第8話「元許嫁の娘」


 謎だ。俺はアラフォーに足がかかる35のオッサン、何で皐雪だけ老けて無い?てか有り得ないし不公平だろ。


「え? わたし普通に34だけど?」


「っ!? 嘘つくな!! 俺と同い年で35だろ、お前の方が誕生日は早いしな」


「くっ、バレたか……さすが、こうちゃん」


 そして打てば響くような問答をして来た声に振り返る。俺の後ろから忍び寄って来ていたのは藍色のワンピースを着た見覚えの有る女だ。髪は少し伸びたが他は変わってなくてすぐ分かった。


「お前が本物のさゆ……じゃあ、さっきのは!?」


「あぁ……もう会っちゃった? 千雪、来なさ~い」


「……どうも」


 さすがに俺でも理解した。母娘だコイツら……てか皐雪が若過ぎる。俺はオッサンになったのにコイツら母娘じゃなくて姉妹にしか見えねえぞ。


「あの時お腹にいた子か?」


「うん、娘の千雪……それと……おかえり、こうちゃん!!」


「ども、遠野千雪です」


 つまり俺が見間違えたのは目の前の幼馴染の娘だ。似過ぎてて昔の皐雪と勘違いしてたんだ。




「ね、ね、外の大きい車って、こうちゃんの?」


「ああ、一番使えそうなのがあれだったから」


 普段使いのと遊び用の愛車は別に有る。これは有事用だ。後ろのスペースは広く、たくさん人や荷物を乗せられるし悪路もドンと来いだ。


「千雪、どうだったの?」


「ふぅ……外からしか見てないから分からないよ、母さん」


 落ち着いてるな千雪ちゃん……見た目だけ母親そっくりで中身はクールだ。これじゃ母親がどっちか分かんねえな。


「あ~、そうだ、さゆ、いや皐雪、さん? その……旦那さんは?」


 問題はそこだ。俺から目の前の女を寝取って、こんな可愛い娘を作った男とも会わなければならない。むしろそれが嫌で俺は戻りたくなかった。だが返答は俺の予想を大きく超えたもので二人の表情は一気に暗くなっていた。


「えっ? 旦那、ああ、あの人、えっと……十年前に死んじゃったけど?」


「はっ!? そんな話……初耳だ」


 寝耳に水だ。誰もそんな話をしなかった……てか、そんな事態なら俺はすぐに皐雪のそばに戻ったのに……。


「こうちゃん十年以上は村に帰って来てくれなかったし……」


「それは……帰って来れなかった原因、分かるだろ?」


「あっ……ごめん、だよね……うん、そうだよね」


 オメーが浮気したからだと睨むと皐雪はハッとした後に謝った。昔だったら少し軽口を叩いた後に文句でも言って来てたのに変わったな。


「ふぅ……それで大介おじさんの体は?」


「まだ警察……お昼にお母さんと確認して来た」


「そうだ、冬美さんは?」


「寝込んじゃった……自分の部屋だよ……」


 旦那がいきなり事故死なら当然だろう。今は挨拶は後回しで、まずどう動くかだ。初動が大事だ何事もな……予定が大幅に変わったがチャンスだ。


「ねえ、母さん明日の学校どうする?」


「あっ、千雪……明日、どうしよっか……」


「何言ってんだ? 家族が亡くなったんだぞ、明日は村の人間も来るだろうし対応は一人でも多い方がいいから休むべきだ」


 仮にも家族が死んだのなら一族は結束して対処に当たるべきで、それが当主なら尚更だ。少なくとも俺が村に居た頃は当然だった。それに祖父が死んだ翌日に学校へ行けは酷な話だと思う。


「あ、そう、だよね……あはは、うん休みなさい」


「お前……皐雪、混乱するのは分かるが少しは落ち着けって……」


 俺がポンと肩を叩くとビクンと皐雪は反応した後にうつむいて肩を揺らし俺を見て叫んだ。


「……できないよっ!! 私だって父さんの代わりに色々しようとしたよ!? でも母さんも倒れて誰にも相談できないし……もう、分かんないよ!!」


「鉄雄は? それに村の連中も……そうだ何で誰もいない? 夜中でも、ここは三家だろ? さゆ、何が有った!?」


 皐雪の背中をさすりながら今さら気付いた。昔の遠野の屋敷とは明らかに違う。活気も無いし家人は末造さんしか会ってないなんて異常だ。


「はぁ、えっと、こうちゃんさん?」


 そんな中で泣き崩れる皐雪を呆れたように見るのは娘の千雪ちゃんだ。さらに俺にも胡散臭い奴でも見る目を向けていた。




「悪い、名乗ってなかったな俺は山田 鋼志郎……三家の山田家の者だ」


「……やっと話が繋がった……では改めて言わせてもらいますと今の遠野家うちを助けてくれる人なんて誰もいませんよ?」


「どういう意味だ?」


「千雪!! その話は!?」


 皐雪が涙目で止めようと声を荒げるが娘の方は冷静でフンっとバカにしたように見て話を続けた。


「三家の人間相手ならすぐバレるよ……母さん? 少しは考えて」


「で、でも……こうちゃんには……」


「言えない? じゃあ私が言ってあげる……鋼志郎さん、お爺ちゃんだけが遠野家を最後まで支えてた唯一の功労者でした。その娘は無能を選んだアバズレで孫娘は巫女の資格の無い役立たず……これが今の遠野の実情です」


 そう言ってため息を大きく吐いた千雪ちゃんも目は冷たいが、よく見れば泣きそうなのは同じだった。母娘で似ている……昔の皐雪そっくりだ。


「……さゆ?」


「……全部ほんと。こうちゃんが、ううん、こうちゃんを選ばなかった私は無能を連れて来た村の恥さらしで、親と千雪にまで迷惑かけちゃって家もこんなになっちゃったんだ……」


 没落……だが俺を選ばなかったというのが意味不明だ。あの婚約破棄の決定は岩古の命令で村では従わないと処罰対象になるレベルだ。あの決定に反すれば逆に問題になるのは相手方で、そんなの誰でも知ってる。


「だからですよ、あの人の起こした事件と借金が原因です」


「あの人? それに借金?」


「父です……私が五歳の時に死んだ……最低なクズです」


 父親の話をする顔じゃない。まるで憎い仇を思い出しているようだ。それに村で借金問題なんて起きるはずが無い。何より遠野家は資産も土地も潤沢だったはずだ。


「いったい……俺が居ない間に何が?」


「今の遠野には下の町の土地も村の田畑もほとんど無い……残ったのは屋敷と隣の畑だけです」

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