第三章「復讐の始まり」

第21話「感情のぶつかり合い」


「か、母さん……?」


「その女を!! あなたを捨てた女を許すどころか婿に入る? どうして? なんでっ!! そんなに母さんを苦しめたいの!?」


 怒りを爆発させた母に俺も他の一同も困惑した。普段から物静かだったから印象が全然違う。ここまで鬱憤が溜まっていたなんて思わなかった。


「いや、俺は……」


「そんな女が幸福になるなんて許されない!! あなたの相手に相応しくない!! 私に任せなさい、キチンとした相手を見つけるわ!!」


 一瞬だけ困惑したが俺のやることは同じだ。決めたんだ皐雪と千雪ちゃんを何が有っても二人は俺が守る。過去は振り返らないで未来へ一直線だ。


「母さん……頼む、皐雪をもう許して欲しい」


「何を言ってるの? 私はあなたのために……この十年ずっと」


 十年間も母さんは皐雪に……まさか俺のため? 俺に興味なんて無さそうな顔をして父さんの言葉に従っていた母さんが?


「鋼志郎様、皆様、失礼致します」


「鈴? どうした?」


 扉を開けて入って来たのは俺や皐雪の姉代わりの鈴だった。


「奥様はずっと、ずっと苦しみながら鋼志郎様のために復讐されてました、そして私もお止め出来ませんでした……旦那様は何も気付かれませんでしたが」


「うっ……」


 父さんの目は本当に節穴だったようだ。俺の下の町での暗躍も母さんや岩古の動きすら掴んでいなかった。これが村の外部との繋がりの代表とは聞いて呆れる。定幸に裏をかかれるのも納得だ。


「でも、どうか今が最後の機会、お願いします、奥様、皐雪様」


「ふざけないで鈴!!」


「申し訳、ありませんでしたああああああ!!」


 隣にいた皐雪が真っ先に土下座して畳に頭をこすり付けていた。俺は村に来て初めて躊躇った。皐雪を止めるべきか母さんの話を聞くか悩んだ。


「許す訳がない……あのクズとお前が!! 私の大事な鋼志郎をどれだけ傷付けたか!! 何人の村の女を不幸にし村の名誉を損なったか……それに加担したのがお前よ遠野皐雪!! お前はお前だけは……許さない!!」


「はい、その、通りです……」


 俺が何かを言おうとした時に皐雪は土下座したまま器用に視線だけズラし俺を見た。その目は言っていた「今は見てて」と……だから見守る事にした。


「あなたの祝言!! ああ忌々しい、能天気な顔をして言ったわね、幸せになりますと、その口で!! 村のために頑張りますと!!」


「はい……言い、ました……」


 そういえば皐雪は結婚式とかしてるんだよなと今さらながら心がざわついた。全て受け入れるなんて言っておきながら母の言葉一つで簡単に気持ちが揺らいだ。




「遠野……皐雪!! お前は、お前は鋼志郎と初めて結ばれた日に私に誓った!! 二人で幸せにと、私があの言葉で……どれだけ……なのに!! なのに!!」


「申し訳、ありません……」


 そんな事も有ったな。ただ俺は初めて抱いた皐雪の感触と匂いしか覚えてない。なんか母さんの小言が有ったな~程度だったけど母さんは違ったらしい。


「沙喜子……少し落ち着け、もう少し冷静にだな」


「……くっ、お、お、お黙りになって下さい鋼一さん!!」


 今度こそ驚いて言葉が出なかった。母さんが父さんに村の三家の男に反抗するなんて俺が村を追放された時には考えられない行動だからだ。


「あら……」


「お~」


「沙喜子さん遂にブチギレた……」


 これには冬美さんも鉄雄も月ですら驚いていた。月の話では母さんは暗躍はしていたが表では今まで通りだったはずで父さんは初めての反抗で唖然としていた。


「あ、いや……それは」


 勝負は一瞬で着いていた。そして母さんは再び皐雪に向かって怒鳴り始めた。


「まだよ、まだ十年分の恨みも思いも足りない!! 足りないのよ!!」


「はい……沙喜子さん」


「その目、その目よ!! 忌々しい……その目で口で!! 私の大事な息子を大事にすると誓いながら!! その全てを裏切った!!」


 荒い息を吐きながら母さんは鬼のような形相で皐雪を睨みつける。それを正座のまま真正面から受ける皐雪の目は揺れていた。


「その通りです」


「何とか言いなさいよ!! 認めれば許されるなんて思わないで!!」


「……全て、事実、ですから……でも」


 だが母さん俺の惚れた女は困ったら甘えて来るし弱いし情けないバカだが昔と違う所が一つだけ有る。


「でも? でも何かしら?」


「私は、たぶん、いえ今も弱いままで、こうちゃん……鋼志郎さんに甘えてこの数日間は本当に楽しくて懐かしくて逃げ続けてました」


「さゆ……」


「でも、だから逃げないで今度こそ……こうちゃんと娘と三人で生きるために全て受け入れる覚悟が……今は有ります!!」


 皐雪の目はもう揺れていない少し濡れていた。そして決意を秘めた目に迷いは一切無かった。


「そんな、そんな戯言!!」


「戯言なんかじゃない……さゆは変わったよ母さん」


 だから俺も迷う訳には行かない。皐雪の隣に正座になって母さんを見上げて口を開いた。俺を選んだというその意志が思いが有れば俺は何度でも護るために戦える。


「鋼志郎、何を!!」


「あなたと同じ母になったんだ……」


「私と、こんな売女ばいたが同じ訳ない!!」


「もう皐雪は同じ母親だ……母さん」


 皐雪は俺の前では変わらない幼馴染バカのままだ。だがこの数日間そして村で俺が聞いた話から肩身の狭い思いはしても諦めず娘を、千雪ちゃんだけは守ろうと必死だった。それは俺を影ながら守ろうとした母さんと同じだ。


「こう、ちゃん?」


「予定とは違うが過去の因縁そして罪、全部一緒に背負ってやる、さゆ!!」


「鋼志郎、あなたが……あなたが背負う罪なんて何も!!」


「有るさ、皐雪に惚れて母さんを悲しませた罪とんでもなく親不孝だろ!! 心配ばっかかけた俺の罪だ……だから母さん……」


 俺は皐雪の手を取って二人で母さんを見て言った。


「鋼志郎そんな言葉……今さら」


「今日まで、俺を想ってくれて……ありがとう、だから俺と皐雪が今度こそ結ばれるのを許して欲しい、お願いします……母さん」

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