそれだけの動作が絵になる人だ。

 移動風景だけで周囲の視線を掻き集めるのは、ちょっとした著名人の域にある。


「(じーーーーーーーーーーーーーーーーー)」


 一方で……実はさっきから僕にも強烈な注目が刺さり続けている。

 曽我部さんの彼氏ってことで注目度が上がっているのは大前提。

 その中でも分かりやすく僕に視線を寄越しているのが……幼なじみの日和である。


 僕が座っているテーブルの、すぐお隣のテーブル。

 そこで学食名物の激辛カレーを食べながら、日和はジッと僕を見つめている。


 ……昨日からだけど、もうずっと様子が変だ。


 茶化していた僕にカノジョが出来たのがよっぽど悔しいんだろうか。


 でもなんかそういう感情じゃなさそうに見える……。


 曽我部さんへの嫉妬……? なわけないか。


「――お待たせしました。素うどんです」


 やがて曽我部さんがトレイを手に帰還。

 トレイの上には湯気をくゆらせる素うどんの姿。

 刻みネギと小さなナルトが添えられている。

 お値段120円。

 学食で一番安いメニューだ。

 でもコスパで言えば購買の100円コロッケパンの方が安いし腹は膨れるから、僕のオススメはコロッケパンで揺るがない。


「ありがとう。いただきます」


 早速ズルリと啜ってみると、何回か食べてるけどやっぱり普通に美味しい。

 うどん自体は冷凍モノだけど、お手製の汁が旨いんだ。

 替え玉が確か50円でイケたはずで、運動部男子がたまにわんこそば感覚で大食い勝負をしていたりする。


「時に、おうちではきちんとご飯、食べられていますか?」


 曽我部さんが心配そうに訊ねてきた。

 ひもじい僕の内情を気にしている感じだろうか。


「ふん、心配しなくても大丈夫よアリシアさん」


 質問に答えたのは僕じゃなくて日和だった。

 カレーと一緒にこっちのテーブルに移動してくる。


「私の家、農家でね。収穫した野菜のうち、売り物にならないモノを圭太の家にお裾分けしているし、私がそれらを用いてご飯を作ってあげたりもしているのよ」


 日和が今言った言葉は事実だ。

 僕んちは結構日和の家に助けられている。

 

「日和さんはそのような関係性なのに東海林くんと仲睦まじくないんですね」

「ぐぬ……ま、まぁ腐れ縁だもの」

「にしては、割と入れ込んで見えますけど」

「い、入れ込んでなんてないわ……」

「ホントは東海林くんのことが好きなんじゃないですか?」

「ば、ばか言うんじゃないわよ! こんな男私にふさわしくないわ! 圭太なんてちょっと努力家で頭が良くて入試で1位を取っちゃうくらいしか能のない素晴らしい男子でしかないのだから!」


 ……なんか罵倒のノリでベタ褒めされた気がするけど多分気のせいですかね?


「でしたらわたしがカノジョでも問題ないということですよね?」

「ええ問題ないわよ! 好きにすればいいじゃない! ふんだっ!」


 ぷりぷりとそっぽを向きながらカレーをパクパク食べる日和。

 こいつ相変わらずどういう感情なのかよう分からん。

 めんどくさいから放っておこう。


「ところで東海林くん、よければ放課後、ウチで一緒に勉強しませんか?」

「え」


 急なお誘いに驚いてしまう……けど意図は読める。

 

 周囲の注目度が高い今、僕らが放課後特に何もせず別々に帰るような真似をすれば――


『あいつら実は付き合ってないんじゃね?』


 と、周りに良からぬ疑いを持たれかねない。

 そうなれば曽我部さんがまた男子たちに狙われ始め、勉強に集中出来ない環境が再来するかもしれない。

 だから周囲を欺くニセ交際の濃度を高めるべく、放課後に曽我部さんの家に向かうことには大きな意味があるわけだ。


「分かった。じゃあ放課後お邪魔するよ」

「ありがとうございます」


 意図を汲んだ僕に対して、曽我部さんがにこやかに頭を下げてくる。


 一方僕の隣では「あ、アリシアさんの家で勉強するですって……ぐぬぬ……」と日和が歯ぎしりし始めていた。


「……お前さ、マジで大丈夫か? なんか昨日から色々と」

「ふぇっ!? だ、大丈夫よ圭太のくせに私の心配なんかするんじゃないわよえっち!」


 そう言って日和は僕から離れていった。


 ……どこがえっちなんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る