第12話5月4日

 篠目駅まで列車を写しに行って、自分の写した写真を眺めながら、郷子は

「たまには列車に揺られてどこか行くのもいいなぁ。私、鉄子さんになるかも」

そう思いながら、温也と一緒に写った写真を眺めていた。

「やっぱりお父さんが電車とか列車の乗務員じゃから、あっくんも詳しいなぁ」

やはり郷子は温也が鉄道好きなのは、光の仕事の影響もあるのだろうと思っていた。将来は温也と一緒に旅行作家になるのもいいかも。なんて、自分の将来の夢を漠然とではあるが思い描いていた。

 そして翌5月4日。いつもは休日は遅くまで寝ている温也が電話をかけてきた。

「郷子おはようごじゃりまする~。起きたかえ?」

「ふぉーい。今起きたじょ~。こんなに朝早くからどうしたの?」

「郷子、今日はなんか予定ある?」

「ちょっと待ってねぇ…。うーんとねぇ。今日は予定は入ってないけど?」

「そうなん?じゃあ、ちょっと自転車こいでさぁ、出かけたいところあるねんけど、、一緒に行かね?トシがねぇ、いいところがあるから行ってみれば?って教えてもらったところがあるんやけど」

「トシ君から?どこなんじゃろ?」

「自転車でだいたい30分くらいのところなんやけどね、鰐鳴八幡宮って知ってる?」

「あぁ、知ってる知ってる。そこに行くの?」

「うん。まぁ、行く理由はついたら説明するとして、もうちょいしたら、迎えに行くべ」

「もうちょいって今何時?」

「今8時になるところ。涼しいうちに行こうと思って」

「わかった。まだ私ご飯食べてないから、ご飯食べたら連絡するわ」

「OK」

「じゃあまた後でね」

そう言って、電話を切った。鰐鳴八幡宮は山口市小鯖地区にある社で、春の桜と秋の彼岸花で有名なところで、山口市大内地区と、防府市大道地区のちょうど中間あたりに位置している社で、普段は静かな佇まいが特徴の社である。ここに何しに行くのかなぁってちょっと不思議に思った郷子であるが、温也にも何か思いがあるのだろうと思った。

 やがてパジャマから着替えて、朝食も済ませて温也に連絡。

「あっくん、出かける用意できたよ」

「ほーい。じゃあ、今からそっちに行くわ」

「ラジャリンコ~」

それからしばらくして、温也が迎えに来た。早速自転車に乗って、山大のテニスコートの脇を通り抜けて、セブンイレブンを過ぎて信号を右に曲がって、問田川に沿って走って、かなり大きめなため池のすぐ先の交差点を右に曲がって、家を出て30分ほどで社に到着。

「ねぇねぇ、あっくんは今日はどうしてここに来ようと思ったの?」

「えぇっとねぇ、ここのご神体はカエルって。そのカエルには不老長寿のご利益があるって。それで、今度6日が郷子の誕生日やから、郷子が健康でずっと長生きできますようにってそういう思いを込めてね、来ようと思ったわけ。これからもずっと健康で俺のそばにおってほしいなって」

「ありがとう。あっくん、そんなに私のこと思ってくれてたんじゃ。なんかめっちゃ嬉しい。じゃあ、私もあっくんのこれからの健康と長生きを願ってお参りしよっと」

「んで、きょうもデジカメ持ってきたぜ。今日も郷子をモデルに写真撮るべ」

「じゃあ、私もあっくんモデルに写すよ~」

参道の前の鳥居の手前に自転車を止めて、二人で参道を歩いていく。ひっそりとたたずむ社が見えてきて、鳥居をくぐって境内へ。ご神体のカエルが鎮座するところで二人手を合わせて、お互いのこれからの健康を祈願した。

「トシ君もよくここ知ってたねぇ。私もこの前の道路を何回も通ったことあるけど、参拝したのは初めてじゃった」

「そうなん?まぁ、これからも健康に過ごそうぜ」

そして、参拝を済ませて、喉が渇くと思ったので、持ってきたボトルに入れた麦茶を二人で飲む。喉も潤ったところで、ゆっくりと自転車を走らせながら、

「あっくんねぇ、将来、二人で紀行作家みたいな仕事してみない?昨日さぁ、列車に揺られて出かけたの、めっちゃ楽しかった。あっくんと二人でならできるかなって思ったの」

「紀行作家かぁ。いろんなところに出かけて、いろんなものみて、その土地その風習や伝統などを知るのもいいかもなぁ。じゃあ、郷子にカメラマンしてもらおっかなぁ」

まだこの時点では温也も、まだ自分が将来なりたいものを決めているわけではなくて、ただ漠然と鉄道を生かした仕事ができればいいなっていう程度にしか考えてなかったのである。

