第3話-チュートリアル

「うへ~。」

一通り重要そうなルールに目を通して私は音をあげる。

「情けないなぁ。」

そういうドジだって先程からチラチラとあくびをしてるのが伺える。集中力が切れてきているんだろう。

「よし。私もとりあえずは読み終わったかなー。」

ワンテンポおいてリーダーもそう告げる。それにしても、説明にこそあったが、普通に考えたら不思議だ。インフォメーションと唱えただけでこんな画面が開くなんて。なんかもうほんとに、別世界に来ちゃったんだなぁって感じ。

「とりあえず、現在地はいわゆるどのチームのものでもない普通の箱のエリアっていうことでいいのかな。」

リーダーがそう言いながらマップを確認する。つられるように私もマップを開くと、確かに白いエリアに私たちであろう丸ポチが三つ点滅している。ルールの通りだと、このエリアは比較的安全なはずだ。となると、今はまさに、絶好の雑談チャンスなのではなかろうか。私はずっと聞きたくてウズウズしていたことを聞く。

「え、そんなことよりさ!みんな武器はなににした!?能力買った?」

私の質問に二人は目を見合わせて、それからクスッと笑った。え、なにその反応。

「なんで笑うのさ!」

「なんか、安心しちゃって。」

ドジの言葉の意味がわからない。なんかバカにされてる気がする、と思ってリーダーの方を見ると、リーダーも頷いている。

「褒めてるんだよ。貶してるけど。こういうよくわかんないことに巻き込まれて、よくいつも通りでいられるなって。急に変な場所に飛ばされたのに、僕らのなかで一番最初にチュートリアル?を終わらせて、この世界に参加する覚悟を見せたのもヤコだったでしょ。あれ、実は結構安心したと言うか、勇気をもらったんだよ。」

褒めてるのか貶してるのかわからないが、褒められてる気がする。そうなると悪い気はしない。てか嬉しいし、照れる。

「だって、私はほら。そう難しいこと考えるの得意じゃないけどさ。二人がいるってわかってたから。覚悟なんか今でもしてないけど、二人を信頼してるだけ。」

「…ありがと。」

私の言葉に今度はなぜか二人が少し照れたような反応を見せる。なんで!?

「とにかく、武器!私は剣と銃を一応一つずつ買ったよ。」

「ヤコらしいね。僕は銃と、小物を少々。」

「私も銃だけ。あとは貯めてる。」

そこまでいうと全員顔を見合わせて、不適に笑う。

「試したいよな?」

「とうっぜん!」

リーダーがマップを再度開く。

「すぐ近くにニワのエリアがある。行ってみよう。」

私たちは立ち上がって、ニワのエリアへと向かった。エリアの区切りはどこからなのだろうと皆で細かくマップを確認していたが、結果それは必要なかったかもしれない。なぜなら、すごくわかりやすい区切りが、そこにはあったから。

「あれが、ニワのエリアだよね?」

私が指差した先は、ここまでの自然が溢れていて、けれども整備されていたような道と違って、大地は乾いており、崩れかけの建物がいくつもある。荒廃した街。ある線を境に、急にそうなっているのだ。一応マップを確認したドジが、頷く。

「そうだね。まあ、予想通りというか見た目通りというか、向こう側がニワの世界らしいね。」

「私、いっちばーん。」

ドジが肯定するのと同時に、私は境界線の向こうに足を踏み入れる。楽しくなってきちゃった。

「ほんとヤコはこわいもの知らずだね。バカなのかな。」

悪態つきながらドジと、それに続けてリーダーもこっち側へと移動する。酷い言われようだ!

