第5話 敬意と畏怖

 国王フランは議会でヴァンの尊い犠牲によって、人類は魔王の脅威から守られることを訴え、魔王の要求に対する理解を求めた。

 議会はこれに同意し、ヴァンへの叙爵が認められた。

 王国はヴァンをヴェルド侯爵とし、ワース村をその所領とすることを認め、正式に王国議事録に記された。

 ヴェルド侯爵になったヴァンには、その所領ワース村に関して王国はいかなる理由をもってしてもこれを奪うことはできない永久不可侵の権利も与えられた。

 これは魔獣領を統べる魔王と王国との間で締結された和親条約にも記載された。

 これはヴァンの尊い犠牲に対する補償でもあり、同時にその向こうに存在する魔王に対する安全保障でもあった。


 王国はヴァンを侯爵とし領地を与えることで、魔獣領の脅威を遠ざけることができればという思いがあったからである。

 これは戦争から間もない人類にとって切実な願いでもあった。

 それほど魔王と魔獣への恐怖は当時の人類には骨身に染みていたのである。

 しかしこれは人類の愚かさによって自ら招いた過ちであり、結局はヴァンの犠牲によって償うことになったのである。

 当時の王国民は不死の吸血鬼バンパイアにされたヴァンに対し、どれほど感謝しても感謝し切れない思いを抱いており、人類に安寧をもたらした英雄として讃えられたのである。


 こうしてヴァンは魔王領に接するワース村の西側の丘に、王国によって建てられた堅牢かつ瀟洒な城に住むことになった。

 王国から帰ったヴァンが魔王に会いにゆくと、魔王はその労をねぎらった。

 そして、彼に今一つの申し出をした。

「閣下には我が長き眠りあと、この森を治めてもらいたい」

「それは命令でしょうか」

「拒否すれば命令だが、承諾してもらえれば我の希望だ」

 まるで冗談を言うように魔王はヴァンにそう言って笑ったが、そのあと、まるで家族を語るようにヴァンに魔獣の行く末を案じて話を続けた。


「魔獣の中にも賢くはないが知恵のある者はいる。しかし、彼らが同胞を率いることができるかと言えばそれは疑問だ。それゆえ、閣下に我の長き眠りの後を託したいのだ。再び人類が愚かな考えを抱いて森を侵す日がある可能性がある以上、今すぐ人類をすべて殺し、その憂いを断っても良いが、閣下がこの森を治めてくれるというのであれば、その手間は省ける」

「陛下は恐ろしいことを言われます」

 ヴァンは苦笑しながらそういうと、魔王は首を振った。

「それはこちらの言うこと。魔獣はこの森でおとなしく生きているもので好んで争おうなどとは考えない。獰猛に襲い掛かるのは人類の方であろう。我はただ、森の者らの平穏な暮らしを守りたいだけなのだ」


 ヴァンに魔王の申し出を断る選択肢はなかった。

 しかし、ヴァンがこれを不承不承受け入れたというわけでもなかった。

 なぜならすでにヴァンは魔獣の中で知恵のあるものを紹介され、親しくなっていたからだった。

「わかりました。陛下のお申し出をお受けいたします。ただ、陛下にはできるだけ長生きをしていただくようお願い申し上げます」

 魔王はヴァンに感謝の言葉を告げた。

「これで後顧の憂いは無くなった。後日、魔獣らに我の意志を伝えることとしよう」

 嬉しそうに魔王はヴァンにそう言った。

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