閑話その5「変革の波、終わりの始まり」


 岩古家は古くから岩古村を守護する一族だ。現在は本家の三役である松・柏・柊の老三姉妹を中心として緩やかな統治を行っていた。だが問題が生じ始めた。それが自分達の臣下である山田家の長男の存在だった。


「やはり聡い……それに力も才も有る」


 松は思った行動力と智謀を兼ね備えた男。それは厄介者だ。これが女なら良かった。しかし男だと巫女になれず邪魔になってしまう。


しかり、いずれ岩古の脅威になりまする姉様」


 それに同意するのは次女のカイだった。三姉妹のブレーキ役をする彼女も松と同意見だ。密かに鋼志郎を見込んでいたが先々代の岩古の血が濃い山田家は邪魔だとも考えていた。


「やはり、排除ですか姉様?」


 最後に口を開いたのは末の妹のシュウ。三人の中では一番血気盛んで彼女は考えるより姉達に同意するのが当然と考え育った。だから何も考えず従い邪魔者は取り除く。この三姉妹の関係性はこうだった。


「うむ、あの小僧は今は高校生……山田の家の習わしで十八で外に出させる、その間に何か策を……」


「姉様、一つございます」


 それに答えたのはやはり柏だった。三人の中で冷静で策士なのは彼女で策を出すのはいつも彼女の仕事だ。


「申してみよ」


「あれは行動力も有り智謀も目を見張るものが有り、周りの目も業腹ながら岩古の上を行くと言う者も増えている始末……」


「柏姉様!! それは岩古を愚弄するか!?」


 そこで柊が怒号を発するが柏は微笑を浮かべながら受け流すと本命を口にした。


「違う、そのように一部の愚か者が言ってるのだ柊……まずは聞け、山田の小僧の弱点を突く……それが許嫁の遠野の娘です」


「ふむ、次代の三役候補よな……雪の後……花か月の補佐に欲しい娘だったような……血も申し分無いはず……」


「はい松姉様、しかし二人が予定通り結ばれれば村の力関係が変化するのは必定、岩古の秩序が乱れるかと……」


 そう言って三者の間に嫌な沈黙が支配した。ロウソクの火が怪しく揺れて薄暗い室内を照らす中で松が口を開いた。


「そのような戯言言われずとも分かる。回りくどい説明はよい柏よ、その遠野の娘をどうする?」


 松たちは思い出していた。自分達が廃されそうになった時に逆に村の実権を当時の巫女達から奪い取り今の地位に付いた時の話だ。今度は自分達が脅かされる立場だと直感的に理解していた。


「はい、その娘、山田の小僧が大層溺愛しているようで孫から聞かされました。ですが本人の頭は抜けて移り気安く愚か者……ですので適当な男と不義の関係を結ばせ二人の仲を断ちます」


 そう言った柏の口角は上がりニヤリと意地の悪い笑みを浮かべていた。


「ほう?」


「なっ、岩古が決めた約定を破らせるのか姉様!?」


 それに反応した二人の反応は大きく違った。松は頷き首肯したが柊は驚愕した。だが柏の言葉に動かされるまま三役の会合は進む。そして一つの策が決まり実行に移された。今から十八年も前の話だった。


「では、山田鋼志郎と遠野皐雪を分断し女は奪わせ男は追放で……よいな?」


「「応っ!!」」


 松の言葉に二人は従った。だが、これこそが岩古の権威失墜の始まりだった。それを三姉妹は知る事になった。



――――現在


「くっ、何だ、この無粋な物は!?」


 岩古松は鋼志郎との対決後すぐ南の分社へと赴いたが、そこに有ったのは破壊され尽くした残骸と数十台のトラックと重機だった。既に土台作りが始まっていた。


「それ以上近付いた場合、排除するよう言われておりますのでお引き取りを」


 さらに周囲には数十人の迷彩服を着た怪しい一団が居た。岩古の人間は知らなかったが彼らは鋼志郎の協力者の甲斐夫婦が依頼し派遣された人間で普段は裏の仕事を中心にしている保安要員だった。


「だまらっしゃい!! かぁあああああつ!!」


「……? お引き取りを……」


「くっ、おのれ……このような者共を使い村の秩序を乱すとは……許さんぞ、許さんぞ山田鋼志郎!!」


 だが今の松には叫ぶことしか出来なかった。そして他のやしろや祭殿を確認しに行った一族の者も同じ扱いを受け意気消沈し戻っていた。


「柏、柊それに雪よ……どうであった?」


「くっ……これを……」


 見せられた物を見て松は固まった。北の社の御神体の欠片だった。自分達の守護する本殿の岩神様の一部であり昔から安置されていた物だ。それが無残にもバラバラに砕かれていた。


