第17話「不穏」


「千雪、本当に大丈夫?」


「うん、大丈夫……とう、鋼志郎さんも」


「俺は父さん呼びでいいからな千雪ちゃん?」


 こういう時こそアピールだ。多少強引でも今がチャンス。


「それは嫌です……だって……」


 そこまで拒絶されるのは悲し過ぎる。どうしてだ千雪ちゃん……やっぱりオッサンがキモいのか泣けてくる。昔は皐雪以外にもモテたのに……。


「あ~、やっぱそうなんだ……」


 皐雪が分かったような顔でいるが最後まで教えてくれなかった。そして俺が睨まれた。皐雪よお前もか……。


「とにかく帰りたいんですけど」


「分かった。続きは車の中で話そう」


 俺は内心泣きそうだが表面的にはノーダメな振りをして車に戻った。ただ、その前に食料品も足りないからと買物をしたいと皐雪が言い出した。村からの分配も収穫物も村八分状態で足りないそうだ。


「だから、こうちゃん、少しだけお金貸して!!」


「いや貸さん、ここは俺が全部出す」


「でも……」


 食べ盛りの娘も居るし、これから栄養付けなきゃダメな女も居る。なら、しっかり食べさせないといけないし金なら腐るほど持ってるから使わないと損だ。


「こういう時は男の、いや夫の甲斐性だ違うか、さゆ?」


「でも、まだ……私は……」


「殊勝なのも悪く無いが……お前は図々しいくらいでちょうどいい、それに好きな女くらい養わさせろ……な?」


 最後は強引に抱き寄せると皐雪は頷いた。昔みたいに大人しく甘えてろと言って解放すると千雪ちゃんの方が顔を赤くしていた。しまった……またしても教育に悪い事を……何たる失態だ。


「うん……ありがと、こうちゃん」


「やはり父とは大違いです、鋼志郎さんは……」(あと母さんズルい……)


「ん? 何か言ったかな? あと男なら家族を守るために働いて家を守るもんだ」


「それをしなかったのが私の父です……殴られた記憶は有ります、でも守られた記憶は有りませんから……」


 その言葉を無表情で言った顔を見て俺は絶句し皐雪は固まって二人揃って複雑な顔になってしまった。


「千雪ちゃん……」


「ごめんなさい、迷惑かけて空気まで悪くして……」


「えっと……こうちゃん!! 千雪はハンバーグ好きなの!!」


「お、俺も好きだ、じゃあ買って帰るか!!」


 俺は車を降りてグッと背を伸ばしながら言うと皐雪がジト目で俺を見て来た。


「こうちゃん、私それくらい作れるけど~?」


「いつも外食だったから……作るか、考えになかった」


 俺の発言から食生活を心配され夕飯は手作りハンバーグとなった。そして俺はカートを押す係だ。二人が食材をドンドン入れて行くのを横目に手持ちが心許ないのを思い出し仕方なくレジではカードを取り出していた。




「そういえば、こうちゃんのカードって父さんのと違ったね~」


 車の助手席で思い出したように皐雪が言った。


「三家のは一元管理されてるカードだから確かゴールドだろ?」


「うん、そうそう金色の、こうちゃんの黒いね? 腹黒だから~?」


 四、五年前くらいに普通のカードじゃ恰好が付かないとグループの上役に言われ無理やり作ったカードだ。年会費も高いから嫌だったんだが仕方ない。社長はプライベートでも威厳が大事だそうだ。


「それって……ブラックカード、か、母さん……知らないの?」


 皐雪と違い驚いて俺を見ている千雪ちゃんは分かっていた。一方の皐雪は色違いとしか考えて無い。


「千雪ちゃんが知ってるのに驚いたよ、どうして?」


「前にお爺ちゃんにカタログ見せてもらって……それって招待制、ですよね?」


「なるほど……よく知っててエラいな~、千雪ちゃんは!!」


 思わず頭を撫でると顔を真っ赤にしてて可愛かったが今さらながらオッサンの悪い癖が出てしまった。そんな騒動も有った買い出し後に俺達は村に戻った。


「こうちゃん?」


「何でもない、さゆ、あれは?」


「あっ……あれね……大丈夫……慣れてるし」


 車を停め周囲を見ると遠巻きに村の人間が見ていた。子供や女が多いが降りて来た二人を見ると目をそらす。仕方ないとはいえ、こんな扱いを十年以上も耐えて来たようだ……これは確かに鬱陶しい。


「いつもの、ことです……」


「うん……行こ」


 先に二人が屋敷に入ると今度は数名が俺にだけ頭を下げていた。見覚えが無いが向こうは知っているらしい。色々と複雑だが今はまだ我慢だ。そのまま二人の後に続き屋敷に戻った。


「さゆの手料理も久しぶりだ」


「そうだよね、じゃあ今日は腕によりをかけちゃう!!」


 冷蔵庫に食品を詰めながら言う皐雪は主婦っぽくて、こういう所はすっかり変わっていて俺の知らない時の流れを思い知らされる。


「私も頑張るんで……その……」


「ああ、千雪ちゃんの手料理も楽しみだよ」


「はいっ!!」


 千雪ちゃんも俺に頑張るアピールしてくれて尊い……こんな可愛い娘がもうじき義理とはいえ娘になるなんて俺は幸せ者だ。




「美味いな……さゆ、思った以上だ!!」


「まあね、私も伊達に主婦してなかったんだよ~?」


 これは意外だった。そもそも皐雪はこう見えてお嬢様だ。昔まだ許嫁同士だった時には俺の母に料理を教えられていたが、ここまで上達しているとは思わなかった。


「ちゃんと料理してるのが分かる、見た目重視じゃないからな」


「見た目重視?」


 知人の紹介で女の家に行った時に出された料理は苦手だった。映えを狙ったSNSに載せるためのキラキラ料理で俺を落とそうとして来たのを思い出す。他にもあからさまな肉じゃが出して来た女もいた。


「向こうじゃ見かけばっかで、さゆの手料理は落ち着くし美味いよ……」


 だから久しぶりの幼馴染の料理で改めて俺は村に帰って来たと実感できた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る