第2話 逆行者の印

 泣きたいだけ泣き、感動の再会を終えた後、儂は前世と同じように政秀から、この世の常識を教わっていた。儂は用意されていた座布団に座り、政秀は片足を立てて座りながら。


「政秀、これは一体どういうことだ?

死んだ思えば、いつの間にか童の姿に遡っておる。

それは、そなたも同じようだが」


 政秀は、まだそこまで多くもない白髪を気にしながら、儂の質問に答えた。


「逆行、のようですよ」


「逆行、……記憶を保ったまま、魂が時を遡るとかいうものか」


 儂は、記憶の糸を探りながら、自分の知識に当てはめていく。これが、儂流の勉強である。


「はい。

討死、自害、事故、その他の非情な最期を迎えた者のみが、逆行者、または逆行衆として2周目の人生を与えられています」


「で、あるか」


 格好つけて言っているが、この場合の「で、あるか」の意味は、「認めたくない!……けれどそうしか考えられない」だ。儂は話すことがあまり好きではないため、こうして言葉を省略することが多々ある。


 そのことをよく理解している政秀は、自然と説明を付け足してくれる。


「まあ、この乱世では、全員そうではないか!とおっしゃりたいかもしれませぬが、家によって意外とその数には、差異があるそうです」


「差異?」


 儂がそう言うと、政秀はおもむろに立ち上がり、


「こちらへ」


と言って、儂を庭へ手招いた。そういえば、政秀は外を歩きながら何かを説明する癖があったな。


 儂も、慣れない童の体で一生懸命に立ち上がり、政秀の後ろについていく。


「例えば、単純に逆行者が多いところは、滅ぼされた家でしょう。」


「で、あるな」


 その通りだ。……だが。


「逆行者は、何かしらの落ち度があったから、逆行する。

つまり、お家の救世主が、逆に傾国の者となる」


 儂がそう言うと、政秀は


「その通りです」


と、相槌を打つ。だが政秀は、ただおもねるだけではない。


「しかし、甲斐武田家は、勇猛な者の多くが逆行者です」


 だろうな、儂とせがれの信忠が、丁寧に滅ぼしたからな。


「また、無能だとしても、逆行者にはある強みによって、実際に傾国に至る例は、まだ確認されていません」


「ある強み?」


 儂がそう言うと、政秀はいきなり立ち止まってしゃがみ、儂と同じ目線にした。そして、小袖を脱ぎ、儂に腹を見せた。


「な、その痕は……」


 政秀の腹には、鮮血と同じ色の十字傷がくっきりとあった。


「逆行者の印です。

その者の死因となった傷が、印となって現れたものです」


 政秀は立ち上がり、自分の小袖を整えながら、儂に説明する。


「この印は前世で死んだ時まで常にあり、この印がある限りは絶対に死にません。

更に、前世より長く生きた逆行者は、この印を剥がして、畳上者じょうじょうしゃに移すことで、彼らも前世の記憶を取り戻すことができます」


「じょうじょう者?」


「畳上者とは、前世で寿命を全うした、逆行者以外の全ての者のことです。

畳上衆ともいいます」


「で、あるか。

それは、難儀だな」


 政秀は、儂の意志を完璧に汲み取った。いや、違う。儂の方が、政秀の遺志を汲み取ったのだ。


「「天下統一が」」


 2人の声が、揃った。前世では、遂に叶っても政秀はおらず、別の見方では叶っていないもの。


 儂は、右肘から延びる、炎の形をした自らの印を見ながら、政秀に言った。


「責任はとってもらうぞ。

元はといえば、お前の辞世の句だからな」


「ええ、どこまでも」


 素直ではない元天下人と頑固な元傅役の心は、青空の下で、一つになった。

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