第2話-New Idea World is Already Ready

「ようこそ。箱ニワの世界へ。」

私の頭に、機械音声のような声が直接響く。目が慣れてきて、ようやく自分が白い空間にいることがわかった。てっきり先程の閃光のせいで自分の視界が白いのだと思っていた。上下も左右も前後も完璧な白のせいで、不思議な感じがする。立とうとして、ふらっとする。脳が混乱して平衡感覚を保つのも一苦労だ。そして、その白い部屋にたたずむ、白装束に白い猫のお面の人がいた。あーもう、白ばっかり!

「初めまして。」

先程の頭に響く機械音声と違う、普通の言葉だ。

「ようこそ皇凛多様。」

「…私を知っているの?」

目の前の白装束に名前を、本名を呼ばれて、私は眉を潜めた。動揺で、声が震えている。

「はい。申し訳ございません、まだこちらの世界でのプレイヤー名をお聞きしておりませんでしたので、便宜上本名で呼ばせていただきました。」

その謝罪は、本名を知っていることではなく、本名を呼んだことに行われた。まるで、本名を知っていることは当たり前であるかのように。最初からすべておかしかった。住所を知られている件も、箱に吸い込まれたことも、なにもかも。これは、異常な事態だ。なら、異常事態イレギュラーとして諦めて呑み込まなければ。落ち着け、ゲームでだって、よくあることだろう。

「ここはどこ。箱ニワの世界って、なに。」

私は無理やり自分を落ち着かせて、その取り繕った冷静さで会話を試みる。

「ここは、新しい理想の世界。理想を勝ち取る世界。我々の作った、仮想空間の世界でございます。名前の方は、小箱の中に作った空間であることから箱と、New Idea World is Already Readyの頭文字NIWARをローマ字でよんだニワで組み合わせて、箱ニワの世界と命名、呼称させていただいております。なお、名前は僭越ながら私のアイデアでございます。お洒落でしょう?」

「あんまり答えになってないんだけど。つまり、バーチャルの世界に拉致られたって解釈でいい?」

「箱を開けたのは皇様のご判断ですし、拉致という言葉は我々的にはあまり好ましくないですが、まあ事実、事前説明の全くない上、許諾を得る前にこの空間に連れてきてしまった無礼、皇様からすれば拉致に変わらぬ行為ですので、そう捉えていただいて構いません。お早いご理解とても助かります。」

うだうだとまわりくどいこの白装束の言い回しに、私の心はいつの間にか不安よりもイライラが勝ってきていた。

「目的はなに。」

私は語気を強めに、言葉を放つ。こんな謎技術の集大成みたいなものを使ってわざわざ私を拉致しているんだから、殺すつもりならとっくに殺せてるだろうし、私はそれなりに大事な人材なのだろう。

「皇様には…」

「ちょっとまって。」

聞いといて悪いけど、私は我慢の限界で言葉を遮る。

「名字で呼ぶのやめて。私あんまり好きじゃないの。さっきの話聞いた感じ、プレイヤー名つけられるんでしょ。」

「それは、失礼いたしました。それでは順番は前後してしまいますが、お先にプレイヤー名の方をお伺いさせていただきます。」

深々と頭を下げる白装束に、私は「リーダー。」と言う。

「リーダーで登録して。てか、そういうのも知ってるんでしょ、白々しい。私、基本ゲームの名前それで通してるの。」

「畏まりました。それではリーダー様でご登録させていただきます。ではお話を戻しますが、リーダー様にはこの世界のプレイヤーとして、他のプレイヤー方と協力し、或いは対戦し、ポイントを集めていただきたいと存じます。この「ポイント」は多種多様な使い道があり、衣食住、娯楽などを揃えるための物資購入や、能力の購入、情報の購入などさまざまなことにご利用いただけます。」

「それは、このゲームの目的でしょ。私を拉致した…私をこの世界に参加させたあんたらの目的はなになわけ?」

「それに関しましては、ポイントをご利用いただくことでお答えすることができます。」

お面のせいで顔がわからないけど、さぞ澄まし顔で平然と答える白装束に、私は再度いらっとする。と同時に、それとは別にどこか冷静に、少し意外に思う。そのポイントやらを消費すれば、そういう話を聞くこともできるということだ。