「バカなのはドジなドジだけですぅ。」

「僕はゲーム名がドジってだけだから。君の10倍思慮深い。」

「はいはい、そこまで。ほら、来たよ。チュートリアルしないの?」

リーダーが私たちを止め、向こうを指差す。指差された方を見ると四足歩行をし、角が生えており、顔があるべき場所には大きな穴がぽっかり空いてる、見た目からザ・敵、みたいなやつがこちらにじりじりと近づいて来ていた。私は感想をこぼす。

「うわ!不気味~。」

「いいじゃん。もっと人間の形に近かったりしたら、僕は善良な人間だから罪悪感で戦えなかったよ。」

「どこが善良なんだか。まあドジが善良って所以外は同意だけど。そんなことより私、現実世界の運動能力自信ないんだけど。」

「リーダーは僕のこと悪人だと思ってるの?ひどいなぁ。大丈夫でしょ、ステータスとかいう概念あったし。振ったポイント通りの運動能力になるんじゃない?」

「はい!私運動得意!」

わいわい話しているうちに、その化け物はふいにピタッととまり、それから

「わー!突っ込んできた!!!」

私の叫びを合図に、三人はサイドステップで回避する。私とドジはともかく、リーダーも見事に回避していて、やっぱりこの世界は現実の能力よりステータスが重視されているっぽい。

「よっ、ナイス回避、リーダー!」

私が囃し立てるとリーダーは「怖すぎるー!」と叫んでいた。

「やっぱ、ステータスが反映されているとはいえ、生身で戦うの怖いなー。」

あんまり怖くなさそうにドジが棒読みでそう答える。私はワクワクしてるんだけど、リーダーはそうでもないみたい。そう思ってたけど、真っ先にリーダーが銃をぶっぱなす。わーお。弾丸は化け物の身体に命中し、化け物はほんの少しよろめく。そしてすぐに体勢を立て直し、リーダーに向き直る。まあ、攻撃した人を攻撃するよね。それはそう。そして再び突進をする。

「怖いー!」

叫びながらもう一度回避を決めているリーダーをみてようやくわかった。あれは本気の怖いじゃなくて、いや本心は混ざってるかもしれないけど、あれはジェットコースターに乗ってるときとかの「キャー」と同じ感じなんだ。化け物のターゲットをリーダーが引いている間に、ドジも銃を打つ。私も合わせて引き金を引く。二発ともヒットしたけど、まだ化け物は倒れるに至らない。あれ、思ったより火力低いのかな、銃って。連射前提?それとも私が敵を舐めすぎてるだけかな。私は銃をしまって、敵に駆け出す。いち早く察したリーダーは、再び銃を化け物に打ち、敵の意識を散らす。三度化け物の突進。それを問題なくリーダーは躱し、十分に近づいた私が剣を振るう。ずしゃーっていう感じの形容しがたい音が聞こえるのと同時に、赤い鮮血が私の剣の起動に会わせて舞う。グォォンという鳴き声をあげながら化け物はのけぞり、そして、こちらの方向に向き直る。どうやら踏み込みが足りなかったのか、傷が思ったより浅そう。えー、今のはかっこよく倒せるところでしょ。そして、こちらを向いた化け物の、顔のある位置の穴に光が集まり始める。これは、もしかして、あー、ちょっと不味いやつ?

「ヤコ、バックステップ。」

ドジの声が頭に聞こえる。私はその声を聞いて間髪いれずバックステップ。次の瞬間、化け物のでない光線が化け物の身体に命中した。ようやく化け物が呻き声とともに完全に横に倒れたところで、私はとどめに胸のあたりを剣で深めに貫く。ピコンッと耳元だか脳内だかわかんない不思議な感覚の音声で「敵を倒しました。15ポイント獲得します。」と聞こえた。

「勝ったー!」

「なんか、やっぱり補正聞いてるっぽいね。銃なんか持ったことないけど外さなかったし、ヤコも剣なんか握ったことないでしょ。」

「うん。」

リーダーの質問に私は頷く。でも、完全オートではないんだと思う。現に、一回目は踏み込みが足りなかった。悔しい。

「試したいことも試せたしね。まず、通信機能。それと、光線銃。」

ドジは満足そうに倒れている化け物近づく。

「そう!ドジの声、脳に直接?なのかな、聞こえた。世界の声みたいに。あと、かっこいいビーム!あれなに。」

「一つ目のは通信機能。メニューのミニマップの下らへんにあったよ。チームの人か、プレイヤー名の選択が必要っぽいけど。それと二つ目のは光線銃。一個目の銃、多分皆同じ、一番安いの買ってるでしょ。ステータスみてみ。」

