閑話その3「もう一つの復讐」
◇
その知らせを聞いて驚いた。行方不明だった息子が帰って来ると聞かされたからだ。私、山田沙喜子は歓喜に震えた。
「やっと……戻ったのね」
誰も居ない部屋で誰にも聞かれる事も無く私は息子の無事を知り泣いた。だが暫く後の知らせで再び私は怒りに震えた。
「奥様、その……若様は今、遠野の家に……」
「あの女の所ですって……何でっ!?」
あの裏切った女の家に息子は居る。どうせ夫は使えないから私は後を付けさせた家人に話を聞き驚愕した。
「あとは、ご当主様から……」
「ええ、ありがとう。今後も頼むわ」
そして家人が下がると私は歯噛みした。何とかしなくては……今度こそあの子に相応しい全てを与えなくてはいけない。あの子は私にとっての希望だ。そして私は二十年前の出来事を思い出していた。
◇
あれは鋼志郎の中学の卒業式だった。いつものように許嫁の遠野皐雪と帰って来ると二人は屋敷の離に行った。
「二人とも……お話が……あ……」
普段は部屋で遊ぶだけの二人に違和感を感じた私は声をかけても出て来る気配が無い二人が心配になり部屋に入ったら裸の二人が抱き合っていた。
「あっ……母さん」
「おばさま、えっとぉ……」
パタンと扉を閉めると背中越しに終わったら部屋に来るように言った。そして二時間後に二人は来た。しっかり致して来たようだ。
「それで?」
「我慢できずに、その……皐雪を抱きました」
「私もオッケーだったので!!」
若い二人は前から性には興味津々で、その手の本や下の町でコンピューターなる機械を使って調べたそうだ。そして卒業と同時に実行したらしい。
「ふぅ……良いわ許嫁同士ですし、ただ子が出来たならすぐ報告する事それは分かっているわね?」
「はい!! こうちゃんに何度も言われてるんで!!」
だが問題は無い。相手は許嫁として教育され鋼志郎とも相思相愛の間柄で私の時とは違う。きっと二人なら良い家庭を築けるはずだ。この二人の子を、私の孫を抱くのが今から楽しみだと内心で思っていた。
「そうね皐雪さん……これからも鋼志郎を頼むわ」
「はい!! お任せ下さい!! 絶対こうちゃんと幸せになります!!」
だが嘘だった。全てが失敗だった。この女は私の大事な一人息子を捨て、どこの馬の骨とも分からないダメ男を連れて来た。
◇
「あなた!! なんで、なんで鋼志郎が追放なんて!!」
「仕方なかろう、松さまの占いの結果だ……」
夫は役に立たなかった。どうせ今でも遠野の女に後ろ髪を引かれているか別に女でも居るのだろう。私はあてがわれた代用品で愛されている自覚は無かった。だから息子に愛情を注いで必死に育て見返そうとしていた。
「……では、せめて遠野に罰を!!」
だから許せなかった。腹を痛め大事に育てた大切な息子には何の非も無い。むしろ被害者で追放するなら遠野の方だ。だが血筋が問題だった。山田の家には先々代の岩古の血筋しか入っておらず遠縁過ぎた。
「それは岩古の神聖な占いを否定する行為だ。お前も村の人間なら分かるだろう?」
一方の遠野は分家筋とはいえ松さまの従妹の血が入っているから優先されるのは向こうだ。役割は大きいが冷遇されているのが今の山田家だった。
「でも、それでは……鋼志郎があまりにも不憫では!?」
「二年経てば戻れる、岩古も次は冷遇せんだろうし良き縁談を……」
なんと無責任な……大事な息子では無いのか、それとも私との子だから大事では無い? そんな事を思いながら必死に息子の追放の取り消しと裏切者への罰を与える方法を考え食い下がった。
「今の岩古や分家に妙齢の娘はいません!! 再考を!!」
「ええい、うるさい!! それは二年後に考える!! 鉄之進の所へ行くから留守は任せた!!」
「っ……かしこ、まりました」
ならば鋼志郎が村を出るまでに何か対策をと考えていた時だった。私の前に裏切者の父親が来た。
「何ですか遠野大介さん?」
「誠に、誠に申し訳なかった……どうか、どうか」
「私には何の決定権も権限も有りません、頭を上げて下さい」
現れると即座に土下座した。裏切者の娘も、皐雪も連れて来るべきと言ったが身重と言われ諦めた。だが実際は連れて来ては危険だと思ったのだろう。今なら分かる彼だけは感情を押し殺した私を理解していた。
