第3話 信長の父

 政秀と儂は庭から部屋へと戻りながら、今後の予定について話していた。


「殿、逆行なされたばかりですが、父君がお会いになりたい、とのことです」


「だが、ここから古渡ふるわたりまでは、少し遠くないか?

童の体では、流石に堪える」


 短い足を駆使して歩く儂は、政秀にそう反論する。それに対して、政秀は大真面目に言った。


「殿、父君は現在、この那古野なごやの館にいらっしゃいます」


 失言に気づいた儂は、慌てて訂正する。


「そういえば、父上は儂に那古野なごやを任せるのはちょうどこの頃か、そのすぐ後だったな」


 🥀 🥀 🥀


 儂が下座につくのは、何年ぶりだろうか。そう思いながら待っていると、


「面を上げよ」


 約30年振りの父上の声が聞こえた。ゆっくりと顔を上げると、そこには。


「そなたにとっては久方ぶりかな、於吉おきち


 昔と何も変わらない姿で、父上がいた。すぐ隣には母上も、同じように座っている。


「父上、お久しぶりです。

本能寺より、某は逆行致しました。

母上、今生もご息災で何よりです」


 母上は、ふっと笑って言った。だがその笑みは、前世のあの時と違って、下心は一切無さそうだった。


わらわは、そなたらが寿命を全うしてほしいと願っておる。

努々ゆめゆめ、討死なぞするなよ」


「ははっ」


 軽く一礼しながら、儂は思う。「そなたら」?今ここには、父上、母上、儂、政秀、そして小姓数名のみのはずだが、……まさか政秀や小姓に言ったものではないだろう。それならば、他に逆行者がいるはずだ。


 よく見回すと、いた。ただの小姓だと思いこんでいたが、もう一人この場にいる。


 儂より5、6歳ほど年長の少年が、くるりと儂らに向き直る。背後にはまるでなかった印が、正面には至るところについている。印は全て、乱暴な刀傷だった。


織田戊子丸おだ ぼしまる、前世は津田大隅守信広つだ おおすみのかみ のぶひろにございます」


 そう言って、戊子丸は一礼した。


「そうか、……久方ぶりだな」


 儂は、何ともいえない気持ちで戊子丸に言う。信広は確か、伊勢長島の一揆で討死したのだった。


「於吉」


 タイミングを見計らい、父上は儂に話しかけた。


「そなたに、この那古野をやろう。

……は、隠居する」


「謹んでお受けい……」


 「隠居」という言葉に、儂は快諾の意思を阻まれた。


「隠居……ですか。

しかし、いくら某が逆行者とはいえ、急過ぎませぬか?」


 その気持ちも、意思もよく分かる。儂も前世、さっさと信忠に家督を譲っていたからな。


 だが、それにしても隠居は早すぎる。儂がそう思い聞き返すと、父上は笑顔で言う。


「ああ、そうだ。

しかしな、聞くところによると、予は早死するらしい。

しかも、お家を傾かせて、だ

斯様かような暴君になるくらいなら、さっさと隠居をし、周囲への睨みを効かせたい」


 何も反論ができなかった。父上は、儂の知る父上ではなかった。儂の父上は、何よりも、身内と権力に弱く、甘い者だった。


 しかし今はどうだ。確かにそうであるが、それは父上の一面でしかない。父上は、確かに「尾張の虎」で、「器用のひと」だったのだ。


 だがそれでも、しこりは残る。


「元服は、如何いかがなされますか?」


 流石に元服くらいはしないと、周囲への示しがつかない。だが父上は、それも計算済みらしく。


「今日から1月後、大々的な元服をこの館で行う。

予が統制していた情報を開放し、我が家は乱世に泳ぎ出る」


 そう言って、ニヤッと笑った。

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信長逆行記 CELICA @murasaki_akane

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