「え、どうやって?」

「それもメニュー画面から見れるよ。」

言われるがまま、私はメニュー画面を開き、銃のステータスを見る。25/1pと書いてある。

「多分、これは一発辺り一ポイント消費で25ダメージということなんだと思う。で、僕の光線銃は一発あたり260ダメージ。10ポイント。」

地味に高かった、今の戦闘の消費もあわせてもうポイントからっきし。と付け加える。リーダーは唸る。

「うーん、なるほど。つまり化け物はそれなりに化け物だったのか。私もその光線銃を買っておくべきか?」

「たぶん、対人戦は普通の銃の方が重宝するんじゃないかな。今のは回避性能が鈍い化け物だったから一撃の重さが重い方が活躍しただけで、人相手に一発はずして10ポイント無駄にするのもったいないよ。それに、たぶん、人相手なら銃だけでも十分な殺傷能力あるんじゃない?この世界の常識わかんないけど、元の世界の常識として。」

私がそう言うと、ドジが僕もそう思う、と頷いてくれて、リーダーもなるほど。と納得してくれた。

「私、剣おすすめ!多少の動きはステータスが補正してくれるし、なによりポイント消費しないで大きなダメージに繋がるから!」

「僕はパスかな。てかそもそもポイントないし。」

「私は買っておく。銃だけだと、この先の化け物退治が難しそう。それに、毎回ポイント消費してポイントゲットって、おいしくないしね。」

リーダーがメニュー画面を開き、どの剣がいいんだろう?と武器を吟味する。

「待って、あとにした方がいいかも。お客さん。」

おもむろに頭にドジの声が響く。さっきのあれだ。私とリーダーの背中に緊張が走る。さっと辺りを見回すと、確かに二人、恐らく男女のような人影が見える。確か、ルールでは、人同士の交戦もニワのエリアでは認められている。

「ねー、どう思う?新規かな?新規かな!」

「装備もごてごてしく無いし、この辺にいるってことは新規プレイヤーぽいけどな。聞いてみようぜ。」

二人の会話が徐々に聞こえるようになってくる。私はいつでも剣を出せるように構え、リーダーとドジも、すぐに攻撃、回避に移れるような姿勢にいつのまにか変わっている。

「おーい!」

男の人がこっちに向かって手を振る。それは敵意とはまるきり正反対の声だった。あれ、なんか、大丈夫そうじゃない?私はそう思ったけど、それでもこっちの二人、特にリーダーは警戒心をフルマックスで、緩めそうもない。相手は相手で、警戒心も何も無しにこっちに歩いてくる。いや!大丈夫そう大丈夫そう!好い人だよ。この世界に来て、ルールを知って、ピリピリしすぎたのかも知れない。

「おーい!」

私も元気よく手を振り返す。隣の二人の反応は見ないことにする。私が手を振り返したのを見て、歩いてきた二人はほっとしたように見えた。

「ねね!三人とももしかして、新規プレイヤー?」

ようやく顔が見え、会話できるような距離になって、そして悪く言えばお互いの射程距離に入って、相手の素朴な笑みと、こちらの緊張した顔の差がよくわかる。悪いけど、私にはそれが少し面白い。

「おい、急に質問で話しかけるな、ネコ。相手が緊張してるのがわからないのか。それに、もし新規プレイヤーだったらなおさら警戒するのは無理ないだろ。」

女の人が私たちに話しかけたのを諭すように咎め、それから今度は男の人が話しかける。

「君たちが警戒するのは当然だ。失礼とは思わないから、そのままでもいいから少し話だけでもしないか。俺たちはすぐ近くのエリアのチームの所属なんだ。檜木ってチームなんだけど。俺はカイでこっちが」