「ですが、あなたの怒りは……計り知れません」
「松さまの決定に口は挟みません……それで?」
「娘は鋼志郎殿に最低の裏切りをしました。許される事では有りません。ですが、ですが何とぞ……ご容赦を……」
何とぞ何だ? 私の息子は深く傷ついた。あんな乱心した息子は初めてだ。なんて可哀そうな鋼志郎。岩古の前では庇う事すら出来ず歯痒くて仕方なかった。
「ふぅ、私や山田家を何より息子を慮る気が有るのなら、当家の敷居を跨ぐことは一生できないと心して下さい」
「はい、はい……この度は誠に申し訳ございませんでした」
だが、あの男はその後も何度も頭を下げた。溜飲は下がらないが誠意は感じた。しかし、それも二年後に台無しになった。
◇
「鋼志郎が行方不明……?」
思わず茶碗を落として割っていた。二年待った私に返って来た答えがこれで絶望した。息子は行動力が凄まじく私でも驚かされた記憶が多々あったが予想外だった。
「うむ、教えられた住所におらんかった」
「何ですかそれは? 子供の使いか何かですか?」
「沙喜子……お前!!」
呆れて失笑した。本気で探す気が有るのか? 適当に人を動かしたのは丸分かりだ。今回の捜索は大介と滝沢の息子の人選らしいが理解できない。
「申し訳ありません、では夫人会の時間ですので」
「今の話、広めるなよ!!」
私は無言で頷いて夫を睥睨した後に動き出す。この恨み……あの女、遠野皐雪を私は絶対に許さない。それから三年後、事態は思わぬ方向に動いた。私はその夜に集まった夫人会で狂ったように笑っていた。
「アハハハハ!! 死んだ、死んだのね、あの男が!! 私の息子を追い出したクズが、死んだ死んだ死んだ!! アハハハハ!!」
「ええ、会長、あのクズが死にました……これでやっと」
夫人会には、あのクズに乱暴された者が何人も居た。男共は岩古の威光に逆らえない者が多い中で私たち婦人会は密かに被害者を助けていた。中には穢れた等と言われ離縁された者もいて肩身の狭い思いをする者もいた。
「ええ、
「いえ、奥様の方が……お辛かったでしょうに」
「ありがとう、私は大丈夫……あなたにも良いご縁を下の町で見つけたわ」
あのクズが死んでくれたから岩古は恥をかいた。村に吉兆どころか災いをもたらし何もせず死んだ。それから数年後、被害者の救済が終わってから私は考えた。
「あの女を、遠野を潰すわ……フフフ、アハハハハ!!」
「奥様……さすがに」
「あなたは反対? 鈴?」
私の計画を話すと下の町で私の窓口として動いていた元家人の反応は微妙だった。仕方ない、この子は二人の姉代わりだったから同情したのだろう。
「い、いえ……ですが、こんなこと鋼志郎様は!!」
「関係ない、あの子はもう居ない……これは私の復讐よ!!」
それから私は岩古を利用し積極的に遠野の家の力を削いだ。幸いにも、あのクズのお陰で遠野の信用はガタ落ちだ。土地の管理を移すなど岩古に奏上した時は褒められた位でバカな家だと内心で笑ってやった。
「はぁ……あっ、その……」
「ふんっ……」
たまにすれ違う裏切者の女も、その家族も顔に生気が無くなり苦労している様子を見るのは生きがいだった。村にも裏から手を回し夫人会の力で配給も制限し、みすぼらしくなる様子は痛快で胸がすく思いがした。
「鋼志郎、私が仇を取ってあげますからね……母さんが……」
「奥様……もう、じゅうぶんでは?」
あの子の写真を見ながら思い出すのは、この十年間だ。既に村でも孤立状態だが未だ大介の力は健在で許せなかった。まだだ、まだ足りない。
「鈴、あなたは鋼志郎を裏切るの?」
「いえ、ですが――――「あなたは下の町で待機なさい、村に戻らないで結構よ」
役立たずは要らない。それから更に五年……大介が死んだ。複雑だが仕方ない。これもクズを認めた責任だ。これで後は世間知らずの女共しかおらず遠野は終わる。
「楽しみよ……今からね」
だが翌日に事件が起きた。息子が帰って来たのだ。私は思った自らの手で復讐するために鋼志郎は帰って来たのだと信じて疑わなかった。
第二章「15年後の今」編 (完)
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