閑話その2「バカな私の失敗談」
◇
「やっぱり、こうちゃん凄かった……助けてくれたしエッチも久しぶりなのに気持ち良かったし、私のこと全部分かってたし」
「はぁ、朝から何を言ってるの皐雪……」
私が朝ごはんを食べていると後ろから声がかけられた。こうちゃんも千雪を送ってるから今は居ないし未造さんは外だから相手は一人だ。
「母さん、昨日ね!! こうちゃんとね!!」
「あれだけ騒げば気付くわ……そもそも彼が帰って来た日にも……」
昨日の事も含め母には全て筒抜けだった。だって、こうちゃんが昨日は声も我慢しなくていいって言ったからだし。
「え? 起きてたの?」
「あの人が亡くなったのよ、気絶はしても眠れなかったわ」
「そっか、こうちゃんが忘れさせてくれたけど、父さん……死んじゃったんだ」
急に涙が溢れた。こうちゃんが許してくれた時も泣いたけど同じくらい涙が出る。あっちは嬉し泣きだけど今は悲しくて辛かった。
「やっと泣いたわね……あの日のように、もう泣けないのかと思ってた」
「あの日?」
「あなたの前の夫が亡くなった日よ」
そういえば忘れていた。いや、忘れたかった私の嫌な過去だ。言われて思い出すのはバカな私がこうちゃんを裏切ってまで手に入れた最低な日々だ。
◇
「俺なら君を一人にしない……悲しませるなんてするはずがない、だから俺と付き合ってくれ、遠野さん!!」
「でも、こうちゃんは村のために頑張ってるし、私は……」
「君を悲しませる涙を止めたいんだ……ふっ、彼は君を放置して一年だろ? 都会には誘惑がたくさん有る、僕も昔、都会に住んでいたから分かるさ」
彼、野田
「でも……こうちゃ――――んんっ!?」
「許嫁なんて間違った運命を俺が断ち切るさ、君に真実の愛を教えるよ!!」
そして無理やりキスされた後に酒の勢いと強引なアプローチに押されて私は体を許していた。それから三度、彼と関係を持って気付けば千雪がデキていた。
「こっ、子供!? マジか、めんどっ――――「私の親に挨拶だよね、行こ?」
「いや待て遠野!! お、俺はっ――――」
赤ちゃんがデキたなら仕方ない。そうなったら即報告しろって、こうちゃんは言っていた。だから母に報告すると三回ビンタされた後に大騒動になった。そして次に報告した父にはゲンコツを食らって堕ろせと言われた。
「いや、だって真実の愛の子だもん!! ね? 先輩!!」
「あ、ああ……その通り、です!!」
「悪いが、当家には鋼志郎という立派な許嫁がいる、よそ者は出て行け!!」
その時のお父さんは人殺しのような目をしていた。だが状況は当時の私にとって好転した。岩古本家が登場したからだ。
「むっ、むむむ!! 宣託じゃああああ!! その男は我が村の吉兆!! 腹の子は村の繁栄の象徴となるであろう占い結果じゃああああああ!!」
「松様の占いじゃああああああ!!」
「岩古の予言じゃあああ!!」
村の有力の三家そして配下の村の政を司る家の者達は全員固まった。こうちゃんの両親も鉄っちゃんの親も皆の顔が真っ青だった。
「さすが先輩!! これが真実の愛!! 運命ですね!!」
そして当時の愚かな私は
「えぇ……いや、これは……」
「吉兆の出た主に話が有る……来るのじゃあああああ!!」
そのまま先輩は岩古本家の人間に拉致され二日は帰って来なかった。それから半年と少し、お腹の大きくなった私はこうちゃんと再会した。再会したこうちゃんとは喧嘩別れで、だから私は気になって夜にまた会いに行った。
「はぁ、今回だけですよ皐雪さま」
「ありがと鈴姉ちゃん」
その後いっぱい叱られた後にお願いして最後に抱いてもらった。お腹が大きいのに気持ち良さは先輩の何倍も有って私の中に一つの疑念がわいた。
(真実の愛より気持ち良かったの何でだろ?)
