第14話

「……」


『とんでもなく嫌な感じがする。

ここから離れて様子を見たいが、暗示や魔術の時限もある。

とにかく進め』


などと、平時ならばアインはそういうふうに思考を巡らせるだろう。

しかし、暗示はまだ機能している。

様子見や何をしてくるかと言った考えが浮かばない。

今のアインは、どうやって最短で殺すか、が頭の大半を占めている。

刀への感動も、すでに忘却の彼方である。


アインは小袋から、矢を取り出す。

そして、既に手に持っていた弓を捨てる。

弓につがえることなく、矢をまるで小石を捨てるような軽さで投げた。

放り投げられた矢は、鏃が何かに引っ張られるように飛翔する。

速度はなく、ふらふらと蛇行しているが、一点を目指していた。

その時には、アインは籠手のように砲を右腕に装備していた。

前腕を隠すほどの砲は、矢の向かう先に向けられていた。

アインは少し走り、そのまま跳躍し、船に砲口を叩きつけた。

斬られ、刻まれ、ガタガタになっていた船の側面は、砲口から発射された散弾と爆風と火炎により大穴を開けた。

衝撃波に晒されて、なお矢は墜ちず止まらない。

肘からちぎれ飛んだ右腕を気にすることなく、アインは矢を追う。

大穴から船の内部に入り進む。

奇妙なことに、迎撃など何もなく静かだった。

とにかく矢を追えば、五秒とかからず装飾卿と相対する。


一言で言えば、ぼろぼろだった。

古傷だらけで、右目は眼孔になっていた。

左目は複眼になっていて、それが呪術的に作用するとアインは知っている。

服もボロボロで薄く、装飾卿というあだ名と違い、何も着飾っていなかった。

そんな男が、装飾卿だった。


アインは、銃と剣が合体した武器を取り出し、切り掛かる。

時限まで残り四十秒。



装飾卿は、アインを直接肉眼で見たことがない。

透視や遠見といった呪術を介して観察していた。

その時は、常に黒の靄がかかり姿がハッキリとはしなかった。

だからこそ、呪術的プロテクトだと思っていた。

アインを直接見て思ったのは、普通だ、ということ。

当然、元々生きていた世界は違う。

故にそういう差異はあるが、しかし、纏う空気が普通と言わざるを得なかった。

張り詰めた弓矢でもなく、爆発寸前の火山でもなく、研ぎ澄まされた刃でもない。

どこにでもいるような、周囲と同化するような、そんな空気を纏っていた。


これが、こんなものが『殺し屋』だと?

『暗殺者』の間違いだろ!

……誰でも殺せる。

ああ、なんでも殺せるだろうさ。


それが、殺し屋アインへ抱く、装飾卿の第一印象だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る