「どうやったらクリアになるの。」

「…リーダー様は日常生活になにかクリアすべき事項があるのですか?」

は?、と言葉を出す前に、向こうが続ける。

「いえ、言葉が難しいのですが。もちろん、人によって、入学、卒業、就職など、様々な細かい到達目標があり、それぞれの達成感があることは重々承知しているのですが。リーダー様の世界での日常において、例えば今の例えでいいますと、大学卒業が一つの到達目標であったとして、それを達成したからといって、クリアとはならず、次は就職という到達目標が立つ。ましてや、それをわざわざ誰かからクリアという通達をもらおうとは考えないのではないでしょうか。」

強いていうならばよりたくさんのポイントを集めていただくことですかね。と付け足して、白装束はそれ以上でもそれ以下でもないというように、他になにかご質問は?と話を終える。別に、理屈的には変なことを言っているようには聞こえない。現実にだって明確なクリアのないゲームは山ほどあるし、クリア自体はできても、そのあとのエンドコンテンツ、いわゆるやり込み要素が深いゲームだって今思うと明確なクリアをどこにするのか迷いどころだ。問題は、問題なのは。てっきり、私は、ゲームクリアすることで、この世界から脱出できるとばかりに勝手に解釈していた。違った。クリアがないというのなら、この世界は、いつ終わるのだろうか。終わらないのだろうか。プレイヤーは、この世界に閉じ込められて、帰ることができないのか。こいつは、この世界のことを一度も自分からゲームだと言っていない。これは、私の日常になるのだ。日常を塗り替え、侵食する、最悪の拉致だ。思考を巡らせ、一瞬パニックになる。

「おや、プレイヤー名ヤコ様が先に世界に参加する準備ができてしまったようです。意外ですね、我々運営の予想では彼女が一番混乱を沈めるまでに時間がかかり、参加準備が完了するのが最も遅くなると予想していたのですが。ヤコ様はリーダー様と、プレイヤー名未登録、土屋様と同時に世界に参加をご希望なされましたので、待機していただいております。」

知ってる名前が、私の混乱を沈めた。二人も、どうやらこの世界に連れてこられたらしい。名前を聞いただけなのに、一瞬で私の動揺は収まり、思考がクリアになる。

「現実世界と箱ニワの世界の時間と空間のギャップは?それと、帰宅に何ポイント必要なの?」

「箱ニワの世界は完全に元の世界と別離しておりますりゆえに、基本的には箱ニワの世界にいる間はプレイヤーの元の世界の時間が進むことはありません。ですので、例えば元の世界に戻った際には皆様がそれぞれ箱を開けた瞬間のタイミング、ということになります。帰宅に必要なポイントについてですが、こちらは現在のリーダー様ですと100,000ポイント必要ということになります。なお、現在のリーダー様の所持ポイントは100でございます。」

ポイントの相場がわからないけど、帰れることと、帰らせるつもりのないことは何となくわかった。

「上等!」

自分を奮い立たせるために、そう声を出す。絶対に三人で帰ってやる、そう意気込んで、私は自分の頬を叩いた。古典的だけど私の好きな、やる気の出すための儀式。

「覚悟がお決まりのようですので、ここからは、世界に関するお話をこちらからさせていただきたいと思います。まず、基本的なルール、「運営」からの情報、ニュース、コミュニケーションツール、自身のステータス、物資の売買など全てはリーダー様自身を媒介したデータベースチップから行えますので、インフォメーションと唱えていただければバーチャルメニューが開きますのでそちらからご確認、ご使用ください。慣れてきたらインフォメーションと頭で想起するだけで開けるようになると思います。」

私はためしにインフォメーションと唱える。なにも起こらなくてじとっと白装束を睨むと「世界に参加していただいて以降機能しますので。」とたしなめられる。

「続いて、本来はこの世界の基本的ルールを細かくお話するのですが、リーダー様とは問答が長くなってしまったため、インフォメーションにも載っていますし、なによりお二人も協力者がいますので、誠に勝手ながら割愛させていただこうかなと思います。」

なんか、勝手に割愛された。まあ、どうせこのルールとやらも一筋縄ではないのだろう。一度聞いたところで全て理解できると思えないし、どうせあとでインフォメーションを開くことになるのだからよしとする。

「最後に、リーダー様のステータスを決めていただくことになります。ステータスは体力、攻撃力、速さ、器用さ、その他各能力に100ポイントを振り分けていただく形で決めていただくことになります。また、それとは別に各プレイヤーは初期所持ポイントとして100ポイント所持していますので、そのポイントを消費して武器の購入、能力の購入、情報の購入をしていただくことができます。なお、武器の購入はインフォメーションからいつでもしていただくことができますが、能力の購入、情報の購入は今回や、毎月月末に行われますメンテナンスなど、「運営」と直接話せる際にしか購入いただけませんのであらかじめご了承ください。」

