第10話「16年分の醜聞」


「ああ、俺だ。昨日の夜に着いた。すぐ来い、いいな?」


 そう言って俺は受話器を置く。固定式の電話なんて久しぶりに使ったが仕方ない。この村は電波が不安定でネットは使えずスマホで通話してもブツブツ変なノイズが入るからだ。


「誰に電話を?」


「ああ、昔からのダチ……友人だよ。ここに来るように言ったんだ」


 皐雪が屋敷内を動いている間に俺は俺でやる事が有ったが一応は他人の家だから千雪ちゃんに同行してもらい電話をかけていた。


「別に構いません……この家なんて……もう、お爺ちゃんもいないから」


「なら大介さんが居ない以上は残った者で頑張らないとな?」


「部外者のそれも、山田家の人間がですか?」


 なぜか幼馴染の娘に敵視される。山田と遠野の家は俺の件が有ったとしても父が当主なら険悪では無いはずだ。何より岩古が納得させたから文句は言えないはず、となると俺が居ない間に何か有ったと見るべきだ。


「その前に俺と皐雪は幼馴染だよ」


「残念ながら、ご実家も母の友人も見捨てましたが? それと私に友人はいません」


 ああ、ボッチなのかこの子。そういえば何となく陰のオーラも漂ってる。皐雪に似て可愛いのに残念だ。それから少ししてチャイムが鳴った。




「ど、どうも、おはよ~ございます」


「鉄雄さん、来ちゃって良かったんすか?」


「ああ、大丈夫……なはずだ」


 玄関前で話し声が聞こえる。どうやら来たようで俺は不安そうな皐雪と千雪ちゃんの二人を伴って相手を出迎えた。


「よく来たな、ま、入れよ」


「「ええええええっ!? 」」


「やっと来たか鉄雄、早く他の奴らも入れろ面倒だろ?」


 鉄雄と俺が知ってる顔が二人、知らないガキが二人で今の驚いた顔は俺を知っている奴のリアクションだ。


「お前!! ほんとに戻って来たんだな、鋼志郎、待ってたぜ!!」


「昨日、電話したろ? まず皐雪を優先して連絡が遅れただけだ、あと色々と聞きたい事も有るからな覚悟しとけ?」


「あ~、分かった……それで連絡が今朝か……変わってないなお前……」


 俺の言葉で納得したようで鉄雄や他の二人は頷いていたが後ろの若造は理解が追い付かないようで不思議そうにしていた。


「鉄雄さん、遠野のアバズレの新しい男ぉ――――ぐぇっ!?」


「ガキが生意気言ってんじゃねえ人の女をアバズレだと? ぶん殴るぞ」


 不愉快な言葉が聞こえたから取り合えず殴っておいた。隣の千雪ちゃんがビクンとしてて可愛い。それに対して皐雪は慣れているから何事も無かったかのように残りの人間を案内していた。


「もう殴ってるじゃねえか……あと、お前ら迂闊なこと言うな……こいつは下の町の三高で二年間も好き放題してた、あの『瞬間湯沸かし器コーシロー』だ」


「えぇ……マジっすか」


 どうやらガキ二人は俺の顔を知らなかったらしい。だから俺と皐雪の高校時代の武勇伝を聞いて驚いていた。そのまま全員を案内し俺達は話し合いを始めた。




「なるほど、大介さんの遺体はまだ警察に?」


「うん、そうだよ鉄っちゃん、警察から連絡の後に動くと思う」


「その際は手伝えよ? 大介おじさんの葬儀いや神式だから神葬祭か?」


 少しビク付きながら話す皐雪を睨んでいる鉄雄に俺は逆に睨み返すと奴は固まった後にモゾモゾと口を開いた。


「それは、だが……問題は斎主の件だ」


「やっぱ、相変わらず男限定か? この村は」


 斎主とは簡単に言えば喪主だ。この村は岩古家の岩古神社が取り仕切るから神道式で全て行われる。だから斎主が重要なのだが妙な風習が有る。斎主は絶対に男しかなれないという掟だ。


