閑話その4「鋼志郎、異国奮闘記」
「ま、お前と会ったローマでも大変だったしな?」
「ええ、それはもう、まさかバチカンに喧嘩ふっ掛けるとは思いませんでした」
リオンが乾いた笑いで答えるが、中々ハードだった。俺も大学を卒業して三年目で色々と大変だったからな。
「あ~、例のバチカン騒動って本当だったのね」
「それを千堂会長が海外視察の時に面白い見世物だと楽しんでたな……」
甲斐夫婦も噂で知っていたらしい。この二人とは数年前の事件で一緒した時からの関係で昔の俺は知らないはずだ。他にも大小細々したことを合わせれば俺は日本に戻る前まで世界中でそれなりに事件に巻き込まれていた。
「こうちゃん、バチカンって……どこ?」
「説明するとバチカンだとしか言いようが無い……ま、あれだイタリアだ」
厳密にはぜんぜん違うんだが地理的には嘘ではない。いや嘘なんだけど皐雪に理解させるのは難しい。後で千雪ちゃんにコツでも聞いてみるか。
「社長!! そんな雑な説明で!!」
「いや、むしろ皐雪にはこれでいい」
「パスタの国だね!! こうちゃん!! たまに茹でるよ!!」
「な?」
俺の言葉にリオンは沈黙した。お前はまだまだ皐雪を知らない。こいつは基本的にバカだ。だから俺が傍にいなきゃいけない。
「は、はぁ……」
「洋野さん? もしかしてパスタ好きなんですか?」
「いえ、まあ嫌いではないですが」
そんな二人を見ながら俺は過去を思い返していた。バチカンでの小さい裏の事件。俺とリオンが巻き込まれた最初の事件だ。
◇
――――十年前
「英語が通じねえ……イタリア語とか知らんし」
「いや、知らんってコウさん」
「お前こそ半分はイタリア人なんだろ?」
当時の俺は日本を出てヨーロッパの国々を転々としていた。言語は英語と日本語だけしか喋れず若干苦戦していた。そこでイタリアに着いたと同時に空港で知り合ったのが当時18になったばかりのリオンだった。
「いや、俺は地元人でもイタリア語は無理です、そもそも普通は英語だけで大丈夫なんですよ。俺も小さい時こっち住んでた時は英語でしたし」
「だよなぁ……で? 結局この爺さん何て言ってんだ?」
そして今マフィアに絡まれていた目の前の爺さんを二人で助けた事で事件に巻き込まれたという話だ。
「仕方ない、英語を話せる人に翻訳してもらうしか……」
「お兄さん達は『スペランツァ・エ・デナロ』じゃないの?」
リオンが言った時だった。路地裏から俺達を見ていた二人の男女というよりはまだ十代前半のガキ二人が恐る恐る英語で話しかけてきた。
「誰だお前達は?」
「僕はロッコ、この子はダフネです」
「初めまして、ダフネと申します」
俺とリオンがマフィアの三人組をボコしていた時に爺さんは既に負傷していたが二人を庇ってのものだったそうだ。二人を見ると男子の方は普通だったが女子の方は修道服つまりシスターのような恰好をしていた。
「さっきのマフィアの名前か?」
「ええ、もしかして中国人ですか?」
「いんや近いけど違う。俺は日本人、で、こいつはハーフだ」
七割は中国人と間違われるんだよな。レアパターンは韓国。ま、観光地でもない限り日本人よりもアジア人と思われることが多い。
「ニホン? アニメの国?」
「たしか枢機卿もおられたはずよロッコ」
枢機卿と来たか……着ている服は伊達では無いという話か。なら彼女はキリスト教それもカトリックだ。
「やはりカトリック」
「だな、リオン……お前って宗教は理解してる系か?」
「最低限は、そういうコウさんは?」
「俺はど田舎育ちでな大学で少しだ……で?」
そこで聞かされた話は恐ろしく面倒な話で同時に俺には放っておけない話だった。二人はマフィアに追われていた。この老人はダフネ嬢の護衛だったらしい。
「大司教の隠し子だぁ?」
「近い内に枢機卿に推挙されるかもしれない方が私の父だそうです」
「会ったこと無いのか?」
「はい……」
大司教それに枢機卿とはカトリックのお偉いさんだ。日本的に言うと大司教は偉い神主、枢機卿は神主のトップを決める選挙権を持ってる連中だ。
