第4話 魔王と殿下

 魔王は生贄としてやってきた王弟ヴァンを丁重に扱った。

 ヴァンには意外だったが、魔王には考えがあり、それは当然のことだった。

「殿下には何か望まれるものがあるか」

 魔王がこう訊ねるとヴァンは少し考えてこう答えた。

「これといった望みはありませんが、私は陛下のお考えを賜りたいのです」

 おお、と魔王はその言葉に笑みを浮かべ喜んだ。

「我が求めることは平和であり安息だ」

「それであれば私の求めるものとなにも変わりません。惜しむらくはいつまで生きられるかもしれないこの病弱な体です。」

「生贄としてここに来たのはそのためか。だが、我は殿下を煮たり焼いたりはせぬ」

 魔王はしばらく考えたのちにこう告げた。


「殿下には申し訳ないが、不死の身となってもらう」

「それはどういうことでしょうか」

「殿下には我らのために生き続けてもらわねばならぬ」

 ヴァンは不死の身になるということの意味が分からなかった。

 これを見た魔王はヴァンを疑問に答えるように語りかけた。

「殿下には我が眷属となってもらい、我が長き眠りについた後もこの森を守ってもらいたいのだ」

「私がそうすることが、人類の魔王陛下への償いということになるのでしょうか」

 魔王はヴァンのこの言葉には首を横に振った。

「大陸の平和のためには必要な犠牲と言っておこう。殿下が不死者となって魔獣と人類の平和を守るということだ。そもそも魔獣は人類の領地を侵すことはない。森でおとなしく生きているだけだ。彼らは我が子も同然、賢いとは言えないが無垢な生き物だ。これに比して人はどうだ。愚かで弱いくせに愚かな妄想を抱いて争いをしようとする」

 ヴァンには返す言葉もなく、沈黙するしかなかった。


「それゆえ殿下が不死者、吸血鬼バンパイアとなり、いずれ歴史が忘れ去られる時に備えて森と領地を守護してもらいたいのだ。それが結局は人類のためにもなる」

「しかし、この身が吸血鬼バンパイアとなれば生きていくには人の生き血が必要となります。私には人は殺せません、どうしたらよろしいでしょう」

「血が足らねばその本能が血を求めて得るだけ。正気を失うので殺した記憶は残らない。それが嫌だというのであれば、王国に血を納めさせれば良い。今の人類の技術を持ってすればたやすいことだ。それくらいは代償の内だろう。罰と言えばそれが罰、ささやかなものだ。人の野心で傷ついた多くの魔獣の身になって考えるがいい」

 魔王は穏やかにそうヴァンを諭した。


 王国には新たに魔王からの命令が下った。

 生贄になったヴァンに王国から爵位を与えヴェルド家を創設すること、魔王が得たワース村をその所領として与えよとのことだった。

 このことは王国で議論になったが、最終的には受け入れることになった。

 魔王領になるべき土地が、条件付きとはいえ王国に返還されることになるからだ。

 そしてこの時、魔王側の使者となったのは、ヴァンだった。

 この時、ヴァンはすでに不死の吸血鬼バンパイアとなっており、これを王家と議会に明らかにした。 

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