第29話「御託はいいから金出せよ」


「移転登記は? それとも別に登記でもしたか?」


 岩古は裏の村の支配者だ。だから表の社会に対して村長の滝沢家や他の三家がそれぞれ土地管理をし契約など俗世の手続きは岩古家以外の人間がしていた。


「な、なんの、話じゃ?」


 だから法的には岩古名義の土地など存在しない。そもそも岩古村自体に法の介入がほぼ無い状態で三家を動かし表に出ていない状態だ。実効支配はしていても権利的な意味では何もしていなかった。


「ま、登記してないの知ってんだけどな? 昨日も三ヶ月前も一年前も五年前も登記簿眺めてたからな!! そんで昨日の内に三家の所有する東西南北の社と付近の土地一帯は俺が買い取った!!」


 土地を買い取る前に用意は済ませていた。数年前から国や財界などにも手を回し自治体の審査を俺に有利なように書類の偽造まで済ませていた。


「そんな事が出来る訳なかろう!! 私の許可が必要だ!!」


「んなもん要らねえよバ~カ!! ま、滝沢はもしかしたら取り返せるかもな鉄雄の独断だし、だけど他の土地はもう完全に俺の物だ!!」


 既に全ての名義は俺になっている。父と冬美さんからは権利書含め全て譲渡してもらったし鉄雄には月と一緒に書類を盗み出させ手続きも昨日リオンと済ませた。俺が皐雪と子作りしてる間に全て終わっていた。実は昨日が一番危なかったんだ。


「な、なんじゃと……」


「ふっ、皐雪を真昼間から喘がせたのも意味は有った!!」


 そう、俺自身が囮になる。これは村に戻ってから徹底していた。岩古の目は村中に有って過去に送った情報屋も潜入しただけで追い出されたから調査は下の岩下町までしか出来なかった。だから工事業者などの外部の人間への注意をそらす必要が有ったのだ。


「えぇ……絶対こうちゃん私と妊活したかっただけでしょ?」


「まあな定期的に抱かないと不安になんだよ!! そうだ報告しますよ松さま? 俺、皐雪を孕ませて遠野家当主になるんでよろしくぅ~!!」


 そう言うと月がプッと吹き出し鉄雄は慌てていた。だが岩古 松の言葉の効力が皐雪たち数名には効果が薄くなっている。洗脳教育が解け始めている兆候だ。


「ふざけるな!! 返せ!! 岩古の土地をご先祖様の土地を返せえええええ!!」


「じゃあ金出せよ、とりま南の土地だけで十億な? ほら御託はいいから金出せよ」


 そう言ってニヤリと笑うと岩古松の怒りは吹っ飛び固まっていた。




「じゅ、十億だと……」


「ああ、土地の所有者の俺がその値段なら売ってやるって言ってんだ」


 暴利価格とかいうレベルではない単純に売る気は無いという意味だ。だが俺の方は違法行為込みでも正規の手続き。対して向こうは裏からの実効支配、たしかに取得時効にも出来る可能性は有る。だが奴らは前提を理解していない。俺が先に三家を狙った最大の理由をだ。


「だとしても!! 勝手に社や伝統ある我らの物を!!」


「あ? 伝統って、もしかして、あの掘っ立て小屋の事か? 今頃ぶっ壊されてんじゃねえの? あ、でも西のやぐらでは皐雪を抱いたりもしたし残せば良かったかな?」


「あの高さでのエッチは怖かったよぉ……」


 皐雪はしみじみと過去を思い出していた。残念だが、もうあの建物も存在してないと思う。工事が予定通りなら邪魔な物は壊してくれと全て現場判断だ。更地にして欲しいと言っちまったからな。


「だ、だとしても、事前に何も言わず……」


「通常は期間を要しますが、そもそも破棄されていた上に所有者も分からなかったので催告状の送り先も不明で止む無くでして、もし手続きに不満など有りましたら法廷でお聞きしますよ?」


 ちなみにリオンが言ったのは大ウソだ。所有者が岩古家なのを俺は知っていたし破棄されている原因も分かっているが強行した。ここまで強気に出た理由は一つ、先ほども言ったが岩古は表に出るのを極端に嫌い代わりに三家を使っているからだ。


「ま、そういう訳だ帰るぞ皐雪それに千雪ちゃんも……父さん?」


「あなた?」


 俺と母さんに睨まれた父さんは鉄雄の父の村長を見た後に「すまん」と呟いてから口を開いた。


「松様、これを、今回の会合をもって山田家は三家より離脱いたし、ます!!」


「なっ!? 鋼一よ!! かぁああああつ!!」


「はっ、ぐっ……」


 だが父さんは俺達よりも洗脳の度合が強い。岩古の洗脳術は長ければ長いほど効果が有るのは俺自身が知っている……だが、こちらにも切札は有る!!


「洗脳なんてさせっか!! 下の町のシンディーちゃん!! ドンペリ付き!!」


「はっ!? 申し訳、ございません、松様これにて山田家はおさらばでございます」


 こんな時のための親父の弱味だ。洗脳を解くのは強烈なショックが一番。父さんの場合は下の町のホステスが一番効く。母さんが頭を抱えているが怒りで洗脳が弱まったし今回は良しとして後は夫婦で解決してもらおうと息子の俺は思う。


「ほら鉄雄も!!」


「ああ……月。松様、俺と月も鋼志郎と同意見です本日より本家とは別の滝沢分家として動きます!!」


「というわけで松様、私も岩古抜けさせてもらいま~す」


 そして続いて鉄雄にも言うと立ち上がり憑きも隣に寄り添い口を開いた。でも軽いな相変わらずコイツは……。


「なっ、なんじゃと、月……お前まで……何を言って!?」


「月……何を言ってるか分かっておるのか!?」


 松だけではなく祖母の柊も動揺していた。まさか身内から裏切者が出るとは思わなかったろ? 俺もそうだった。皐雪を最後に抱いた時は死ぬほど苦しかった……十六年間の恨みほんの一部でも味わえ岩古家。




「お婆様それに姉さんと母さんも……私もう岩古を出た身なんで、あと先輩に付いた方が家の子達の将来も安泰なの、ごめんなさ~い」


 そう、岩古家には月の母や姉もいるから本来は裏切らない……だがこいつは皐雪を裏で助けていた。友情も有ったのだろうがそれ以上に打算も有った。将来何かが原因で遠野家の力が戻った時のため両方に良い顔をしていた。


「月、やはり岩古に居られない無能だったようね!!」


「花姉さん、状況が分からないの?」


「あ、花ちゃんだ……久しぶりに見たよ」


 そして岩古 花こいつは俺や皐雪それに鉄雄と同級生だった。クラスは違ったが同じ高校それに大学も皐雪や鉄雄と同じはずだ。


「皐雪、相変わらず能天気ね……汚らわしいバカ女」


「てめえ、今なんて言った?」


「くっ、鋼志郎……くん、あなたも大概ね、そんな中古のコブ付きを選ぶなんて趣味が悪いのは相変わらずか」


 凄まじい正論だがキレた。ああ、俺はキレたぞ岩古花。昔からこいつは気に食わなかった。


「オメーな花子、そういうことは俺だけが言っていいんだよ!! 他人が!! 俺の!! 皐雪を!! 愚弄し批判することは……許さん!!」

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