また、一番時間のかかりそうなものが最後に出てきたな。私は最初に、能力の購入について聞く。

「この、能力の購入ってなに?」

「文字通り、能力を購入していただきます。プレイヤー様が自身でほしい能力を定めていただき、我々「運営」がそれに見合った必要ポイントを提示しますので、その分だけポイントを消費していただくことで、その能力をプレイヤーが獲得します。また、さらにポイントを消費することでその能力にオリジナルマークがお着きします。通常の購入された能力は他の人も同様の能力を求めれば、同じだけのポイントを消費することで獲得できますが、オリジナルマークのついた能力は新規能力獲得は不可となります。まあいわゆる特許だと思っていただけますと幸いです。こちらのオリジナルマークに必要なポイントの方も能力毎に異なり、「運営」により設定させていただきます。オリジナルマークにつきましてはインフォメーションからでも購入いただくことができます。」

なるほど。つまり、どんな能力でも手に入るけど、とんでも能力はどうせぶっ飛んだポイントが必要になるよという話だろうな。

「では改めて、なにかご希望する能力はございますか。」

「じゃあ、私が敵と認識した物を、見ただけで倒す能力。」

こういうのは、一度無茶苦茶を言ってみるものだ。ヤコの無茶振りから学んだ。

「…では、そちらの能力は10,000,000ポイントで販売させていただきます。リーダー様、わかっている上でわざとそのような提案をしていただくことはおやめしていただいてもよろしいでしょうか。」

事務的に必要ポイントを教えてくれたあと、心底困惑したように白装束が言った。初めて私は優位に立った気がした。ざまぁみろ。

「はいはい。えー、じゃあ。」

私は思い付いた能力を、ない語彙を最大限発揮して伝える。言葉選びが難しい。しかし、複雑な言葉で複雑な能力を説明しなければ、解釈次第では、ただの雑魚能力かアホみたいにポイントの高い能力になってしまう。私の説明を聞いて白装束はしばし逡巡したあと、「それでしたら、350ポイントでご購入いただくことができます。」と言った。

「おっけー。言ったね?月末また買いに来るから、待っててね。」

私は武器一覧を吟味し始める。

「プレイヤー名ドジ様が世界に参加する準備ができたようです。お待たせしてしまっても悪いですし、武器の購入は世界に参加してからでもよいのではないでしょうか。武器の購入はインフォメーションからでも行うことができますよ。」

「どうせ高いんでしょ、若干。インフォメーションからの方が。おかしいもん、能力と情報の購入はともかく、インフォメーションにもある武器購入が運営の人と直接できる機会がわざわざ設けられてるの。」

どうやら当たりのようで、白装束は黙ってしまった。それを尻目に、再び私は武器を吟味し始める。ボソッと声が聞こえた。

「私はてっきり、リーダー様が最初に終わるかとばかり。」

そのめんどくさそうな声は、きっと運営としてではなく、うっかりぽろっと出してしまった本音なのだろう。そんな感情が表に出てしまった白装束に私は笑いかける。

「下調べ不足だね。私は実は三人の中で一番、こだわりが強いんだから。」

なんの武器を使うか。その上で、どうステータスにポイントをふるか。待たせてる二人と運営には悪いけど、私はしっかり存分に選ばせてもらった。

「準備はよろしいですか。」

「お待たせ。もういいよ。」

「畏まりました。それでは、世界からの問いかけにお答えしていただけたら世界への参加が決定されます。私からは以上ですので。」

世界からの問いかけってなんだと思うのと同時に、頭に直接声が響く。一番最初の、あの機械音声。これが世界の声なのか。

「New Idea World is Already Ready。Are You Ready?」

はじまる。やってやろうじゃん。世界の問い掛けに、私は答える。

「Ready!」

成り行きに任せてそう叫ぶと、再び眩い閃光が私を包む。変に暖かい光が私を呑み込むのを感じ、意識がプツンと切れた。


「願わくば、貴女達の退屈がぶち壊れますように。貴女達の理想を勝ち取れますように。」

白い装束を纏い、白い猫のお面を被った者が最後にそう呟いた。

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