第2話 疑ってくるヤツ

「――ありえないわ……っ! なんで圭太がアリシアさんと付き合えるワケっ!?」


 さて。

 お隣の幼なじみが何やらうろたえている。


 昨晩もそうだったし、新しい朝を迎えた今もそうだ。


 50センチも離れていない隣家の窓辺で、見てくれだけなら最高級の黒髪美少女様が唇を噛み締めておられるのだ。


「おかしいじゃない……私に泣き付くのがお似合いの圭太がアリシアさんと付き合えるだなんて……」


 こいつはどんだけ僕を泣き付かせたいんだよ。

 昨日からずっと嘆くように同じ言葉を繰り返している。

 それだけ僕と曽我部そがべさんの交際が信じられないようだ。


 まぁ事情ありきのニセ交際。

 普通ならありえないことがワケありで成り立っているのだから、日和ひよりが色々疑う気持ちは分からないでもない。


「どんな脅しを使ったのよ……催眠アプリでアリシアさんの認識改変でもした?」

「んなわけあるか」


 なんで催眠アプリなんてえっちな代物を知っているのかはツッコまないでおこう。


「じゃあ何をしたのよ……」

「別に何もしてない。単に向こうから告白されたのを承諾しただけさ」


 僕は日和に真相を明かすつもりはない。

 曽我部さんとのニセ交際は、勉強に集中したい曽我部さんが男除け対策として企てたモノだ。

 その真相が広まったら男除け効果は薄れてしまうわけで、だったら当然、真相を知る者は少ない方がいい。

 だから僕は日和に限らず、ニセ交際の詳細は誰にも明かさないつもりだ。

 

「残念だったな。僕にカノジョが出来て」


 ついでに日和を煽り返しておく。

 

「ふ、ふん……圭太にカノジョが出来たことなんて別にどうだっていいのよ……」

「どうでもいいならなんで昨日からずっと突っかかってくるんだよ」

「うるさいばかばか!」


 小学生ばりの語彙力でシャッ、とカーテンを閉める日和。


 やれやれ……何がしたいんだか。


 まあいいや。


 苦学生の僕は3年後に特待生として進学出来るよう、時間を一秒だって無駄には出来ない。


 いつものように朝勉を始めることにした。



   ※



「――おはようございます、東海林しょうじくん」


 数十分後。

 ぼちぼち登校の時間が迫ってきた僕のもとに1人の訪問者がやってきた。

 それは何を隠そう――曽我部さんだ。


『ニセ交際の体裁が疑われないよう、カノジョっぽいことは最低限やります』


 というのが曽我部さんの方針で、基本的に毎朝一緒に登校することを昨日のうちに決めていたのだ。

 小中学校は違った僕らだが、自宅は一応徒歩圏内にあったことが判明。

 なのでこうして来てもらえた形だ。


「来てもらってから言うのもなんだけど、ここまでする必要ある?」


 体裁を保つのはもちろん大事だと思う。

 でも曽我部さんは僕んちまで15分くらいは歩くっぽいのだ。


「僕んちに来る時間で朝勉でもやった方が良くない?」


 それこそ、曽我部さんは勉強に集中するために男除けを始めたわけで、ニセ交際に力を入れるのは本末転倒感があるような。


「大丈夫です。朝は低血圧で元々勉強に集中出来ませんから、せいぜい単語帳を眺める程度にとどめています」


 見目麗しい蜂蜜色のショートヘアをるんと揺らしながら、曽我部さんは澄まし顔でそう言った。

 その手には確かに単語帳が。

 低血圧でそれくらいしかやれないなら、まぁ別に大丈夫……なのか?

 

「それより、出発しませんか?」

「……あぁうん、そうだな」


 のんびり話していたら遅刻してしまう。

 僕らは並んで外へ出た。

 

 すると――


「ふーーーーーーーーーーーーーーーん」


 蚊の羽音みたいな唸り声が聞こえてきた。

 その出どころはと言うと……、


「――わざわざ圭太を迎えに来るだなんて、圭太と付き合ったことと合わせてあなたってとんだ物好きだったのねぇ? ア・リ・シ・ア・さ・んっ」


 隣家から同じタイミングでツカツカと歩み出てきた日和である。

 腕組みしながらどこかムッとした表情。

 なんだよそのしゅうとめみたいな態度は。


「あれ? 日和さんって東海林くんのお隣さんだったんですか?」


 曽我部さんがキョトンとしている。


 ちなみにこの2人、教室内の班が一緒なので知らない仲ではない。

 友達と言える関係性ではないと思うけど。


「そうよアリシアさん、私は圭太のお隣さんにして十数年来の幼なじみなの。アリシアさんみたいなポッと出とは年季が違っているわ」


 ……なんで急に幼なじみであることを誇り始めているんですかね。


「圭太と付き合い始めるのはまあ百歩譲って勝手にすればいいと思うけれど、残念ながら圭太にはもう私の手垢が付きまくりだという事実を理解した方がいいわね?」

「手垢ですか?」

「そうよ。私と圭太はちっちゃい頃にお風呂を共にしていたし、寝るのも一緒だったし、たまにキスもしていたわ」


 赤裸々な暴露やめて。

 

「でもそれって昔の話ですよね? 過去の栄光を誇るのは現状に実績のない人がやりがちな恥ずかしい行為であると理解した方がよろしいかと」

「ぐはっ……!!」


 日和に9999のダメージ。

 曽我部さんキレキレ過ぎる。


「十数年来の幼なじみだろうとなんだろうと、今のカノジョはわたしです」


 そう言って曽我部さんが僕の手を握ってきた。

 うお……ここまでやるんかい。


「……ほ、本当に圭太と付き合っているの? 圭太に何か弱味を握られているとかそういう話じゃなくて……?」

「そういうことでは一切ないので安心してください」


 曽我部さんは澄まし顔で日和にそう告げたのち、


「さあ東海林くん、行きましょうか」


 僕と手を繋いだまま歩き出してくれた。


 ……体裁を保つためとはいえ、ここまできっちりカノジョを演じてくれるのなら、これはあまりにも役得だよな。


 でも所詮は演技なんだからどうでもいい。


 僕自身、勉強にしか興味がないんだ。


 片手に持った単語帳に視線を落とす。


 けれど……曽我部さんの柔らかな手の感触が集中力を阻害してくる。


「……いざ実際にこういうことをするのって結構恥ずかしいですね」


 隣では曽我部さんも、頬を赤くしながら小さくはにかんでいた。

 どうやら照れ臭いのは僕だけじゃないようでちょっと安心する。


 一方で背後からは「ぐぬぬ……負けないわ……」と野犬のような唸り声が。


 負けないとは一体なんのことなんだか……。

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