第19話「強さの証明と岩古の影」


「ああん? てめえ今、俺の皐雪をアバズレって言ったか?」


 俺はさらに蹴りを二発入れて黙らせ振り返ったが皐雪の目は死んでいた。


「こうちゃん……言ってないよ恥知らずって言ったよ、その人」


「くっ!? まさか俺の本心を聞き出すのが狙いか!?」


 さらに隣の家人も殴り飛ばす。悲鳴が上がるが問答無用だ。まさか俺を誘導尋問するとは許せない蛮行だ。


「こうちゃん、酷い……本当だけど扱いが酷いよ? 反省してるよ?」


「その通り、反省している俺の女をアバズレ扱いとは!! 許せん奴らだ……」


「もういいよ、そういう扱いで……」


 最後の一人を殴り飛ばすと皐雪がイジけていた。俺はお前のために叩き潰してやったのに酷い言い草だ。


「鋼志郎そこまでに……」


「分かったよ父さん」


 俺は殴り倒した三人を睨みつけた後に周囲の人間も睥睨へいげいする。


「「「ひっ!?」」」


 そして素早く全員が膝を付くのを見て大いに満足した。デモンストレーションはこれで終わりだ。


「うわぁ……こうちゃんの圧とか久しぶり……ちゆ、あれがこうちゃんの本気だから、でも大事な人には絶対に向けないから大丈夫、あの人と違うから」


「そうなんだ……」


「もう大丈夫よ、ね? こうちゃん」


 後ろで震えていた千雪ちゃんを抱き締めて説明する皐雪に背中で答える。これからは二人は俺が守る。ついでに冬美さんも守っておこう。


「ああ、もちろんだ皐雪、千雪ちゃん怖かったか? ごめんな?」


「う、うん……だいじょぶ、です」


「おらっ!! お前ら千雪ちゃんが怖がってんじゃねえか!!」


 無抵抗の三人に怒鳴ると土下座して固まっている。後ろから皐雪の静止の声が聞こえるまで俺は周囲を威嚇し続けた。




「……じゃあ今度こそ案内してくれ」


 しかし全員が膝を付いたまま震えている。弱くなったな俺の家……熊は当然だが猪にすら負けそうだ。自警団で対応できるのか怪しいな。


「では、私が案内を致します……」


「え? あっ……」


 そんな中で奥から出て来た女を見て俺は驚いた。皐雪も同様で懐かしい顔に思わず叫んでいた。


「鈴姉ちゃん!!」


「お久しぶりですね……皐雪様」


「ああ、鈴……久しぶりだな」


「ご立派になられましたね鋼志郎様……これも狙い通り、ですか?」


 今の苗字は知らないが旧姓は高田鈴は俺の家の近所に住んでいたお姉さん的な人で俺の家人。そして俺と皐雪の関係の終焉を見届けた人だ。


「ああ、ついでに可愛い娘も手に入れたぜ?」


「きゃっ!? もう、こうちゃ~ん」


「鋼志郎さん……私ついで、ですか?」


 二人を両腕で抱き締めると皐雪は満面の笑みで千雪ちゃんは困惑していた。その様子を見て鈴も笑顔を浮かべていた。


「ごめんごめん、大事だよ」


「扱いが母さんと同じで雑です」


「ふふっ、では遠野家の皆様もご案内します」


 少し膨れた顔も可愛い千雪ちゃんと皐雪を連れ俺は鈴の後ろに付いて行く。そして父さんはサラッと冬美さんをエスコートしていた。おい父よ母が隣にいるのに堂々とし過ぎだ。だが俺の母は俯いて無表情のまま付き従うだけだった。


「これはこれは……」


「わぁ!! たいだよ、こうちゃん!!」


 この山奥でここまでの大きさの物を人数分、鯛の尾頭付おかしらつきか随分と奮発した方だ。ちゃんと金が効いてるようで安心した。


「そうだな……ああ凄い」


「えっ?」


 一瞬、千雪ちゃんの目が気になったが俺は父の言葉に引き戻される。


「では席に着いてくれ、間もなく滝沢の家の者も来る」


 その言葉に頷きながら母を見ると表情が一瞬だけ変化した。どうやら知らされてなかったらしい。その後、少し遅れて鉄雄そして、その家族がやって来た。


「よぅ、鋼志郎?」


「おう、鉄雄……そうか、お前だったな」


 鉄雄の隣にいる女、名前は滝沢 月を見て言う。彼女は二つ年下で俺達の高校の後輩だ。


「本当にコウ先輩が戻って来てるし、皐雪先輩も!!」


 軽い感じで挨拶してくるが、こいつは要警戒対象でもある。例え親友の妻だとしてもだ。


「久しぶりだな……今は滝沢か? 岩古 月いわこ つき?」


「あはは、そりゃ先輩からしたらそっかぁ……で、でも今は滝沢なんで~」


 コイツは岩古本家、あの松のババアの妹の孫、つまり岩古直系の三役の家の出で俺の敵だ。


「えっと月、久しぶり~」


「あっ、そうでした……久しぶりですよね私たち」


 中々に話が嚙み合わないが向こうの子供達が会話に乱入したお陰で会食は緊張感を保ちながらも穏やかに進んだ。




「では定幸、それに鈴……奥の間を使う」


 父の言葉で空気が変わる。それから千雪ちゃんと鉄雄の子供達は別室に案内され俺たち大人組は奥の間へ向かった。


「そういえば鈴は誰と結婚したんだ?」


「はい、今は下の町の人と結婚しまして今回のような緊急時だけ奉公してます……今の名は田野 鈴です。鋼志郎様」


「そっか……田野?」


 そのワードに聞き覚えがある気がしたが今は目の前の会議だ。厄介な元後輩の女の対処が先だ。


「こうちゃん、鈴姉ぇと何を話してたの?」


「ああ、誰と結婚したのか気になって」


「あっ、こうちゃん追放されてて知らなかったよね、下の町の田野さんって町議の息子さん。今はお父さんの秘書やってるよ」


「ああ、それでか……」


 聞き覚えが有ったのは当然だ。金をバラまいた奴リストに名前が有った人間だ。

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