第18話「建前『ただいま』本音『侵略開始』の内心」


「鋼志郎さん、これも……よければ」


 蚊の鳴くような声で俺に言う千雪ちゃんを見ると手が震えていた。その手の中には恐らく野菜の胡麻和えが有った。一瞬さゆを見るとウインクしている。


「じゃあ貰おう……うん……なるほど」


「あっ、やっぱり母さんみたいには……」


「いや美味しいよ、塩も効いてるけど俺好みで、美味い!!」


 娘……のような子が一生懸命作ってくれた料理なら基本なんでも美味いんです。不安そうな顔から一気に笑顔になるのは昔の皐雪と同じで母娘だと感動した。


「べっ、別に無理しなくても……」


「ちゆ、こうちゃんはマズい時はマズいって言うから、そういう人だからね? 昔、私がお弁当作った時なんてもう酷かったんだから!!」


「そ、そうだったか? でも料理が上手いのは母さんに教えられたからだろ?」


「あっ……うん、沙喜子さん、そだね私のお料理の師匠だったし」


 明らかに表情が曇ったのが気になった。皐雪は中学の頃は俺の母に料理の指導をしてもらっていた。許嫁だったから花嫁修業は俺の家で行われていたのを思い出す。


「冬美さん俺の実家の話が出たので報告が……明日は予定通り俺の実家に行きます」


 俺は三人に明日の計画について改めて話をした。千雪ちゃん以外には事前に話していたから問題は無い。


「えっ!? って……母さんもお婆ちゃんも知ってたの!?」


「ええ、昨日聞いてましたし鋼志郎くんならやると思ってたわ」


「奇襲とか電撃戦がこうちゃんの得意技だから!!」


 その謎の信頼は気になるが正解だから何も言えない。そんな感じで夕食は和気あいあい?と進んで翌朝から遠野家の女性陣は大変だった。




「母さ~ん、私やっぱ着物やだ~」


「我慢しなさい皐雪、今日は公式な集まりよ……千雪を見習いなさい諦めてされるがままよ」


 朝から下に降りると着付け大会だった。普段から着慣れている冬美さんは既に着替えて豪奢な藤色の着物になっていて皐雪の着付けをしていた。


「ありがとう、妙子さん」


「いえいえ、こんなババでも役に立つのなら嬉しゅうございます千雪お嬢様」


 千雪ちゃんの着付けをしてくれているのは未造さんの奥さんの妙子さんだ。遠野家に残ってる数少ない家人で今回のために来てくれた。


「千雪ちゃん似合ってるよ、ピンクと白か、可愛らしいね」


「ありがとう、ございます……」


 顔まで真っ赤で可愛すぎる。あと数時間で俺が……もう色々と我慢が出来ない。


「それ、私のお古なんだけどな~? それより私は? こうちゃん!!」


「まずキチンと着ろ、それからだ」


「私への扱いが雑過ぎ!!」


 文句を言ってるが冬美さんに帯を締め付けられ「グェッ!」と声を出している。やはり皐雪の扱いはこれくらいでいい。


「ふふっ、お懐かしゅうございます……皐雪お嬢様にはやはり鋼志郎坊ちゃんが……あっ、失礼しました千雪お嬢様……」


「いいんです妙子さん、あの人は家の恥ですから……それに私も、その……鋼志郎さんの方がいいし……」


 俺としては嬉しいが……いや俺も遠慮は止めよう。もう俺は村に喧嘩を売っているんだ。だったら死んだ昔の人間なんて気にしない。俺が今二人を奪い取るくらいの気概が必要だ。


「ありがとう、じゃあ俺は外で待ってるよ」


 俺は二人の着替えが終わる前に関係各所に連絡した。もう鉄雄や父にも根回し済みで下の町の部下達にも指示は出し終えた。さらに腹心からの連絡も受けていた。


「頼むぞリオン?」


『はい、既に矢巾とⅠ・Wには連絡済みです』


「そうか、では二社とも動かせ」


『はい、社長お任せを……』


 そして俺は三人を車に乗せ決戦の場である実家に乗り込む。家の前に堂々と乗り付けると俺の実家は相変わらずで遠野よりも家人が多く衰えは無かった。




「ようこそ、というのは変かな?」


「ああ、一応まだ俺は山田の人間だと思っていたが?」


 出迎えては打ち合わせをした父だ。その隣の母は何の感慨も無いように顔を伏せたまま口を開いていた。目も合わせてくれないとは悲しいものだ。


「おかえりなさい、鋼志郎……」


「ただ今戻りました」


 正直、俺の母は昔から存在感が希薄だったから言われてもイマイチ心に響かなかった。そして俺の後から皐雪たちが門に近付いた瞬間、母の眉根がピクンと動き同時に数名の家人が動いた。


「えっ?」

「やっぱり、こう来るよね」

「ふぅ……」


 千雪ちゃん以外の二人は即座に反応していたが俺はそれ以上に早く動いて三人の前に戻っていた。


「随分と派手な催しだな?」


「お前達!? 何をしている!?」


 父の演技の可能性も有るが俺には違うように見える。そして俺の前に立った見覚えの無い家人が口を開いた。


「若様!! なぜ裏切者の遠野の人間など!!」

「そうです、なにゆえ!!」

「何より遠野の恥知らず――――ふごっ!?」


 最後に余計な一言を言った奴を俺は全力で殴り飛ばし実家の正門に叩きつけた。こうなりゃ問答無用で全員叩き潰した方が早いな物理最強だし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る