第2話「鋼志郎キレる」


 俺は実家の山田家の屋敷の自室に戻ると何名かの家人がいて挨拶して来た。皆が一様に複雑そうな顔をしているから俺は逆に冷静になれた。


「気にするな、友一、鈴、定幸、そういえば鈴は近い内に嫁ぐんだって?」


「はい……ですが私だけ」


 帰り道で大介おじさんに聞いた話では俺の家で奉公している三人の中で紅一点の鈴姉ぇがやっと身を固めると聞いて驚いたと同時に俺は喜んだ。友一兄も早く結婚して欲しいと言うと縁が無いと苦笑していた。


「そうか、アイツに会ったらよろしく言ってくれ、もう俺は会えるか怪しいから」


「若様……その、今回の決定は何かの間違っ――――」


「言うな、どこに岩古の耳が有るか分からない。もういい、三人とも」


 鈴が言う前に俺は手で制し小声で言った。岩古の関係者は三家の中に入り込んでいる。家の家人の中でも関係者はいるはずで俺達が知らないだけだ。


「ですが!! 遠野の家も変だと俺らにまで聞きに来る始末ですよ!!」


「そうです若様、妻の実家の滝沢の分家でも噂になってます!!」


 三人の中の唯一の既婚者の定幸も普段は重い口を開いて抗議していた。本当に三人は俺の良き兄や姉で味方だと信じられる。


「そうか、友一、定幸、嫌な予感がする……万が一の時は家を頼むぞ」


「「はい、鋼志郎さま!!」」


 俺は信頼のおける三人に言うと我が家で開かれる三家の集会に出席した。そこに三家の主要な人間が集合していた。




「この度は……真に申し訳ございませんでした……鋼志郎さま」


 俺は部屋に入って土下座する大介さんに面食らった後に腹の大きくなった元許嫁を見て様々な思いが駆け巡った。本当に裏切ったんだなと言いそうになるのを抑え俺は口を開いた。


「理解が追い付かない――――「鋼志郎、控えよ!! 先ほど決定は伝えた!! そうであろう!!」


「聞いただけです……まず不義を働いた女の言葉を直接聞きたく思いました」


「そうだ、鋼一、今回の決定は明らかに……」


「あなた、静かになさって、山田のご当主が話されているわ」


 そこで声を上げたのは大介おじさんの奥さんの冬美さん、つまり皐雪の母だ。その顔は普段と違い能面で昔と違い怜悧に見えた。


「だが、冬美!!」


「控えろと言ったのです!!」


「くっ……」


 今のを見てかかあ天下だと思った人間も多いだろうが半分正解だ。半分というのは政治的な意味でだからだ。大介おじさんは遠野の分家からの婿入りだ。先代の当主つまり皐雪の祖父に気に入られ抜擢されたから立場は低い。


「まあまあ両家とも落ち着け」


「鉄之進、だが……」


「そうです鉄之進さん」


「今回は鋼志郎も戸惑うのは必定、当家も寝耳に水だ。何より当人同士の話が無いのは不義と言われても仕方ないだろう」


 滝沢 鉄之進てつのしん、この人は岩古村の村長で俺の親友の父親だ。その親友は隣に座っていた。当然この人の言葉は重く他の二家の代表や関係者と妻も沈黙した。その時だった。ピシャリと障子戸が開かれた。


「鎮まれ、皆の者よ……鉄之進どうなっておる?」


 後から来たのは三人の女だ。全員が紫の袴のような衣装で分かりやすく言えば神主のような恰好だ。この三人こそ岩古村にある神社、岩古神社の総代とお付き達で岩古三役と呼ばれている。


「はっ、総代……事実の確認中で――――」


「要らぬと言ったじゃろうが」


 先ほどまで強気だった村長を言葉で圧倒した老女、それが岩古 松いわこ まつ、この村の本当の支配者だ。




「言ったであろう、占いの結果じゃ……二人の婚約は不吉と出たのじゃあああ!!」


「で、ですが……」


「鉄之進よ、随分と偉くなったのお? お前が村長でいられるのは誰のおかげか考えよ……分からんお前では無いじゃろう?」


 そう言って松様は村長の隣の女性を見て言った。その隣の女性は村長の妻で名前を滝沢 夢、旧姓は岩古 夢、目の前の松ババアの娘の一人だ。つまり村長は岩古家の後ろ盾で村長になっているのだ。


「総代、で、ですが……」


「くどい!! それとも村を数百年支えてきた一族の占いが間違いと言うか!!」


「と、とんでもございません……」


 村長の隣の妻もしたり顔で頷く、そして隣にいる息子の鉄雄は固まった後に俺を見て口パクして『今は動くな』と言っていた。


「他の者、異論はあるか?」


「ふぅ、あり――――「松様、ございます!! こたびは我が娘の不義、そこは占いでは無く真のことかと愚行します!!」


 俺を遮って答えたのは大介おじさんだ。それに対して露骨に妻と問題の不義の皐雪は顔色が変わった。そもそも、そこまで腹大きくしておいて不義と言われたぐらいで慌てるな相変わらずバカだ。


「ああ、大介か……分家の出来損ないが意見するでない!!」


「そうです、あなた……なぜ娘の不義を勧めるなんて、そうですわね大伯母様?」


「うむ、冬美の言う通りじゃ、情けない!!」


 そう言われて大介おじさんも沈黙した。その後に俺と視線を交わしてそらされた。今の目は「力になれなくて済まない」と言っていたからで俺は完全にキレた。


「情けない……か、それは俺が寝取られた事がですか? それとも村の名に傷が付くからですかねえ?」


「こら鋼志郎、黙っておれ!!」


 父が叫ぶが俺は限界だ。鉄雄も顔を真っ青にして首をぶんぶん横に振っているが構わない。大介おじさんの今の顔を見て黙ってられるほど俺は大人じゃない。


「こうちゃん……」


「今、口を開いた女から直接わびの一つも聞かねば収まりません!!」


 さらに皐雪まで不安そうに俺を見て来るから完全に頭に血が上った。そもそもお前が浮気しなきゃ良かったんだろうと俺は大介おじさん以外の全員にキレた。


「鋼一のせがれか、黙らっしゃい!!」


「はっ、今どき大声を出せば威圧できるなんて子供か? ご老体?」


「なっ!? 鋼志郎!! 総代に、松様になんて口を!!」


「そうです鋼志郎!! 落ち着きなさい!!」


 両親が謝るがもう決裂も良い所だ。だから腹に溜まっている怒りを大爆発させた。


「こっちは大事な幼馴染を寝取られて、師や庇ってくれる人をバカにされてる!! 堪忍袋も切れるどころか破裂してんだよ!!」


「な、な、な、なんという口を聞くか小童があああああああああ!!」


 そして掴み合いに発展しそうになった所で岩古家の家人数名に囲まれ最後は父に昏倒させられた俺は意識を失った。そして目が覚めたら目の前にいたのは件の不倫女で幼馴染の皐雪だった。


「こうちゃん起きた? 大丈夫そ?」


「ああ、お前のせいで気分は最悪だがな……」

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