「私は寝坊したネコ!最初にゲーム名こんなので登録しちゃったせいでずっとこれー。正式名が長いからみんな略してネコって呼んでる。よろしくね~。」

ネコさんが手を振り、カイさんもよろしくと軽く会釈をする。

「私はヤコ。こっちが」

振り向くと、ドジももう警戒心をほどいたようで

「ドジです。こいつに悪口でつけられました。」

なんて私を指差して初対面の人の前で軽口を叩き始めるくらいに余裕を見せる。

「で、そこの緊張してるのがリーダー!あ、そういうプレイヤー名ね。よろしくお願いします!」

私は今だなお警戒心を解かないリーダーの分も自己紹介する。いや、他己紹介か。それから、リーダーを説教。

「もう!リーダー。いつまで警戒心もってるの。おしまい!」

「でも、それでもし敵だったらどうするのさ。」

もー、と私が文句を言おうとしたら、いいんですとカイさんが止める。

「リーダーさん。これを聞いた上で信用するかどうかは任せるから、一応言い訳というか、説得させてくれないかな。」

カイさんがそう提案し、ネコさんがおー、とわざとらしく手をたたく。

「俺たちはたまたまこの辺を巡回していて、戦闘音が聞こえたからこっちに足を運びに来た。巡回理由はさっきも言ったとおり、この辺に俺たちのチームのエリアがあるからだ。で、こっちに来たら、なにやら見覚えのない初期装備の三人。だから新規プレイヤーかと思って、近づいて声をかけてみたってわけ。」

「私たちが他のチームのプレイヤーで、攻撃される可能性は考えなかったんですか?」

なんか、いつもよりリーダーが好戦的だ。こんな挑発的な口調のリーダー、珍しい。そう思っていると再び脳に声が響く。

「たぶん、わざとだよ、あれ。本当はもうそこまで警戒してないと思う。向こうに攻撃意思がないのわかったからって、情報を聞き出せるだけ聞き出そうとしてる。ちゃっかりしてるよ。」

なるほど。さすが我らがリーダー。頼りになる。あと、がめつい。

「まず、君たちがもし本当に敵なら、攻撃する理由がない。」

「理由がないっていうのは。」

「さては君、抜け目ないな?隠す理由もないから教えるけど、人は倒してもポイントにならない。」

私は「あっ。」と声をこぼす。私だけでなく、二人もなるほどと頷いているので、たぶん三人全員、カイさんの言葉で、もうある程度全てを察した。

「たぶん皆は新規プレイヤーで、ここがニワのエリアだから、人からでも襲われる可能性があると思って警戒していたんだと思うけど。でも実際は、イベント時以外で人同士が戦闘するケースは稀。手の内明かしてポイント消費してまで戦闘する理由あんまりないからね。しかもこの辺って実は僕らのチーム以外のチームはそこそこ遠いんだ。だから、わざわざ襲いに来る理由も無くてさ。」

隣接してるチーム同士が争うなんてケースは意外とあったりするんだけどねとさらりと少し怖いことを言う。そう言う意味では、私たちは初期スポーンはよかったのかもしれない。

「それに、万が一攻撃されても、あの距離なら上手く捌く自信があったからね。あいにくこれについては理由は内緒。他に聞きたいことある?新規勢が不利にならないよう、世界に関する常識とかルールは積極的に教えるけど。」

え、かっこいい!きっと、ステータスに自信があるのか、何らかしらの能力があるのかなのだろう。私もいつかそんなこと言いたい。そして、リーダーの考えも見透かされていたみたいだ。リーダーはようやく手を上げて「降参。失礼な態度をとってしまってごめんなさい。私はリーダー。よろしくね。」と挨拶をした。カイさんはとくに気を悪くした様子もなくニカッと笑って「よろしく!」と言ってくれた。

「じゃあ本題入ろうよ!」

ネコさんがカイさんに待ちきれないといった感じで話す。

「ん?あぁ、そうだな。」

カイさんは改めてこちらを一瞥したあと、「うん。」となにかを決意したように一人で頷く。それからニヤッと不適に笑って言った。

「良かったら、俺らのチーム入らないか?」

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箱ニワ戦争 @_cat

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