そんな事を考えながら気付けばこうちゃんは村を出ていた。でも二年後には会える。その時には話くらいは出来るとバカな事を考えていた。
◇
「あ、お帰りなさい、あなた」
「ああ……」
「あうあ~」
千雪が生まれて三人での暮らしが始まった。まずは村に馴染ませるため三人だけでの生活という話を両親からされたからだ。
「皐雪、今夜ヤらせてくれよ」
「ダメ、ちゆの夜泣きも有るし無理、乳離れまではダメよ」
「ちっ!! それも村のしきたりか?」
「うん、それに、こうちゃんもダメって言ってたし」
子供が生まれたら子供優先だと私は小学校の時には言われていた。母さんもそうだったらしいし、こうちゃんから何度も聞かされた。
「は? そいつはもう村に居ないだろ」
「居るとかいないとかじゃないよ何言ってんの?」
そして週に一回の私の両親との会食の時にギクシャクした事も有った。一年もすれば父も受け入れ千雪の手前お小言も減った。だからその日も何の問題も無かった……はずだった。
「このヤマメ、父さんが釣って来たの?」
「ああ、大きいだろ?」
「す、凄いですねぇ、お義父さん」
「ああ、だが俺の弟子はもっと大きいのを釣った事があるんだ」
酒も入って饒舌な父は大好きな釣りの話を始めた。清貴は釣りのセンスが無いから千雪に教えると二人の話を聞きながら私は弟子と聞いて思い出していた。
「こうちゃんはパパの一番弟子だもんね~」
「ああ、こうちゃんは筋が良かった」
「はっ? 何で……?」
その後も父さんとの釣り勝負の思い出話を聞かされ懐かしさに思いを馳せていた間も彼は無言だった。
「ふぅ……冬美、熱燗をもう一つ頼む」
「あなた、鋼志郎くんの話になると元気になるんだから……」
清貴が何かブツブツ言ってたが、お酒が入ってよく聞こえて無かった。でも両親との会話も盛り上がったし大丈夫だと思っていた。
◇
「クッソ、何でだよ!!」
「ダメよ……前も言ったでしょ田植えは、こうっ!!」
「皐雪さま相変わらずお上手ですじゃ」
その日は久しぶりに田植えの手伝いをした。お腹も戻ったし人手不足と聞いてやって来た。この年はこうちゃんが村に居なかったからだ。
「はい! ほい!! はいっ!!」
「ふぅ、ふぅ、こんなんテキトーに……」
そして清貴は嫌々と作業を始めたから私は思わず口を出していた。
「雑なのはダメよ、皆も頑張ってるんだから、これだって去年まではこうちゃんが戻って来て手伝ってくれたんだよ、頑張ろ?」
「そうですな、山田の若様は一人で半分はやってくれたからのぉ~」
「凄かったよな……鋼志郎様は……」
その私の声に周りの爺ちゃん婆ちゃんと村衆は口々に、こうちゃんの武勇伝を話し出した。
「ちっ、じゃあ俺帰るわ」
「あなた!? 勝手なことしないで!?」
それから清貴は本格的に荒れ出した。村の寄合でも、こうちゃんの両親に噛み付く始末で話し合いは紛糾した。
◇
「清貴!! 三家の当主に噛み付くなんて何を考えてる!?」
「そうだよ、向こうが許してくれたから良かったけど……」
後から私と父さんで彼を説教するが効果は無かった。それどころか情けない事を言い出した。
「どいつこいつも山田の若様!! こうちゃんっていい加減にしやがれ!! 俺を認めろ!! 俺が選ばれたんだ!!」
「ああ、そうだ清貴、君は三家の山田 鋼志郎の代わりに選ばれた」
「そうだろっ!!」
「父さんの言う通りよ?」
何で分からないんだろう? 私はこうちゃんの許嫁だった。相手が代わったけど村での役割は変わらない。それに何より真実の愛が有るなら代わりだって出来ると当時の私は信じていた。
「は? だけどよ……」
「なら、こうちゃんみたいに頑張ってよ、あなた」
「なっ、俺は奴の代わりなのかよぉ!!」
「さっきからそう言ってるのに……」
私は極めて当たり前の事を言った。それは父も同じで村では常識だし何より厳しく注意したのは遠野家のためだ。