「かなり大雑把ですし違う点も……」
「ザックリでいいんだよザックリで、それでダフネ嬢が狙われてるのは何でだ?」
「父は大司教になる前から母と結婚し私と兄を儲けたそうです」
「ふ~ん、それで?」
ダフネが深刻そうに言うが何がいけないのかサッパリ分からない。すると反応したのはリオンだった。
「いやいやコウさん、それマズいですよ。枢機卿は教皇を決めたり教皇になれる人間です。その人間が結婚なんて……」
「ダメなのか?」
「今は違うとしても既婚中に司祭やってなら立派な背教行為ですよ」
驚いたもんだ。村では産めよ増やせだったからな。ま、でも日本でも肉食うなとか有ったな仏教だが……他にも色々と戒律破った坊主が有名な戦国武将に焼き討ちされてたな寺ごと、つまりそういう系か……。
◇
「なるほどな……世界は広い」
「ま、むしろ日本が狭過ぎるんですが……」
「それで狙われたのは誰から?」
「同じ枢機卿に推挙される予定のライバルだそうで、私を人質に父を脅すと……」
それを聞いてリオンは納得していたが俺は違和感を感じていた。第六感みたいな感じで別な悪意を感じたからだ。
「とにかく俺はダフネを大司教の元にお父さんに会わせたいんだ!!」
「ロッコ……あなただけが頼りです。でも、これ以上は……」
確かに子供が二人きりで戦うにはマフィアなんて凶悪過ぎる。そもそも日本のヤクザと違い奴らは街に溶け込んでいるらしい。土地勘も無い知らない場所では圧倒的に不利だ。現に村から護衛していた爺さんもこの様だ。
「何言ってるんだ!! 俺はカルロさんに任されたんだ!!」
「カルロって誰だ?」
「私の兄です……マフィアに殺されてしまったんです」
母親も数年前に亡くなって兄妹で助け合ってい生活していたらしい。そこを襲撃してきたのがマフィアだった。兄を殺され追い詰められた二人だっただが、それを助けたのが今は負傷しているオネスト爺さんらしい。この子達の村一番の狩人で相談役だったそうだ。
「そうか、悪いこと聞いたな……」
「いえ、兄は最後まで神に祈っていた敬虔な教徒でしたので……」
「そうか、それで二人は恋人同士か?」
ここまで一緒に来たんだ。きっと恋人同士だろうと軽く聞いたがロッコの方は顔を赤くしていたがダフネの方は不思議そうな顔をしていた。
「いや、それは……その」
「ロッコと私は小さい時からずっと家が隣同士で育った幼馴染です」
「……そう、か」
幼馴染……か。あいつは元気だろうか? いや、きっと今頃は二人目とかも産んだりして家族で仲良くやってるんだ。もう五年以上経っているのに俺はお前を忘れられないよ……さゆ。
「そりゃそうですよコウさん。ダフネさんはカトリックですし、ね?」
「あ~そうか結婚がダメなら恋愛もご法度か大変だな、ロッコも」
「…………でも、それでも俺はダフネを守りたいんです!!」
そのロッコの言葉を聞いて俺は二人を守る事を決めた。爺さんも無理やり入院させると俺達はバチカン市国にいるはずのダフネの父親捜しを手伝う事にした。だが、行く先々で襲い掛かるマフィアに妨害され苦戦した。
◇
「クソ、待てお前ら!!」
「ロッコ!! ロッコ!!」
捜索も一週間が過ぎ油断していたのも有って一瞬の隙を突かれた。俺はシャワーを浴びていてリオンも離れた時に襲撃されロッコがマフィアに捕まってしまった。
「すまない、油断していた」
「それよりも、ロッコが……私の代わりに……」
そして後はお決まりのパターンで宿に届けられた人質交渉を求める手紙。俺は奪還のために動いた。リオンは逃げようとしたから無理やり連れて行った。そして傷を押してオネスト爺さんも合流し皆でロッコを救出に向かう事になった。
「銃なんて初めて撃つぜ、俺は」
「同じくですよ……」
「オネストさんは戦場で撃っていたそうです、猟師になる前は……と言ってます」
爺さん元兵士かよ。たしかに町でサラッと銃も用意させてたし気になる所である。ちなみに後で聞かされたのだが俺達が借りた銃はスペランツァ・エ・デナロとは別のマフィアが用意した物だった。