「あ、そうそう、それから、6日にはレノファの試合がミラスタであるんじゃけど、一緒に観に行く?」

「おぉ。いいぜぇ。デーゲームなんやろ?」

「そうそう。モンテディオ山形戦」

「14時キックオフじゃから、またこの前みたいになんか作って持っていくわ」

「ほーい」

「じゃあ、11時くらいに家出よう」

「OK」

そう言いながら、家に帰り着いた。少し休憩していると泉が

「お兄ちゃん、今日昼からなんか用事ある?」

「昼から?特に予定はなかったと思うけど?なんかあるんか?」

「お昼ご飯食べたら、キャッチボールしに行かん?私野球したいから。学校じゃあ、私が女子じゃやから言うて、なかなか練習相手になってくれる男子がおらんのや」

「まぁいいけど。それなら俺のクラスメイトで野球部の奴がおるから、一緒に行くか?郷子にも聞いてみよう」

「じゃあ、ひょっとしたら、4人でミニゲームができるかもしれんね」

「まぁ、ちょっと待ってて」

そう言って温也は郷子に電話してみた。

「お疲れ~。少しは休めたかぁ?泉がねぇ、野球の練習の相手してほしいっていうてんねんけど、郷子はどうする?」

「私?私ならいいけど、野球はやったことないから、泉ちゃんの練習相手になるかなぁ?」

「まぁ、キャッチボールくらいと思うから、大丈夫なんじゃね?」

「うん、わかった。それじゃあ昼済ませたら連絡するわ。グローブはどうするの?」

「俺と泉は自分のがあるけど、あとはトシが持ってんじゃね?電話してみるわ」

「わかった~」

電話を切って、今度はトシに電話。

「あんなぁ、泉が野球の練習付き合ってほしいっていうてんねんけど、

トシはなんか用事あるか?」

「俺は今のところ用事はないけど。泉ちゃん、野球やってんの?」

「うん。昔から野球とかサッカーとか好きでなぁ。よくキャッチボールとか、サッカーボール追いかけまわしたりしてる」

「そうなんやぁ。俺としては野球好きな子がいてくれたら嬉しいんじゃけどね。じゃあ、昼過ぎにどこに集まるん?」

「小学校のグラウンド。あとね、郷子も一緒に行くって言ってたから、グローブ持ってたら貸してやってくんない?」

「俺のと別に、確か古いのがあったはず…。探してみるわ」

「サンキュー」

そうして、昼過ぎ。郷子から連絡があって、温也と泉二人で郷子の家へ。

「郷子さん、練習付き合ってくれてありがとうございます」

「いやいや。泉ちゃん野球好きなんじゃねぇ。私上手くできるかどうかわからんけど、頑張るね」

「じゃあ、行こうか」

そう言って3人で歩いて小学校に向かって、グラウンドの入り口で、トシと合流。

「郷子ちゃん、グローブあったから持ってきた。これ使ってね」

「ありがとうトシ君」

「じゃあ、まずはストレッチから」

体をほぐして、それぞれグローブをはめて、キャッチボール開始。

「じゃあ、お兄ちゃん行くよ~」

「おぉいつでもいいぜぇ」

泉が振り被って、温也の構えたところに向けてボールを投げる。小学5年生の女子にしてはかなり球速が早く、スパーンと言う小気味のいい音を立てて、温也のグローブにボールが収まる。それを見ていた郷子とトシは、かなり驚いて顔をしていた。

「泉ちゃん、すごい球速あるじゃん。ずっと野球やってたの?」

「うん、私わね、3年生の時から子供会の野球部に入ってたんやけどね、こっちに来てからなかなか野球できる人がおらんくて。そしたらお兄ちゃんのクラスの人で野球部の人がおるって聞いて、やった~って」

