第3話 平和の代償

 侯爵は明かしてはいないが、彼は魔王領である魔獣の森の統治者となっている。

 これには特殊な経緯と事情があった。


 まだ、侯爵が地方の一貴族の子弟であった頃、大陸唯一の人類の国である旧ゴート王国は、魔獣の森の併合することを目論んでいた。

 魔獣の森は魔王が支配する魔王領であった。

 魔王は人間の領土には全く興味も関心もなく、面倒なことを起こす気もなかった。

 しかし王国の野心はとどまらず、間もなく魔王と戦闘状態になり、現在のワース村が戦場となった。

 魔獣を率いた魔王軍の戦闘能力は王国の想定をはるかに超えており、王国は苦戦を強いられ、ワース村は魔王に奪われた。

 だが、もともと魔王は王国の魔獣の森への野心さえ挫ければ良く、それに魔獣らは魔王にとって愛すべき子供のような存在であったから、そんな彼らに戦闘をさせるのは気が進まなかったからである。

 そのため魔王は人間らに教訓を与えるために一計を巡らし、ワース村に陣を構え、大陸全土へ侵攻するをした。


 そもそも魔王と昨日今日生まれた人間では、戦闘に関しての知識も経験も比較にならず、戦力も魔王軍の方がはるかに上だった。

 魔王は王国側に人的、経済的犠牲だけが出るだけの長期戦に徹し、容易に人類の策略には乗らなかった。

 これに王国は窮した。

 魔王との戦闘で失ったものは多く、これを保証する財源も限られ、国民はこれを補うために重税に苦しめられた。

 これ以上闘っても犠牲しか生まず、経済的に消耗するだけと悟った王国の貴族と市民は協力して反乱を起こし、旧ゴート王国は倒し王族は処刑された。

 そしてその結果、旧ゴート王国は新ゴート王国と市民の自治領へと体制が変わったのである。


 魔王はこの人類の混乱に乗じて魔獣を一方的に侵攻させた。

 軍事的損害が少ないと見たからだった。

 そして次々と村落を支配し、魔獣による守備隊を王国の集落各地に駐留させた。

 人類側は体制変更の混乱が一段落すると、新王国と自治領は魔王に対し、停戦の申し入れを行った。

 しかし魔王には、ほとんど戦力のない人類に、停戦などという妥協をする必要が無かった。

 このため申し入れを拒否し、人類側の無条件降伏を要求した。

 人類側がこれを拒絶すると、再び各地の守備隊に攻撃を命じ、さらにいくつかの地域を魔獣に占領させた。

 自領の半分以上を失った新王国と自治領も抗する力は無く、やむなく降伏することになった。

 そして交渉権のない人類に、魔王は一方的にある要求を突き付けたのである。


 それは、王族の一人を捧げよというものだった。

 新たに国王になったフランはこれを頑強に拒否したが、議会は魔王の要求をのむように強く求め、対立した。

 そんな中で王弟ヴァンが、自らこの生贄になると自ら申し出た。

 ヴァンは自分は生まれた時から体も弱く、こんなことでもないと国の役には立てないと思い、兄の王フランに自分が魔王の下に行きたいと懇願した。

 フランは弟のヴァンの必死の説得に最終的に肯首したが、当時まだ存命だった王母は嘆きと怒りのあまり、フランに対して絶縁を言い渡して修道院に入ってしまった。

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