第二章「15年後の今」
第6話「恩人の死」
「例の取引? なら洋野に回してくれ……ふぅ、キリが無いな」
「社長、三番に、お電話が……」
「どの件だ? 例の件なら後回しでいいが?」
「いえ、その……千堂本社からです」
俺は世界中を旅し色々な経験から日本で小さなファンドを作り数年かけ、そこそこ大きくした結果、声をかけて来たのは日本一の企業体だった。そして今や傘下のグループ会社の社長に収まり四年が経過していた。
「なら相手が悪い、ありがと咲ちゃん、俺の方で何とかするから、ところで明日の夜とか空いてる? パスタの美味しい店を見つけてさ~」
「残念ですが明日は恋人とディナーです、社長」
一瞬でフラれた。また連敗記録も伸びた……泣きたい。
「ねえ、泣いていい? 俺、社長だよ?」
「これ以上はパワハラ&セクハラですから、それに私たち秘書室は洋野さんとのカプ推しなんで……」
「君らね社内で変な噂流すなよ!! おかげで取引先の受付ちゃんにまで『尊い、マジ神』とか言われたんだぞ!!」
こんな感じで秘書にまで舐められている始末だ。それでも怖がられるより幾分もマシだと思う。
「私達も捗るんで……では失礼しま~す」
「むしろセクハラはそっち……って、居ない……」
やはり威厳は大事かもしれない……とまあ、こんな感じでバカやりながら社長をやっている。最初の一年目こそピリピリしていたが少し落ち着いて来た。
「社長、失礼します」
「洋野か? どうした?」
そして俺の片腕で室長の洋野リオン。俺が世界を放浪中に出会った友人で最高の部下だ。ハーフな美形だが俺と距離が近過ぎると最近はゲイ疑惑がかけられている。おかげで女の子とも遊べなくなった。
「はい、例のプロジェクトですが……」
「それより
「ですが例の村の監視を」
「あっちは俺の趣味、それに来年までは動けん……先に仕事だ」
そう言って俺は洋野の肩を小突いてグループトップの元へと向かった。呼び出される理由は思いつかないが覚悟しよう。
◇
「まさか格上げとはな……」
「例の事件での働きが評価されたようですね?」
千堂グループの総本山に到着し総裁に直接言われたのは系列傘下から子会社への昇格とグループへの正式な所属についての通達と労いの言葉だった。実は今までは傘下であっても所属では無かった。つまり簡単に言うと会社ごと出世した感じだ。
「少し手助けしただけなのにな……でも相変わらず美人だったな七海会長」
「またですか社長……それより私としては噂の秋山氏にお会いできた方が驚きです」
「ああ、ありゃ化け物だ……お前は会うの初めてだったか……」
「逆らってはいけない生物を熊以外で初めて見ました……」
二人でロシアから逃亡する際に死ぬ一歩手前まで追い詰められたグリズリーを思い出すと言われ納得した。
「理性が有る分だけマシだろ?」
「愚かですね社長、いえコウさん……あれはあなたと同じタイプ。敵味方の線引き以外は雑な生き物です。だから敵に回したら……」
そんなのは俺には欠片も意識が無いんだが……それより早く会社に戻って皆に知らせたい。その後は誰か可愛い女の子でも誘って飲みに……は行けないな。今日も咲ちゃんに振られたばっかだった。
◇
「では、その件は私が……はい、是非とも、では失礼」
「社長、午後からの予定ですが……」
その日は突然やって来た会社が格上げされて数ヶ月……更に忙しくなったが俺は満足だ。ファンド以外にもグループからの要請で手を出した事業が次々と大当たりし来年には利益が余裕で億を突破するレベルだ。
「数ヶ月でこれは凄い……千堂グループ様々だ、そう思わないかリオン?」
「今までの成果が認められたんですよ社長」
実際に今までより多くのバックアップを受けられているから大助かりだ。だが日本に戻って偶然にも関わった事件がここまで幸運を引き寄せるとは、情けは人の為ならずとは言ったもんだ。あいつらは上手くやってるだろうか……。
「ふぅ、なら前祝いに船でも買ってクルージング行くか? それともシャンパン風呂ってのをやってみるか成金らしく? 家に女の子でも呼んでさ……」
「はぁ、そんなこと言ってるから女性陣のネタにされるんです。もう35なんですから女遊びしてないで身を固めて下さい」
「お前こそ、まだ28で引く手あまただろ、オッサンは寂しいの」
そんな軽口を叩いて今夜は祝杯で女の子も何人か呼びたいなんて考えていたら不意にスマホが鳴った。非通知だが知ってる番号だった。
「ふぅ、もしもし……鋼鉄の絆は――――」
その番号は岩古村で連絡を取っている幼馴染の滝沢鉄雄のものだ。いつものように合言葉を言ったが相手は電話口で叫んでいた。
『鋼志郎!! 昨日の夜……大介さんが亡くなった!!』
「は? 何を……?」
『だから遠野大介さんが……大介おじさんが……昨晩、亡くなられた』
「大介、おじさん……が?」
俺は椅子にボスっと脱力し沈み込むと何も考えられなくなった。
『――――ああ、鋼志郎、俺どうすれば』
「ああ、いや……鉄雄、詳しく聞かせろ!!」
『昨晩、交通事故だったらしい……犯人は逃亡中つまり、ひき逃げだ』
それを聞いて頭が冷えて一気に俺は目が覚めた。交通事故いや、ひき逃げなら相手がいるという意味だ。
「それは……岩古のババア共の宣戦布告ってことか?」
『正直なとこ分からねえ……』
「昔から邪魔者は平然と排除する連中だろ? 俺みたいに……」
さすがに十年以上も俺の足跡を消し続けるのは無理だった。何度か俺の住んでいたマンションに実家から手紙が届いたが全て無視していた。だが大介おじさんと鉄雄とだけは連絡を取っていた。俺の計画を止める訳には行かなかったからだ。
『そうだな、ま、まさか次は俺なのか?』
「とにかく気を付けろ、俺も今から出て夜中には着くと思う」
『分かった……それと今の遠野は……』
「着いたら詳しく聞く……それと合言葉だ親友……鋼鉄の絆は?」
俺が言うと鉄雄は合言葉を電話口で叫んでいた。
『どこまでも固くっ!!』
「壊れない!!」
『壊れない!!』
それだけ言うと俺はスマホを切った。どうやら戻らなくちゃいけないらしい因縁の故郷へ……。
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