「そうかぁ。でも、ひろくんは野球はせんの?」

「ひろくんは、野球とかポーツよりも、宇宙とか自然とかの方が好きみたい」

「じゃあ次は郷子行くぞ~」

「へ?え?私?ちょっと待ってよ~。あんな速いボール、私捕れないよ」

「大丈夫。ほら」

温也が投げたボールは球速を落とした、山なりのボールであった。何とか捕球して次はトシに向けて投げる。

「トシ君いくね」

「いいぞ~」

郷子が投げたボールは、指に引っかかってしまって、大きくそれてしまったが、トシが難なく捕球。

「トシ君ごめーん。あさっての方向にボールが行ってしまったねぇ」

「ドンマイ。初心者なんじゃから、あれで普通よ」

「そうそう。私も最初はまっすぐ投げられんかったもんね」

「泉が始めたころは、何処にボールが行くか予測が出来んかったもんなぁ」

「ふーんだ」

「じゃあ、泉ちゃん行くぞ」

「いいよ~」

トシが投げたボールは泉のグローブにはまって、キャッチングも上手いってほめられて、泉も上機嫌であった。

そして1時間くらいキャッチボールをして、ミニゲーム。トシと泉・温也と郷子に別れてミニゲーム開始。バットはトシが持ってきてくれたので、それを使って、マウンドには泉が上がって、バッターボックスには温也。温也もずいぶん久しぶりにバッターボックスに立ったので、最初は泉の投げるボールにかなりてこずっていたが、なんとかバットに当てたが、泉がボールをキャッチしてアウト。郷子は生まれて初めてバッターボックスに立ったが、泉は郷子が初心者ということで、かなり球速を落としたボールを投げて、最初は空振りしていたが、何とか郷子もバットに当てることが出来た。そして攻守交代。泉がバッターボックスに立って、温也がマウンドへ。キャッチャーはトシが務めてくれて、兄との兄妹対決が実現。兄の投げるボールであったが、泉のバッティングもなかなかなもので、鋭い打球が温也に向かってきた。さすがに温也も捕れずに、ボールを追いかけていく羽目になった。

「泉ちゃん、ナイスバッティング」

「えへへへ~。久しぶりやったから、めっちゃ気合入ったわ~」

そして、今度は泉がキャッチャーに入って、トシがバッターボックスへ。温也も同学年ということで、かなり力を込めてボールを投げて、温也の球威にも少々驚いたが、それでも野球部の意地もあって、ボールをジャストミート。結構いい当たりが飛んで、再びボールを追いかけて、4人で野球を楽しんで、帰る時間になった。

「トシ、今日は泉の練習に付き合ってくれてありがとうな」

「トシさん、ありがとういございます。また練習に付き合ってくださいね」

「いや。俺も今日は楽しかったぜ。それにしても泉ちゃん、本当に上手いね」

「本当。将来は女子野球選手になりたいの?」

「うん、高校は、どこか女子野球部のある所に入学したいなって思ってます」

「頑張ってね」

あれこれ話しながら家に帰って、汗もいかいたので着替えて、ベッドに横になっているといつの間にか眠ってしまったようで、二人とも目が覚めたのが16時頃であった。

「お兄ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとうね」

「いやいや。久しぶりにキャッチボールできてどうやった?めっちゃ楽しそうにしてたやん」

「うん。最高に楽しかった。やっぱり野球はいいわ~。やめられんねぇ」

「よかったじゃん。そう言えば各プロ野球のレディースチームとかあるんじゃね?たしか、タイガーズも女子野球チームがあったと思うぞ」

「将来は女子野球部のある高校に行って、それから女子野球チームに入団できたらいいな」

「泉ならでできるんじゃね?」

「あれ?珍しくお兄ちゃん、私のこと応援してくれてんの?」

「当たり前じゃん。俺にとって泉はかわいい妹。妹の夢を応援するのも兄の役目やからね」

「ありがとう。お兄ちゃん」

泉はいつになく嬉しそうな笑顔を浮かべていた

 郷子も自転車で出かけたり、キャッチボールに参加したりして、かなり体を動かしたので、心地よい疲れに癒されていた。そして今日写した写真を眺めながら、泉の女子野球選手を目指すという言葉に、夢を追いかける楽しさや大切さを感じていた。

「私は、まだ漠然とした夢でしかないけど、紀行作家を目指すのなら、もっと文章力とか、表現力に磨きをかけないといけないな」

そう感じていた。それと、

「カメラワークについても研究しないと」

そう思い始めていた。

そうして5月4日は過ぎていった。

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