「村の外で育った君には難しいだろうが少しでも村に馴染ませたかった……来年には鋼志郎が戻る。だから村内部で心証を良くしようとしたのに男衆からは嫌われ、女には色目を使っていると苦情が来ている」
「それは皐雪がヤらせてくれないから!!」
千雪を産んでから夜の相手はしていなかった。こうちゃんに比べて口だけで気持ち良くないから育児を理由に断っていた。しかも結婚後は夫としても働き手としても無能さが判明し私は急激に冷めていた。
「夫婦の問題を村での横暴の言い訳にするな!! それは夫婦で解決しろ!! この村で山田の家にそっぽを向かれれば我が家は立ち行かん!!」
山田の家は村の生命線だ。だから滝沢の家も私の家も尊重している。私も昔こうちゃんにお願いしてお菓子を多めにもらっていたから重要性はよく知っていた。
「なら、その若様にお願いすればいいだろ!!」
「それが出来ないのは君のせいだ……皐雪と結ばれるとはそういう意味だ!!」
「そうよ、あなた、これが運命なんだから……頑張ってよ」
そうだ。こうちゃんを捨ててまで結ばれた私達だ。だから頑張ってもらわないといけない。村の一員として当然の義務だ。
「はっ、バッカじゃね~の、あんなの口から出まかせだバーカ!! むしろこんなのに巻き込まれた俺がかわいそうだろうがクソが!!」
「えっ? 何を……言って……」
父さんは分かっていたようで私に諦めるよう言った。そして半年後こうちゃんが行方不明と告げられ私はこの時になってやっと認めた。自分がバカだったと。
「そりゃそっか……わたしが悪いよね……見捨てられて当前だよ……あ~あ、バカだなぁ私……幸せになれって言われたのに」
「ママァ?」
「ちゆ……何でもない、ごめんね……ママ頑張るからね」
それから私は日に日に増えるDVと村との軋轢、さらに清貴の起こした事件で徐々に村から迫害され始めたけど全て受け入れた。こうちゃんを裏切った自分への罰だ。でも娘だけは……千雪だけは守りたかった。
◇
「え? 清貴が……?」
「これから現場へ行きます、気を強く持ちなさい皐雪」
それから数年後いきなり夫の死を聞かされ動転した。母に連れられ現場で見たのは田んぼに頭から突っ込んで変わり果てた元夫の姿だった。
「あ……〇神家だ」
「ぷっ!?」
私が言うと何人かが笑っていた。それは村の女達で私の友人だった寿美ちゃん達だった……彼女は清貴に無理やり犯されて以来、塞ぎこんでいたけど今は狂ったように笑っていた。私のせいで友達まで狂ってしまった。
「ママ、パパは?」
「あ、うん……後でね」
葬儀の場で千雪に声をかけられても涙一つ出なかった。むしろ死んで清々した。でも状況は悪化するばかりで、ついに昨日、父さんまで死んだ。またしても事故死と聞かされ気が狂いそうになった。
「ズルいよ父さん……私も逃げたい……もう死にたいよ……」
あの男が死んで十年、父さんが今日まで支え続けた遠野の家も私じゃ絶対に支えきれない。そんな時だった未造さんの声が聞こえ縁側から庭に出ていた。
「大きい車、なんか凄い……」
そして玄関を開ける音が聞こえ誰かが家に入って行く音がした。誰だろうと私は玄関から再び家に入った。
「何で、さゆが……昔のままなんだ?」
その声を聞いて震えた。後ろ姿だけどすぐ分かった。ずっと待ってた人だ。私は何とか平静を装って声をかける。
「え? わたし普通に34だけど?」
「嘘つくな俺と同い年で35だろ? お前の方が誕生日はええし」
「くっ、バレたか……さすが、こうちゃん」
本物だ……いつもの妄想じゃない。やっと私の本当の運命の相手が戻って来てくれた。もう失敗しない今度こそ私はこうちゃんと……もう一度……。
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