「お前が黒幕か……」
「大司教がマフィアと組んでライバルの子供を消そうなんて間違ってる!!」
何人もの敵を倒しアジトをロケランと手榴弾で襲撃した俺達は黒幕である大司教の元に辿り着いた。リオンが指差して言うが隣のダフネは震えていた。
「まさか……お父さん?」
「忌々しい……やはりマフィアなど信用できんな兄の方だけしか仕留められんとは」
「ど、どういうことですか!?」
「母から預かっていた写真の顔と同じ方……です」
リオンも動揺するが俺はある程度予測していた。こういうのも有るだろうと、そもそも対立候補なら殺す事はしない。生け捕りにするはずだ。しかし何度もあった襲撃は明らかにダフネの命を狙っていた。
「そちらの中国人は驚いていないようだな?」
「日本人だ、ヴァーカ!! そのセリフ聞き飽きたぜ、そもそも人質なんて無理があんだよ大司教さま?」
「ふん、極東の黄猿が偉そうに!!」
そして最終決戦が始まる……そう思った時に乱入して来たのは警官だった。そして俺達は周りを囲まれた。マフィアのアジトとはいえ大爆発に銃撃がした現場で大司教に銃を構えていたら疑われるのは当然だ。
「どうするんですか、コウさん!?」
「大丈夫だ……これも計算通りだ」
そして俺とリオンは警察に捕まった。だが同時にダフネとロッコは警察に保護された。警官の中には当然ながら教会のシンパも居たが現場に居た事を問い質された大司教も危機に陥っていた。
「私は……私は神に仕え迷い子を導く司教だ……そして枢機卿に」
「でも、あなたは私の父です!! そして私の大事なロッコの命まで奪おうとしました!!」
そこに偶然にも大司教がマフィアと関わり合いのある証拠がリークされ事の重大性を知ったバチカンは即座に大司教を召還しダフネとロッコさらに俺達も弾劾の場に呼び出され親子の直接対決となった。
「おのれえええ!!」
「やらせるかよっ!!」
さらに弁論で負けた大司教は最後は娘であるダフネを殺めようとした。その間に割り込んで俺は肩に銃弾を受けたが何とか守り抜いた。そして大司教は処分され事件は俺の思った以上にハッピーエンドを迎えた。
◇
「え? シスターを辞める?」
俺達がローマを追い出される日にダフネとロッコそれにオネスト爺さんは見送りに来てくれた。俺達は諸々の犯罪行為で強制出国となったのだ。
「はい、神は祈るもの、そして仕えたい気持ちは有ります。でも私は村でロッコの傍にいたいんです……」
「ダフネ……」
「それに父のように教えを捻じ曲げてしまうような人間になりたくありません……お恥ずかしながら怖くなってしまいました」
「なるほどな、でも怖くても隣の漢が守ってくれるさ、だろ? ロッコ?」
そう言って俺はロッコの肩を叩いて隣に押し込むと二人は抱き合う形になった。そうそう、こういうのが見たかったんだ。
「カルロの代わりは難しいけど、俺、絶対にダフネを守る!!」
「良かったですね、ではお二人とも元気で」
リオンが警官に促され列車に乗せられた。続いて俺も乗せられる。
「「はい!!」」
「そうだ、あと一つロッコ!! 絶対にその手を離すなよ、大事な女を決して手放すな、あと好きだと、心から大事だと伝えるんだ!! 必ずな!!」
「はい!! 鋼志郎さん!!」
そんな二人に見送られ俺達は出国させられた……隣国のフランスだ。なんかバチカン側が上手くやってくれて俺達は軽い罪で即時釈放された。そこから俺とリオンの二人旅が本格的に始まったんだ。
◇
――――現在
「元気かね、あいつらは?」
「もう十年も前ですから……でも元気にやってますよ、きっと」
リオンも色々と思い出していたようで苦笑している。本当に無茶も無理もやったもんだ。
「何の話?」
「海の向こうの教えに勝った二人の話……さ」
皐雪の言葉に答えて、その日は解散となった。早ければ明日にも村では大きな動きが有る。そんな時に俺はなぜかあの事件を思い出していた。
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