「それと、これも……」


「なっ!? なんとぉ!!」


 その御神体を引き取る時に渡された手紙で依頼人からだと工事の護衛の者から渡されたのだ。それには一言こうあった。


『次はお前らがこうなるから震えて待て――――山田鋼志郎』


 それを読み柊は怒り狂い愛用の薙刀を庭で振り回し柏も怒りのあまり呪殺しそうな勢いで手紙を睨んでいた。


「おのれぇ……山田鋼志郎めぇ……」


「もう時間が無い、姉様こうなれば村の衆を集め一気に!!」


 柏の言葉に頷きそうになるが松は思った。そもそも、このような事態に陥ったのは誰のせいかと考えた時に一つの疑念が湧いたのだ。


「待つのじゃ柏よ、まずは彼奴らより四分社の奪還が先!!」


「業腹ながら守りが堅牢ゆえ不可能、今は山田の小僧への対応を!!」


「昔、お前の策の結果がこれだ柏よ!! 総代は私だ!!」




 松は十八年前の策を思い出していた。柊の孫の花や配下達の手引きで皐雪を間男の野田との合コンをセッティングし不義の関係に陥らせ鋼志郎を村から追放する事に成功した。そこまでは良かったが後は失敗続きだった。


「姉様……今すぐに山田を潰さなければ……」


 迎えた野田はクズで役立たずで村に被害をもたらし庇った岩古にまで被害が及んだ。だから遠野家をスケープゴートにし面目を保った。


「くどい!! 岩古の総力を挙げて奴らを潰す、下の町の岩下署の署長を呼び出せ!! 須座井の同胞にも声をかけ社を再建するのじゃ!!」


 さらに暴走した沙喜子を利用し危機は脱したかと思えた。だがしかし村民からは別な話を聞く事が増えた。それが鋼志郎の村への帰還だ。無能で役立たずの外から招いた男より追放された頼れる男を村は望んだのだ。


「姉様!! 警察を動かすのは早過ぎます!! 小僧の力を把握してからの方が」


「だまらっしゃい!! かぁあああああつ!!」


 更に三人を脅かす事実が判明する。それが遠野の家に生まれた千雪の存在で歴代の巫女の誰よりも力が強く自分達の立場を考え無能だと失格扱いしたのだ。これら全て柏の策が最初以外はことごとく失敗し連鎖的に岩古家を追い詰めた。


「ぐっ、なんで、姉様……」


「お前の策が引き起こした失態だ反省せよ!! 今後は私の策で行く!!」


 だから今度は自分の策で動くと考えた。だが幸か不幸か松の策は実行に移されなかった。それは外で薙刀を振り回していた柊が血相を変えて戻ったからだ。


「姉様!! 村が!?」


「今度は何ごとか柊よ!!」


 慌てて表に出ると神社の本殿に居たのは密偵として山田家に潜入させていた者達だった。そこで聞かされた鋼志郎の所業に三人は驚愕した。


「松様……山田の若様は我らの存在を的確に気付いて……」


「バカな泳がされていたとでも言うのか?」


 密偵は三家族も潜入させていたが全員の所在がバレて裏切るか戻るかとを聞かれたと男は語った。だが問題は戻ったのが男の家族だけという点だ。


「残りの安田と藤村の……家の者は?」


「ぐぬぬ……真に情けない話でございます……総代」


 つまり長年密偵として潜入させていた者たちの三分の二が寝返った事を意味した。何が起きたのか理解したくなかった。


「や、奴らどんな手で……村の者をたぶらかした!?」


 まさか拷問や乱暴な手段を用いて無理やりかと怒りと恐怖心を松は抱いた。だが聞いた話と下の山田家の周りの光景を見て更に恐怖した。




「安いよ安いよ~!!」


「皆さん、いらっしゃ~い!! ほら、ちゆも!!」


「う、うん……お得……ですよ~」


 そこは山田家の屋敷の前に村の半分以上の人間が集まり、祭のような光景が広がっていた。その中心に鋼志郎と皐雪さらに千雪が黄色の法被を着て何かを売っていた。


「今なら、このスマホが三ヶ月の間無料で本体込みの五千円ポッキリ!!」


「下の町でも手に入らない最新機種!! それが格安だよ~!! 今ならスマホ体験&レクチャーのためにプロもお呼びしてま~す!!」


 鋼志郎と皐雪の息の有ったコンビを中心に露店のような店を広げスマホを叩き売りしていたのだ。こうして鋼志郎の分断は圧倒的な資金力を持って開始された。これが岩古の支配の本当の終わりの始まりとなった。



第三章「復讐の始まり」編(完)

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