「ああ、松様が特例を認めない限りな……逆に全ての祭事を女の巫女や宮司が取り仕切るってのも変わってねえ」


「そうか……冬美さん、当ては?」


 そこで今まで黙っていた現在の遠野家代表で皐雪の母の冬美さんに話を振った。昨晩は寝込んではいたが今は大丈夫みたいだ。


「難しいわ、あの人が、夫が亡くなった以上、当家に男はいない、もう松様に判断してもらうしか……」


 なるほどな……だが今は後回しで大丈夫だ。


「それは遺体が戻った後の話し合いで……では実務と準備の話を進めよう」


「それだが、自警団の男衆は協力できるが女衆は厳しいと思う」


「原因は?」


「それは……ちょっと」


 俺が聞くと鉄雄は皐雪や遠野家の女達を見て口ごもった。俺を知ってる二人も同じ感じだが後ろの若い二人は逆に睨んでいた。年代によって違うなら俺の出て行った後に何が有ったか気になる所だ。


「私の父が村の女性と問題を起こしたからですよね?」


 その沈黙を破ったのは千雪ちゃんだった。そして納得した。どうやら俺から皐雪を寝取った男は他の女も寝取ろうとしたクズみたいだ。


「千雪……ま、そういうこと、なんだ……こうちゃん」


「ったく、鉄雄お前がいながら……」


 俺が鉄雄に文句を言おうとした時だった。先ほど俺に殴られた若造が俺に向かって怒鳴り散らした。


「無理だ!! 俺の姉ちゃんも襲われかけた、岩古家が庇ってんだ!!」


「おい余計なことを――――「黙ってろ鉄雄、ガキ、話してくれよ」


 鉄雄が止めようとしたが俺は続きを促した。そこで分かったのは最低な話だった。例の寝取り男だが最初は大人しかったが一年もしたらギャンブルに酒浸りそして村の女に手を出し始め問題を起こしていたそうだ。


 普通なら村八分だが相手は岩古家が三家の男である俺を廃してまで迎え入れた特別な人間だ。それゆえ格別の扱いで全て許され被害者は黙認させられたらしい。


「俺の姉ちゃんは自警団に助けられたけど……隣の家の好子とか上の田んぼのとこの寿美姉ちゃんは、無理やり……」


「そうか、悪かったな……謝罪する」


「別にあんたに謝ってもらっても……」


「だが三家の一つの山田家の人間としては謝罪したい、村を守れず済まなかった」


 出奔していても俺が関係して起きた事件なら謝罪はする。そうやって背負うことが俺の仕事と責任だと教え込まれたものだ。


「山田……え? もしかして、あんたが行方不明の山田の若様!?」


「若様って、今はオッサンだけどな」


「友一義兄さんが若様って……言ってた」


「友一、北上友一か!? あいつは元気なのか!?」


 俺の山田家で家人をやっていた一人で兄のような男だ。このガキは友一を知ってるのかと俺は驚いた。


「俺の姉さんの旦那さんで今は下の町で仕事してる」


「そうか友兄ぃ……嫁さんもらったんだ堅物で真面目で女が苦手とか言っててさ……よかった」


 村に戻ってからろくな話を聞かなかったから俺は心から喜べた。やっと嬉しいサプライズが聞けた。だが次の一言で俺は現実に帰された。


「その友一義兄さんが、若様がいればこんな事にはって……いつも言ってた。あんたなら仇取ってくれんのかよ」


「そうか、友一の義理の弟なら俺の側だ……悪かった、まず名を教えてくれ」


「北上宗太……」


「そうか宗太、他にも教えてくれ……俺が居ない間の話を、頼む!!」


 そして、やっと俺の知らない間の村の話を聞くことが出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る