第1話-始まりの小箱

 「攻撃来るよ!回避!」

リーダーの声に反応するより早く、まばゆいレーザーが僕に伸びる。さらにそれより早く、ヤコが僕の身体を蹴っ飛ばしてくれたおかげで、レーザーが僕の身体を貫くことはなかった。僕は受け身をとって、そのままお返しにとレーザーガンの引き金を引く。リーダーとヤコもそれぞれ攻撃を繰り出していて、ばかでかい巨体はリーダーの攻撃だけをなんとか回避し、残り二人分の攻撃をもろにくらった。何度も攻撃を弾き、僕らを蟻のように潰そうとした巨体にとって、ようやくそれは致命傷となったみたいで、巨体は崩れ落ち、そのまま光の粒子になって散っていった。ピコンッとポイントが入った音がした。

「「「うぉぉおおおお!!!!」」」

安堵感と達成感が僕らのチーム皆の緊張の糸を切り、静寂を切り裂く声として辺り一面を走った。肩で息をしている僕は、その歓声を聞きながら、目蓋を閉じ、一瞬過ぎた今日までを、ゆっくり思い出していた。


 「かんぱーい。」

僕たちはちいさな居酒屋で、お酒を酌み交わす。

「まさか、準決勝まで進めるなんてね!」

ヤコが興奮の止まない声で嬉しそうに話す。

「それだけに悔しいけどね。準決勝も、うまくやれば勝てない試合ではなかったよ。」

リーダーが心底悔しそうにお酒を飲む。僕も確かにそう思う。今日の大会は、ほんとに惜しかった。ゲームサークルに入っている僕たちは今日、fpsの地方の公式大会に参加していた。メンバーはリーダーとヤコと僕の三人。リーダーはそのまんま僕たちのリーダーポジションだからっていうのと、名前が凛多りたって名前だから、リーダー。ヤコは矢島こはるのイニシャルをとってヤコ。ちなみに僕はドジ。曰く普通にプレイヤースキルはそこまで悪くないくせに、うっかりミスとか雑なミスが目立つからだそうだ。名前が土屋治なのもよくない。ヤコと同じ理論だとドジになるから。ともかく、三人で大会にでて、準決勝で負けて、今その悔しさをバネにやけ酒をあおっているところだ。

「あそこでドジがアホしてなければなぁ…」

ヤコがそういいながら僕を指差す。その顔はほんのり赤くて、酔いが周り始めてる証拠だ。

「バカ言え、その前の僕の二枚抜きがなければあの局面で死んでたって。」

かくいう僕も感覚が少しふわふわしていて、きっと少しよってる。僕とヤコがやいやいと言い合いを始めるのを、リーダーは優しい眼差しでみている。まあ、これがいつもの光景なのだ。そしていつも最初につぶれるのは決まってヤコだ。

「リーダァ、ドジィ。私だって悔しいもん。いつかもっと上手く…」

急に電池が切れたようにカクンと項垂れるヤコを、お会計をすましてから二人で抱えて、店の外にでる。

「どうするリーダー。ヤコはとりあえず持ち帰るけど、リーダーも来る?」

「ドジがいいなら、お邪魔しようかな。この前の格ゲー、決着つけようじゃないか。」

「お、いいね。負けないよ。」

タクシーを呼んで、僕とリーダー、それから意識のないヤコは僕の家へと運ばれる。家について、宿代と称されてタクシー代をリーダーに出されてしまい、ヤコをベッドの上に放ってから、僕らはゲームを始める。こういう日常が、楽しくて仕方がなかった。


 インターホンがなった。すでに二人は帰ったあとで、だから、最初僕はどっちかが忘れ物でもしたのかと思った。

「はい。」

「お届け物です。」

あれ、当てが外れたな。心当たりがない届け物だった。でも、荷物を受け取って見てみたら差出人が先日のゲーム大会運営だったから、なにか景品的なものだろう。正直賞金とか賞品とかなにも見ずに大会に参加してたからな。僕の目的としてはただ強い人たちと戦ってみたかっただけだし。まあ四位だったもんな。改めて考えるとやっぱり僕らはそこそこに頑張ったんだなと感じる。代表者はリーダーで登録してるはずだ。ということはこれはチームにひとつじゃなくて、一人ひとつなのかな。そこまで考えて、ふと、疑問が生じる。僕の住所は登録してないはずだ。登録したのは代表者のいくつかの個人情報と、チームのプレイヤーネームだけだ。なにかおかしい。僕はグループ通話をオンにする。リーダーは僕と同じで家がこの辺なのでもう帰っているのか、すぐに通話に参加してくれた。

「ねぇ、昨日の大会運営名乗るところから僕の家に荷物が届いたんだけど。」

「…それっておかしくない?」

さすがリーダー。これだけで僕の言いたいことをすぐに察してくれたようで、怪訝な声をだす。

「うん、おかしい。リーダー、間違っても僕の住所なんか登録してないよね。」

「当たり前。自分の住所で登録して、さっき私にも大会運営から荷物届いたよ。まだ開けてないんだけど。そもそも、君と違って私は確認してるから知ってるけど、今回の大会、賞金が上位三チームにあるだけで、後日宅配の賞品なんか知らないし、ましてや四位のチームにはなにもないはず。さっきまでは勘違いと思っていたけど、それ含めて、何か変。」

