僕にカノジョが出来たその日から、僕の非モテを煽り散らかしてくる幼なじみの様子がおかしい

新原(あらばら)

第1話 ニセ交際

圭太けいたにはいつになったらカノジョが出来るのかしらね~?w」


 さて……朝から喧嘩を売られている。

 50センチも離れていないお隣の窓からだ。

 

「高校生になって3ヶ月目、春が来る気配はなさそうね~?w」

「そう言うお前だって彼氏居ない歴まもなく16年目に突入する非モテのくせに何言ってんだ?」

「私は告白自体はされまくりだから一緒にしないでちょうだいw」


 さっきから草を生やしたような口調で煽り散らかしてくるこいつは僕の幼なじみで佐々野ささの日和ひよりと言う。

 オギャーと生まれてから高1の6月現在までずっと一緒の腐れ縁。

 ご覧の通りのお隣さん。

 見た目は黒髪清楚系の美少女だが、その実態は清楚の欠けらもない。

 せいそはせいそでも中国史の暴れん坊・西楚覇王せいそはおうの項羽さんが前世なんじゃないかと思うくらい、ぎゃーすかうるさい女だ。


「告白されまくりだっつーなら、なんでお前にゃ彼氏が居ないんだよ。全部断ってんのか?」

「そうよ!」

「なんで?」

「な、なんだっていいでしょそんなのっ」


 誤魔化すように日和はそっぽを向いていた。


「とにかくっ、私は彼氏なんて居なくても告白自体はされまくりなのよ! 一方で圭太は一切告白されない非モテ男! これは揺るぎない事実だわ! 悔しかったらカノジョでも作って私に報告してみなさいよ! どうせ無理でしょうから、いつかもし身近な私に泣き付いてくるようなことがあれば仕方なく恋人になってあげることを検討してあげなくもないかもしれなくもないわね!」

「なんでお前に泣き付かなきゃいけないんだよ。自惚れんな」

「ふんっ、うるさいのよアホ圭太!! ばかばか!!」


 語彙力を無くした様子で吐き捨てながら、日和は朝メシに行くためか自室をあとにしていた。

 相変わらず横暴なヤツだ。

 RPGのラスボスとかの方がまだ話せる相手だろ。


「大体、カノジョなんか不要なんだよ」


 僕は恋愛に興味がない。


 親の離婚を味わったからだ。


 好き同士で結ばれたくせに、末期の頃は顔を合わせるたびに口論していた。

 そんな光景を小学生の頃に幾度となく見せられた僕が「結婚ってクソだな」と思わないわけがなかった。

 今もその思いは変わっていない。

 だから結婚願望がない=恋愛に興味がない。


 僕が興味あるのは勉強だけ。


 母さんの仕事だけじゃ3年後の進学費用がつらそうだから、大学の特待生枠を目指して高校3年間は勉強を頑張ると決めている。


 恋愛なんぞに、時間を費やすつもりは微塵もない。



   ※



「――わたしをカノジョにしてくれませんか?」


 ところが6月初旬のこの日、僕は昼休みにそんな告白を受けてしまう。

 非常階段で1人静かに惣菜パンを囓っていたときのことだ。


「……僕に言ってるのか?」


 思わず訊き返してしまった。

 だって僕に告白してきたのは、この市ヶ峰いちがみね高校の偶像にしてクラスメイトの曽我部そがべアリシアさんだったからだ。

 蜂蜜色のショートカットが似合うハーフの美少女。

 可愛すぎる新入生――4月の頃にそう呼ばれ、本人とは無関係にあれよあれよと学校一の美少女の座に上り詰めた存在だ。

 ちなみに日和もその扱いだったりする。みんな見る目が無い。

 

「はい、あなたに告白していますよ。東海林しょうじ圭太くん」


 落ち着いた雰囲気で、曽我部さんは僕が座っている段差に腰掛けてきた。

 そして、


「わたしを、カノジョに、してください」


 改めてそう言ってきた。

 一体なんのつもりなのか……。


「……罰ゲームか?」

「いいえ、私がぼっちなのは知っていますよね? すなわち、そういうことを強いてくる友達は居ません」


 ……確かに曽我部さんはぼっちだ。

 休み時間も自習しているくらい勉強の虫ゆえに、周囲がコミュニケーションを遠慮しがち。

 曽我部さんに接触を図るのは告白目的の男子くらいだろうか。


 そんな曽我部さんに僕は勝手にシンパシーを抱いていたりする。

 特待生での進学を目指している僕も勉強の虫だ。

 今も単語帳片手。


 だからこそ、いきなりの告白に対する返事は決まりきっている。


「曽我部さん、悪いけどお断りだ。僕は今のところ勉強にしか興味がなくてね」

「はい、知っています。そんな東海林くんだからこそ、私は今告白しているんです――同じく勉強の虫である東海林くんなら、ニセ彼氏を承諾いただけるのでは、と思ってのことです」

「え……ニセ彼氏?」

「はい、ニセ彼氏です」


 想定外のことを言いながら、曽我部さんは言葉を続けてくる。


「もっと勉強に集中したいので、告白してくる男子対策としてニセの交際でカモフラージュすることを思い付いたんです。その彼氏役として協力を仰ぐなら誰が良いだろうかと悩んだ末に、同じ匂いのする東海林くんならご理解いただけるのでは、と思った次第です」

「そういうことか……」

「はい、いかがでしょう? もちろん無理強いは出来ませんけれど、お力を貸していただけたら凄く助かるのですが」

「ちなみに……曽我部さんが勉強を頑張ってる理由って訊いても?」

「妹のためです」


 曽我部さんは聡明な眼差しで応じてくれた。


「妹の病気を治してあげたくて医者を目指しています。勉強はそのためです」

「おお……かっこいい理由だな。妹さんは重い病気なのか?」

「えっと、普通に日常生活は送れますけど、動作系の病ゆえに激しい運動が難しい感じでして。ですからわたしが医者になって、手術してあげたいんです」

「治せる医者は現状居ない感じ……?」

「いいえ。居るんですけど、妹は手術が怖いんだそうです。なので少しでも怖く感じない方法があるとすれば、身内の私が手術してあげることだと思いまして」

「……ホントにかっこいいお姉ちゃんだな」


 そんな理由を聞かされたら、ニセ彼氏の件は断れない。


「分かった。そういうことなら手伝うよ、勉強に集中するための環境作り」

「……よろしいんですか?」

「ああ。本当に僕でいいなら、だけど」

「もちろんです」


 曽我部さんは感激したようにぺこりと頭を下げてくる。


「東海林くんであることに文句なんてこれっぽっちもありません。ぜひご協力のほどよろしくお願い致しますね」


   ※


 こうしてこの日、僕と曽我部さんが交際し始めたというニセ情報が校内に広まり始めた。


 結果として――


「――け、圭太!! アリシアさんと付き合い始めたってウソよね!?」


 この日の夜、お隣の幼なじみがなぜかうろたえ始めていた。

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