第20話「秘めたる思い、埋まらない確執」
「まず今日の議題だが……鋼志郎についてだ」
「はいは~い、鋼一おじさま、それって私の実家には?」
「お、おい月、今は……」
父さんの言葉に反応したのは月だった。その言葉に鉄雄は慌てて俺の顔色を見ていた。バレバレだな……本当に腹芸が出来ないな鉄雄のやつ進歩が無い。
「私も……月さんの言葉には一理有るかと」
「なんだと沙喜子?」
そして鉄雄の静止を遮るように俺の母が反応したのは意外だったが助かる……これで誰が敵か味方かがハッキリした。
「いえ、あなた、ここに月さんしか岩古の人間が居ないので……まず確認を……」
だから俺が仕掛ける。それも村ルールに
「はぁ……女は黙ってろ、違いますか父さん?」
「っ!? こ、鋼志郎……何を!?」
「うっ、うむ……確かに鋼志郎の言う通りだ……黙ってろ」
岩古村で発言権が有るのは岩古の人間の次は三家の当主そして三家の男さらに下で三家の女だ。それは当主の妻でも適用される。何より今の父は俺の操り人形で一睨みでイエスマンになる。
「あなた!! ですが鋼志郎は出奔中……言わば部外者でっ!?」
「黙れと当主の俺が言っている……二度も言わせるな!!」
「はい、くっ……」
よしよし父さんは良い感じに従順だ。問題はやはり月だ。奴を抑えれば何も問題は無い。どういう風に料理するか……とりあえず岩古の人間は全員叩き潰す。
「じゃあ、おじさま私はオッケーですよね?」
「鉄雄くんの許可が有ればだがな……」
「テツいいでしょ?」
こいつ……今はこんな感じなのか。昔は俺達の後ろをちょこちょこ付いて来てただけだったが変わるものだと感慨深くなる。
「ああ、だが、まずは話を聞くんだ月」
「はいはい、すいません……少し黙ってま~す」
「ふぅ……では鋼志郎」
やっと俺にお鉢が回ってきたから今度こそ宣戦布告だ。
「俺、遠野鋼志郎になるわ、んで遠野家に入る」
「なっ!?」
「へ~、そう来た……山田じゃないんだ、ふ~ん」
母は短く驚いた後に顔を歪めていたが反対に月はニヤリと笑うと俺を見ながら頷いていた。
「という訳だ、さゆ……婿に入れてくれ」
「え~、私お嫁さんの方が良かった、まっ、いっか家族になれるんだし!!」
岩古を潰すためには三家の存在は必要不可欠だ。役目が終われば三家も潰すが順番は大事なんだ。
「ああ、今夜は初夜だから可愛がってやろう、感謝しろよ?」
「うん!!」
「ぷっ、先輩たち変わらな過ぎなんだけど……良かったですね皐雪先輩?」
「うん、月、ほんといつもありがと」
え? いつもだと? どういう意味だと皐雪を見るが今の言葉の重要性に本人が気付いてない。そして俺の困惑は月の言葉でより深まった。
「コウ先輩、たぶん私は敵じゃないですよ~?」
◇
俺は一瞬だけ戸惑ったが関係無い。ブラフなら突き破るのみだと思い返す。既に手配は済ませているから問題は無い。
「岩古の、それも本家の人間を信じろと?」
「今回の件について私は賛成です。本家にも黙ってます」
「なっ!? それは!?」
月の言葉に反応したのは意外にも母だった。
「何が狙いだ?」
「そりゃ私は岩古本家や沙喜子さん、それにテツと違って皐雪先輩サイドなので」
岩古家や母さんと違ってだと……どういう意味だ? 意味が分からない。
「まさか月さん……あなたっ!?」
「やっと気づきました沙喜子さん? 私がスパイだって……ね、皐雪先輩?」
「スパイってなんだっけ、月?」
「前に裏山で話したじゃないですか!! 私がお米とか野菜とか上手く配給を誤魔化して渡すから何か有った時は助けて下さいって、今がその時なんですよ~」
そんな協定が? だが、そんな話は皐雪から何も聞いて無いんだが?
「あっ、忘れてた、こうちゃん。五年前くらいから月には野菜とかお米とか裏でコッソリ貰ってたのアレで助かってたんだ~!!」
どうやら今夜は優しくするのは無しだ。他に思い出すことが無いか徹底的に攻めようと心に決めた。
「月、お前そんなことを……何で!?」
「何でって……テツも村の皆も皐雪先輩のこと見て見ぬ振りして!! 皐雪先輩は私の先輩で友達だよ!! 裏切れる訳ないじゃない!!」
「なるほどな……」
俺の言葉に鉄雄が目をそらした。こいつなら俺の気持ちが分かっていたはずだ。にも関わらず俺に皐雪の情報を流さなかった。皐雪の危機に俺が計画を無視してでも戻る事が分かっていたからだ。
「私だって先輩の自業自得だと思う、けどさ先輩すっごい苦しんでたのに誰も助けないじゃない!! それに沙喜子さんが遠野家を村八分にしたのも見て見ぬ振りで!! 岩古はそれに乗っかって頭に来てたの!!」
どうやら敵と味方が色々と混在して来た。それに今の月の言葉……母さんが関係してる? 少し話を聞く必要が有りそうだ。
「それは……だが月……」
「テツの気持ちも分かる……でも先輩は十年以上頑張ったんだよ!!」
「う、うるせえ!! 鋼志郎が、ダチが十四年前どんな気持ちで追い出されて……でも俺は何もできなくて!! 女のお前には分かんねえだろうが!!」
そして夫婦喧嘩が始まったが状況は理解した。大介さんまで情報を流さなかったのは疑問だが鉄雄は村の人間による皐雪たちへの村八分を見て見ぬ振りしていたという話で母は扇動していた。
「月、皐雪を助けてくれて感謝する。鉄雄も……だが今は俺に協力しろ」
「やっぱり復讐に戻って来たんですね、しかも
「なっ!? 月、何でお前知って!?」
そのリアクションは悪手だ鉄雄……どうやら、お前の嫁は思った以上に有能だ。
「私、岩古の元巫女だし、こういう話に付いて行けないと居場所も無かったから」
「答えはイエスだ月……俺から皐雪を奪った連中を村ごと潰す!!」
俺が宣言した瞬間くぐもった笑い声が広間に響いた。
「くっくっくっ……あぁ、本当にどこまで愚かなの鋼志郎!!」
◇
それは今までに聞いた事の無い母の怨嗟のこもった声だった。
「沙喜子どうしたのだ!?」
父さんが静止するのも無視し母は叫んでいた。
「そんなにその女がいいの鋼志郎!? そんな最低な女が!?」
「母さん……?」
「もう我慢の限界よ……ふざけないでっ!! あなたを裏切ったその女が……その愚か者がそんなに良いのかと聞いているのよ!?」
そう言って皐雪を睨みつけた母は俺の知らない顔をしていた。母がここまで感情を爆発させた姿を俺は生まれて初めて見た。
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