「ねぇ、さりげなく僕のこと悪く言うのやめない?」

真剣な話なのに突っ込まざるを得ないから、意地悪言うのはやめてほしい。事実だけに否定できない。ともかくそれが事実なら、やはりこの荷物はなおさら怪しいということになる。この荷物の正体が、僕たちにはわからない。

「やあやあやあ!どうしたの。なんかゲームする?!」

自然と下がっていっていた声のトーンをぶち壊す元気さが僕と、そして恐らくはリーダーの耳もつんざく。

「ヤコ。前も言ったけど、通話に入るときは初手の声量は調節してほしいな。」

リーダーが柔らかくヤコを咎める。ヤコは「はーい」と元気よく返事して、僕はこいつまたやるなと思った。

「悪いけど、ゲームの誘いじゃないよ。ヤコ、もう家?」

「そう、さっきついて、ちょうどなんか昨日の大会から荷物届いて。四位ってすごいんだねやっぱり!頑張ったかいがあったねー。」

「やっぱりヤコも届いたんだね。」

「もってことは皆届いたんだ。なんだろうね中身。」

ヤコはワクワクを隠しきれない声色で今にも開けかねない気がした。リーダーもそうおもったらしく、「ヤコ、一旦ストップして。」と静止させる。

「なんでー。」

不服そうにそう言ったけど、すぐに「あ、皆で一緒に開ける感じ?」と声の調子を戻す。相変わらず、喜怒哀楽が激しいこだ。

「変だと思わない?」

僕がそう聞くとヤコは少し黙る。考え込んだのであろう沈黙のあと、朗らかに「わかんない!」と答えるのは、きっと人を疑うことのないヤコの純粋さゆえの、いいところなのだろう。またの名をバカという。僕は心の中でそっと彼女に賞賛と罵倒を添える。

「僕とヤコは住所を登録していない。」

僕がそう告げると、そこでヤコはようやく気付いたようではっと息をのんだのが電話越しで聞えた。

「怪しい。」

作ったような訝しむ声に、僕はほんの少し苦笑する。ヤコはきっと、この状況を楽しんでいるのだろう。そして、僕とリーダーも。

「今日、予定がある人。」

リーダーの質問に誰も答えない。

「今日、暇なバカ。」

今度の質問には、僕とヤコが「はい!」「まあ一応」とそれぞれ答える。

「届いた景品を持って私の家ね。」

「りょ!」

「おけ。」

それを皮切りに、僕らは通話を終わらせる。果たしてこれはただの悪戯なのか。パンドラの箱なのか。僕は適当な身支度をすませて、リーダーの家に向かった。


 「ヤコ、遅いー。」

「ヤコがビリだよ。」

リーダーと僕が口々にそういって、ヤコが

「仕方ないじゃん!私だけ実家暮らしなんたから。二人はいいよね、一人暮らしで、家近くて。私も住ませてくれていいんだよ。」

と頬を膨らませる。

「それで。持ってきた?」

早速本題にとリーダーは僕たちに目を向ける。僕とヤコはまだ開封されていない段ボールを出す。

「開けても死なないとは思うよ、漫画じゃないし。メリットもないし。なんか可能性としては盗聴器とか、盗撮カメラとかその辺かなって思ったんだけど。でも結局住所漏洩については説明できないし。」

リーダーがそう言う。僕も同意だ。開けたからといって、即僕たちに害があるものというのは考えにくいと思う。だからこそ

「開けよう。」

僕が好奇心と決意が鈍らないように声に出してそう宣言する。異論はでなかった。先人を切ってリーダーがカッターでガムテープを割く。恐る恐る中を開けると、

「小箱…?」

中から出てきたの白い小さな箱に、三人全員が首をかしげる。なんというか拍子抜け、ではあるかもしれないんだけど、それが逆に怖い。なら、今度はその出てきた箱に、何が入っているというのだろうか。

「箱ニワ?」

ふと、ヤコがそう呟く。ヤコの視線の先に目をやると、たしかに箱の側面に「箱ニワ」と書いてある。そして、その反対側にも、「New Idea World is Already Ready」と綴られていた。

「ほんとだ。反対側にもなんかかいてある。どういう意味だろう。」

「え、なんて。あーん、、新しいアイデア世界の準備は…既にできている?」

僕が口に出した疑問に、ヤコが答えた。

「アイデアじゃなかてイデアじゃない?理想。新しい理想の世界。」

リーダーがそう訂正する。残念ながら僕とヤコは勉強が得意ではないので、へーと感心するしかない。

「うーん、どのみち、どういうこと?」

各々考えてみたけど、今以上の考察を深めることができない。皆考え込んでしまったため、その場を沈黙が支配する。

「とりあえず、この箱も開けよう。」

リーダーがそう切り出した。それがリーダーの決断らしい。先ほど使い捨てた好奇心と勇気をもう一度奮い立たせた僕たちは、身を乗り出す。息を飲んで僕らが見守るなか、リーダーは、その小箱を開けた。

 すべては一瞬だった。箱は開けられると同時に眩い光を放ち、次の瞬間、光が収まると同時に勝手にしまっていた。そして同時に、リーダーが、消えた。

忽然と姿を消すという言葉が、これほど状況とマッチすることもないと思えるくらい、唐突に、跡形もなく。そして、僕の見間違いでなければ。

「どうしよう、ドジ!!リーダーが、リーダーが箱に!」

リーダーは、箱に吸い込まれてしまった。

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